2023/10/09

20231008-09_第31回日本山岳耐久レース・長谷川恒男CUP(後編)

前編はこちら

月夜見には21時すこし前に到着、雨は幸いにしてほぼ止んでいた。月夜見まで結構良いペースでずっと走れていた気がしたが、13時間半以上かかってゴールした昨年より遅い到着だった。歩行区間が設けられたせいかという気もしないでもないが、そもそも歩行区間のうち何割が走れる区間だったかといえばたぶん3割くらい、走れなくて遅くなった時間がどれくらいかといえばおそらく10分にも満たないはずなので、月夜見に着くのが遅くなったのは歩行区間があったのが理由ではない。失速してあっという間に14時間台に乗ってしまうのかなぁと不安に思いながら後半戦の用意をする。まずは水分、水500mlを2本とポカリ500mlを1本貰ってポカリはすべてその場で一気飲みした。ハイドレーションにはまだ少し麦茶が残っていたが、そこに水を追加した。これでおそらく綾広の滝での追加は必要ないだろう。続いて行動食類のゴミと後半の行動食の入れ替え作業をしながら羊羹やグミを放り込む。金比羅尾根に光量を温存しておきたかったので、ここでのヘッドライトの電池交換はやめておいた。フォグフィルターをつけたハンドライトはたしかここで出したのだったと思う。かなり雨も降って三頭山からの下りもガスが出るのでは?と予想していたのだけれど案外ガスらなかったので、月夜見まではヘッドライトだけで済んだ。

昨年ほどの寒さはない、とはいえ徐々に冷えてきたので最後にお手洗いだけ済ませて先を急ぐ。ここでも休憩はかなり短く、ストレッチもまったくしなかった。走るペースが遅い分、とにかくずっと休まず進む必要があった。月夜見からの下り、去年は雨が今年よりずっと酷くてずるずる滑りまくっていたけれど今年はそうでもない。そんなにスピードを出して走れるものではないけれど、そんなに滑りもしないので、転ばないように気を付けながら歩みを進めた。

御前山の登りは体感として結構あっという間に終わったのだが、山頂手前の尾根は左側から風が吹きつけて相当寒く、ロンTを着ようかと少し考えたくらいだった。あっさり山頂に着いて、その後もちょっとしたパックが作られたり解消したりを繰り返しながら大ダワへ。地面がドライな訳ではないのでコンディションは良くなかったけれど、それなりに走って元気に大ダワまで辿り着いた。前半に引き続き、謎の暗さがあって色々とよく見えていなかった(物理的に本当に暗かったのか、謎のメンタル的な暗さだったのかは不明w)。というかこのうすぼんやりとした記憶を綴ることに意味はあるのだろうかと今更ながら考えつつブログを書いているwトレイルの記憶がなさすぎる。

大ダワではスポーツようかん(ココア)かみたらし団子味のジェルのどちらかとTop Speedを摂ったのだったと思う。ここからは「走れる」セクションなのでギアを上げていく。別にハイスピードで走るわけではないけれど、それでも周りの人が走っているところではできるだけ食らいつき、追い抜き、人が走っていないところでも自分がいけるなら兎に角脚を止めず回し続けた。そして今年も案外よく脚が回った。そんなに練習していない割によく動くなぁ、と俯瞰しながら淡々と進み、タイム表も全然見なかった。タイム表を見たところで、あと数分でサブ〇〇だから追い込もう、みたいなことが今回はできる気がしなかったし、その時その瞬間に一番効率の良いペースで力を出し続けていくという作業に集中するのが良さそうだなと思ったのだった。レース中の俯瞰感覚は割とよくあるのだけれど、今回は大分上の方から俯瞰している感覚があって、冷静でいられたような気がしている。Top Speedは相変わらず自分にはとても合っていて、特にハセツネとの相性がいい。いつも大ダワで投入するけれど、そのあとゴールまでの20kmをしっかり粘れるようになる。(因みにVespa Hyperだと一気にピークがきてしまう感じがする)

