2018/09/18

20180913-18_朝日連峰-飯豊連峰(6日目:本山小屋-弥平四郎)

2018/09/18 (Tue)
5:50 本山小屋
 - 1:00
6:50 切合小屋
 - 1:10
8:00 三国岳
 - 0:30
8:30 疣岩山
 - 1:30
10:00 祓川山荘
 - 1:50(早く着きすぎるので休みながらのんびり)
11:50 弥平四郎

想像以上の強風と大雨が続いた。これはひょっとしてひとつ先の切合小屋まで標高をさげて泊まった方が良かったんじゃないだろうかと思ってみたり、いやいやそこまで標高さげてしまったら朝晴れた場合に山頂まで登り返す時間もなくて悔しいじゃないかと思い直してみたりしながら過ごした長い夜。日の出予定時刻は5:20過ぎ、私の計算だと5:00にテン場を引き上げて下山を開始してCTの0.85のスピードで歩いたとしても、バスまでに7分しか余裕がない。万が一朝晴れていたり、もうじき晴れそうだったりした場合、私は何時までここで粘って良いのだろうか?仮に予定していたルートではないルートで歩けば少しは時短になるかな?でもこっちの方が・・・zzzzzz

目が覚めてもまだなお外は暴風だった。少しだったけれど雨の音もしていたと思う。標高下げずに粘ってみたけれど矢張り無理だったか、また来いってことかもしれないな。山頂ピストンをしないのならばと半ば諦めて再び眠っていたのだが(←学習しない。本当はこのタイミングでとりあえず起きたほうがいい事があるはずなのに・・・w)、いよいよいい時間になってきたので朝食準備にとりかかった。外が僅かに明るくなってきた気がして、ぐっしょり濡れたテントのフライのジップを上げると強い風に煽られてフライが捲れた。
朝焼けだ!やばい、完全に出遅れた。山頂まではCTで片道20分、往復40分ある。食べて、片して、大急ぎで外に出た。強風でテントはまったく畳めなかったのでとにかくぐるぐるに丸めてパッキングして、荷物をその場に置いたまま山頂へ向かう。この時すでに5:00過ぎ、しかしこうなったら頑張ってハイペースで下山するしかないと思った。それでも山頂に行っておきたかった。ええい、なんとかなるだろう。

私よりずっと先にテントの撤収を始めた学生カップルのような二人がすぐ前を歩いていたが、追いついてしまった。二人きりで山頂に立ちたかったかもしれないよなぁと申し訳ない気持ちもあったが、まぁ仕方ない。それにしても、本山小屋で幕を張ると決めて下へおりずに留まって、しかもこんなギリギリの時間まで粘って山頂に登り返して、誰に言われた訳でもない、この自分自身の判断でこのタイミングでこの場所に立っていることが本当に嬉しかった。以前厳冬期の茂倉新道で思った、「すべての判断がピタッとはまった」という感覚に近かった気がする。
見た目は穏やかでも風は爆風w 雨は止んだが上下シェルを着用。でないと寒くて凍えそう
もう思い残すことはない。願わくばもっとずっとここで朝日を眺めていたかったけれどそうも言っていられないので5:50にはテン場を後にした。12:50までに弥平四郎のバス停に降りなくてはならない。下山を始めてからまだ標高のたかいところではそれなりに写真も撮ったが、後半は景色も良くないし時間も短縮しなければならないしということで全然撮らなかった。

CTよりずっと早く、あっという間に切合小屋に到着した。水はほとんど消費していなかったがもう水場になってしまったので、手持ちの水はここで一旦2Lほど捨てて、新しくここで冷たい水を1Lくらいいただく。
地面に置かれた?打たれた?道標がかわいい。
ドタバタ降りていく。これから高気圧っぽいのに勿体無いなぁ。しかしまぁ6日も遊んだのでやむなし。これから山に入っていく方々とすれ違うときに「これから降りちゃうの?勿体無いねー」などと言われながら進む。はい、私も勿体無いと思います!でも今日6日目なんです!(飯豊でどうやって6日間も?という顔をされて、そこから大抵説明を始めることになる)
大所帯でしかも荷物の重そうなグループが居るなぁと思ってすれ違ってきた人達は、どうやらNHKの百名山の番組の撮影クルーだったらしい。三国小屋の小屋番さんが教えてくれた。重い装備を背負う時のための背面パッドのようなものを着けていた。あんなアイテムがあるんだね・・・
ここまででも大分CTを巻いていたので少しだけここで人と話したりしながら休憩をとった。カモシカスポーツの山飯をぽりぽりと食べる。美味しい。