月夜見から金比羅尾根に入るまでの間あたりでまた転んで左太腿を岩に強打し大痣を作ったが、これも捻挫とかにはならなかったので特に走りに影響はなかった。大岳山の山頂でようやくヘッドライトの電池を交換し、最後に日の出山を登ってあとは下り、そんなに走れなかったけれど極端なのろのろにもならずに黙々とこなしてゴールまで。天気がこんなに悪かったのに、日の出山から夜景が見えたのは嬉しかった。最初にハセツネを走った時にも見たこの夜景、本当に感動したんだよなぁ。って、夜景が見えるたびに毎回思い出しては感傷に浸るのでもういい加減しつこいのだけれどもw

結局チームメンバーには道中一度も会わずにゴールw
真夜中、しかも女子ひとりでゴールで待っていてくれたのには本当に感謝!

記録は13時間26分。例年は体育館のところに順位表が貼り出されるのだが、今年はそれがなかった。代わりに、ランナーズアップデートでの速報が出るようになっており、私は年代別6位に入ったようだというのはゴールを出迎えてくれた仲間が教えてくれた。タイムはPBから1時間以上遅かったけれど、それでも2度目の年代別入賞ということでテンションもブチ上がった。そして、PBを出した年の女子総合順位が21位だったので、今年の総合順位も気になるところ。しばらく総合順位の見方がわからずやきもきしていたのだが、夜が明けてから予想外にも自分の母親からのLINEメッセージで自分が20位以内に入っていたことを知った。年代別入賞よりずっと嬉しい20位以内という知らせに、思わず泣き笑い。PB更新して、20位以内、ついでに年代別入賞というのが理想的な形だと思っていたけれど、まぁすべてがそこまで完璧にいくものでもないからね、これはこれとして良しとしよう。ようやく、目下の目標であった翌年の招待枠に入ることができたのは本当に嬉しかった。そんなに追い込んだつもりもなかったし無理に走っていた訳ではなかったけれど、アドレナリンが出ていたのか完全に力を出し切っていて全身が痛く、仲間のゴールも見届けられない程疲弊していたくせに、かといってその間眠れもせず、寝返りもあまり打てぬまま横になって朝まで過ごした。

いつもは年代別入賞も表彰式があって表彰台に乗れるので、わざわざ朝10時の表彰式に仲間もほぼ勢揃いで参加してソワソワしていたのだけれど、表彰式は総合6位までの表彰しかされずに肩透かしを食らった(今年からそうなったとかいう噂)。しかも後日聞いた話によると、20位以内の招待枠ももう無くなってしまったたらしい(号泣)。親にその話をしたら、最近は物価が上がるだけじゃなくてそういうご褒美みたいなものも削られていって悲しいわねというようなことを言われた。親のその冷静な分析を聞いて、まぁ確かにそうよな・・・なんか切ないな・・としみじみしてしまった。なんだか夢や希望までも削り取られていっているような気がしてしまうな。

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私はつい女子が前にいるか、後ろに迫ってきているか、そういうのを考えながら走ってしまうし、自分で作ったタイム表に縛られて逆に無理をしてしまって後半失速したりすることもあった。今回に関して言えば、広島からはるばる参戦しに来ていたまだ20代の友人としばらく競り合っていて、負けられない!いや絶対私より強い筈だし早く抜き去って見えなくなって欲しい!いや彼女が近くにいるからと言って無理して突っ込み過ぎたり心を乱されたりしてはいけない!とかそんなことを考えながら進んでいた。中盤を過ぎてから抜かれてそれきり心は落ち着いた。
私が順位を気にしたり、女子との競り合いについて人に話す度に「人と比べるんじゃなくて自分との闘いだ」なんて言葉を聞き飽きるくらい聞かされてきた。言ってる人達は私に敵意が有るのでもなく、勿論悪意も無い。しかし私は、そうは言ってもそうなれないんだから仕方ないじゃんよ、と思うこともあった。それに、君はそれができないよね、と少し馬鹿にされているように感じて不貞腐れた気分になることもあったし、そもそも自分との闘いができる方が偉いのかよ?という反発心が生まれることもあった。今だって別にそういう気持ちがゼロな訳ではない。しかし今回ちょびっとだけ自分との闘いってのがわかったような気もした。表彰台に乗っていたとある選手が「道中つらい時に『自分との闘いだ』という言葉を思い出して頑張れた」というようなことを発言していて、それがたまたま今回自分の心にとても響いたのだった。何十年も何百年も前から繰り返され、使い古されたような言葉かも知れないけれど、それが自分の腑に落ちる(言葉通り、内臓の「腑」に落ちて腹落ちする)と、ああこういうことか、と感じるものなんだな。闘ったという感じのハセツネではなかったけれど、今回は途中でそういうしがらみみたいなものから一気に解き放たれた感じがして楽になれた。かといって別に頑張らなかった訳ではなく、自分にとっての最前は尽くせたのかなという気はしていて、それが順位という結果に繋がったのだから、こういう走り方もありなんだなという理解になった。苦しくても、順位が悪くても、タイムが悪くても、そういうことは抜きにして自分に負けずに頑張るということが自分と闘うということだというような浅い理解しかしていなかったけれど、多分そういうことじゃないんだろうな。もう今となってはどこが一番腑に落ちていたのかという記憶も怪しくなってきたけれど、とりあえず一回腑に落ちた訳だから、また次は更に理解が深まると良いなと思う。ごちゃごちゃ書いているけれど、シンプルな言葉ほど腑に落ちるまでに時間がかかるのかも知れないし、意味も深いのかもしれない。それに、人が考えている「自分との闘い」が、自分の考える「自分との闘い」と完全一致する訳でもない。うーん、うまく言い表せずもどかしいけれども。

ま、今回もこのラーメンのお陰で無事完走です。ありがとうございました。
チャーシューメン普通盛(麺かため)+小ライス@神田わいず(金曜夜)

ハセツネ記録まとめ、今年新たに一行追加となります。

Year
CP1
CP2
CP3
Goal
20133:52:404:15:358:08:154:11:5012:20:052:11:4314:31:48
20153:30:403:40:487:11:283:22:3210:34:001:48:0212:22:02
20163:49:314:15:048:04:353:14:3311:19:081:37:0612:56:14
20174:08:474:09:498:18:363:29:1611:47:521:36:3513:24:27
20223:43:564:01:167:45:123:35:5711:21:092:13:3013:34:39
20233:53:594:04:557:58:543:30:3911:29:331:56:4313:26:16

2013:初ツネ。最後に前腿死ぬ。ゴール後何も食えず。

2015:レースのたびに入賞続きでバリバリ仕上がった年、チームの皆もPB出した人多め
2016:蒸し暑かったムシツネ、序盤で水切れを起こし脱水、からの月夜見で復活
2017:頑張らずにのんびり進んでレース感がなかった
2022:復帰戦、ずっと雨のアメツネ。過去2番目に遅かったけれど泥濘地獄の割に頑張った

2023:アメツネ&寒ツネ。初めて歩行区間が導入された年、個人的トラブルは無く、しかしのんびり進んだと書いている2017年とほぼタイム同じ(切ない)◀NEW!

入山峠まで1時間ではなく1時間10分かけた分がそのままCP1浅間峠到着時刻に影響して昨年より10分遅れ、うまく登りがこなせずに月夜見まで。そこから割と走れた印象でCP3までのタイムも上々、ラストの下りは飛ばしていない割には遅くもなかった感じでフィニッシュ。自分にとって無理なく安全にいけるタイムがきっとこれくらいなんだろうなという感じ。年齢を重ね体力は下降線をたどっている筈なのにどうにか加齢に抗って2017年から似たようなタイムで維持できているところは我ながら評価しても良いのかもしれないけれど、とはいえ最近ずっと横這いなのでそろそろまた12時間台できっちり走り切るハセツネもやってみたいものだな。でも趣味だし気楽にやりたい。頑張りたい時がまたやってきたらその時は頑張ろうと思う。

相変わらずハセツネは面白いし、走り出してしまうと本当にあっという間に終わってしまうんだよなぁ。今回もあっという間に半分まできて、気付いたらもうゴールまであと7kmみたいな感じだった。本当に70km以上あるんだろうかといまだに不思議なくらいだ。

次回2024年10月!7度目のハセツネ!

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