三国岳から疣岩山までの道からは飯豊から大日岳までの稜線が見えて美しかった。その後一気に急勾配を登り切ると疣岩山。近くに獅子沼という沼に行く分岐もあったが、時間がないかもしれないのでスルー。主稜を一望できるナイスビュースポットだった模様だが・・・この時には既に一帯が白いガスで覆われていたので、行ったとしても展望はなかったかもしれない。
さて旅も終盤、私はもともと計画していたルートとは別のルートを歩いてしまっていたらしい。結果オーライで、時間短縮になったからよかったのだけれども。どうりでめちゃくちゃ早く下山したわけだ。後になって謎が解けた。
私が歩いたのは紫のルート、元々計画していたのは青いルート。
しかし私は、元々ピンクのルートで計画していたと勘違いしていた。
疣岩山から弥平四郎までのCTの差は長いほうから順に、4:45(青), 3:40(ピンク), 3:20(紫)
出発時刻が大幅に遅れたにも関わらず余裕で下山できたのも頷ける
疣岩山から松平峠を経て祓川山荘に向かうこのルートでは何人かとすれ違ったけれど、こんなところから登ってくる人がこんなに居るのかというくらい地味なルートだった。疣岩山の分岐後ガレて乾燥した急坂を降りはじめて15分ほど経った頃、予定していた道(この時はピンクのルートが予定していた道と思い込んでいた)ではないと気付いて焦る。ピンクと紫のルートでは20分の差があるので、ただでさえ時間を縮めていかなければならないのに20分も増えてしまったのはまずい!と思った。実際は青のルートを選択していない時点で大分時間短縮できていたので全く焦る必要もなかったのだけれど。

松平峠から先は鬱蒼としていて展望もない。ただ、水は豊富で水には困らず、しかし当然ながらじめじめしていて足元も悪かった。そんな中、当人はバスに間に合わない可能性を想定し非常に焦っているため汗だくで飛ばしていた。
岩に苔が乗っていてすべる
大急ぎで降りてきて祓川山荘到着。ここまできてまだ10時なら安心。むしろ早過ぎるw なんでこんなに早いのだろう??(この時色々なことにまだ気付いていないため、どうしてこんなに早く着いてしまったのかまったく理解できていない。寧ろ地図のCTがゆるすぎるのではないかと疑っている。)
これまで見た小屋に比べると圧倒的に古くて朽ち気味。窓は一部割れていて少し雰囲気が怖い
中は割と普通でした。
頼母木小屋の小屋番さんと舞茸ハンターの話によると、飯豊の地図のCTを計算している人が結構今高齢らしく、最近の地図に書かれているCTは昔のCTに比べて1.2倍くらいになっているとか、なっていないとか。そんな話を聞いていたので、きっと0.85より早く降りられるはずだと思って、賭けでギリギリまで山頂にいたけれど、確かにかなり早めに降りることができた。しかも、その時は気付いていなかったが、元々最長ルートで計画していて、それより早く下山できるルートを歩いてきていたから余計に時間の余裕があったのだ。

しかし、ひょっとすると、頭の中で無意識に、どこかのタイミングでリルートしていたのかもしれない。遅くまで山頂にいるためには、ピンクの最短ルートを取るのがベストだ、と朝考えたのか、夜考えたのか、、、更に言えば最初の計画段階で、時間的にぎりぎりにも関わらず一番長いルートを歩くと決めたのか、それとも長めのルートで組んでおけば何かあった時に短いルートに変えれば事足りるようにしておこうと思ったのか、結局考えたのは全部自分なのだけれどあまり良く覚えていない。少し大袈裟かもしれないが、山によく行っていると、切羽詰まった時の判断がオートマティックに為されすぎて意識的にしたものだったかどうかの記憶が消え落ちることがある。不思議なものだ。
飯豊連峰に登り始めた日に既にバスは予約済み。
長いこと林道をあるく(元々の計画だとここは歩く予定になっていなかったんだなぁ、と後で気付いた)
ようやく道路に飛び出すと、そこはこれまでに見たことのないような静かな村だった。廃校になった小学校の前がバス停なのだが、バス待ちの1時間で見かけた住人はおばあちゃん1人。人の気配のこれほど無い村は初めてだと思った。バスの運転手さんとも話をしたのだが、案の定、この村には数えるくらいしか人が住んでいないという。高齢化も進み、いつ廃村になってもおかしくは無いらしい。それでもこの村まで、毎年除雪はされていて、連絡があればもちろん来てくれるのだそうだ。因みに、冬季ここから登る人も降りてくる人も当然居ないとのこと。そりゃそうか。
マイクロバスが早目に到着。事前予約必須なのだが、時刻通りに下山できない登山客も居るらしく
その時は暫く待たされたりもするらしい(待ってくれるのかw)
野沢駅まで徒歩20分ほど手前にあるロータスインという温泉施設で下ろしてもらい、さっぱりしてから徒歩で野沢駅へ(野沢駅行きの100円バスもあったが時間が合わず)、ここから会津若松行きの電車で移動。
残念ながら近くにビールを買える店はない!
すこし離れたところに道の駅はあったが電車に間に合わないので断念。
駅前の自販機でオランジーナを買ってしのぐ。
新潟側に出てから東京方面へ帰るという手もあったが、高速バスの時間や値段からいって会津若松経由の方が都合が良かったので、今回は会津若松から高速バスで帰ることにした。会津若松駅からほど近くのラーメン屋さんでラーメンを食べてからバスに乗って、ようやくタイムマネジメントから解放されて今回の旅がほぼ終了。

*****

そんなに歩けるのならもう膝なんて治っているだろう、と言われそうな長い旅だったが、実は途中で痛みは出ていたりしてロキソニンを飲んだり、膝周りをマッサージしたりなどしながらの6日間だった。癖になるほど痛みが続くのは逆に良くないから痛み止めを飲んだ方がいいと医者からも言われていたので特に抵抗もなく飲んでいた。自分なりに距離や強度をコントロールしていたので、下山後もそこまで強い痛みは出なかったし、痛みもすぐに引いたんだったと思う。

朝日と飯豊の間に温泉を挟んだのも良かった。まぁ全く疲労回復にはなっていないとは思うのだけれど、今回のルートは自分にとってソロ山旅の新たな拡がりを感じさせてくれるもので、自分の足だけでこんなにあちこち行けるんだ!という発見にもなった。もちろん、車ではなくて足で動く分、行動範囲は狭くなるし、駅や登山口から歩いて行ける場所という制約はついてしまうのは仕方ない。けれども、こんなの思いついて実行してるの私だけなんじゃないか?というワクワク感もあるし(もちろん乗り換えとかで失敗すると物凄く破綻するのだけれども)、まぁとにかく楽しかったな。冬はこういうのは出来ないけれど、来年の夏もこれまでのひたすら山の中を歩き続ける縦走ではなくて今回のような旅感のあるルートを考えてみてもいいかもしれない。山遊びは終わらない。

はじめから読む

2018/09/17

20180913-18_朝日連峰-飯豊連峰(5日目:頼母木小屋-本山小屋)

2018/09/17 (Mon)
6:20 頼母木小屋
 - 0:47
7:07 地紙北峰
 - 0:53
8:00 門内岳
 - 1:05
9:05 北股
 - 0:30
9:35 梅花皮小屋
 - 1:00
10:35 烏帽子岳
 - 2:25
13:00 御西小屋
 - 1:20
14:20 飯豊山
 - 0:30
14:50 本山小屋

夕方あんなにすっきり雲が取れたというのにまた夜のうちに雨になってしまった。朝6時くらいには雨も上がる予報だったけれど、朝になったらまた予報が変わって1時間後ろに倒れていた。とはいえ7時までは待てないので、ようやく雨が落ち着いた頃合いを見計らって6:20頃に出発。

ひとりで出発したつもりだったが、いつの間にか秋田の藪漕ぎストに追いつかれてしまった。確か扇ノ地紙という梶川尾根の分岐点まで一緒だったのだと思う。「スパイク長靴で歩くと上から雨入らないんですか?」「いや長靴の上からレインウェアだから上からは水は入らない。でも晴れてると長靴にバッタが飛び込んできて、絶対出られなくなるからあれが困る」みたいな会話をしながら真っ白な中を2人してゴリゴリ登る。そうか、長靴で山を歩くとバッタが入るのか。
上下レインウェアを着て出発はしたものの、雨はもうほとんど降っていなかった。ただただガスが酷くて景色は見えない。結構な風が吹いていてシェルを着ていないと寒くてきつい。
門内小屋に到着。小屋番さんは不在でがらんとしていた。昨夜は誰か泊まったのだろうか?
強風で風疲れしていたのでこちらで少し休ませていただく。珍しく雑記帳にメモなど残してみる。
小屋を後にして門内岳を登って降って、北股岳の登りに差し掛かった頃だったか、ふと左前方にふわりと青空が見えた。えっ、と思ってそのまま後ろを振り返ると、ついさっきまでなにもかも覆い尽くしてしまっていた白いガスは消え、歩いてきた稜線の草木がわずかに太陽の光を受けて私の目までその色を届けた。多分風速18m近くはありそうな強風に吹かれててダイナミックに形をかえていく雲の白と、微動だにしない大きな山の緑や黄色が相俟って凄まじいサイケ感。ゴッホが描くぐるぐるした空がまるで目の前にあるような感じで意識が飛びそうになる。雲のああいう感じは、写真でも動画でもやっぱりうまく伝わらないんだよなぁ。
あれよあれよと雲が切れて
門内小屋までよく見えるほどに。こんなに穏やかそうに見えて、まだ物凄い強風が吹きまくっている。
こちらは前方
そして北股岳に到着。素晴らしいお天気!飯豊の稜線をこの景色を見ずに歩くなんて悲しいことにならなくて本当に良かった!胸が熱くなる。
後ろを振り返って
このままずっと晴れて晴れてラストの飯豊本山まで晴れ続けて終わるものだと思っていた。そう、この時は。
梅花皮小屋と北股岳。小屋を通りすぎ梅花皮岳の登りにさしかかる手前で後ろを振り返って。
秋の空
梅花皮岳まで登るとようやく飯豊本山が見えてきた(もしかするともっと手前から見えていたのかもしれないが、私はようやくここへきて認識できたw)。奥に左右に走っているのがおそらく飯豊山、御西岳、大日岳をつなぐ稜線だ。でもなんだか向こうの方は空が暗いね・・・・?
奥の稜線に雲がかかっている
烏帽子岳からCT3時間もある長い登り。傾斜は大したこともなく、良いペースで辿り着いた御西小屋だったが・・・
まさかとは思ったけれどそのまさかだった。もしかしてこのまま飯豊本山ガスの中かよ!
きっと大したことのないルートなんだと思う。それでいてきっと景色は良いのだろう。ここまで歩いて来た長い稜線を左手に眺めながら御西から本山までのアップダウンの少ないのっぺりした道を感慨深く歩く筈だった。しかしまぁご覧の通り何も見えなかった。山頂に近づいて大きな石がゴロゴロしているあたりはガスっているとルートがとりづらくて、何度もルートを外しながら必死こいて進む。かろうじて雨は降ってこないとはいえ、ミストサウナみたいな湿度で今にも雨になりそうだった。
登頂!
なんの罰ゲームですかね・・・
4日目の夜は予定していた朳差小屋ではなくて1つ先の頼母木小屋まで進めたし、この日は間に合えば切合小屋まで降りてしまった方が最終日気が楽だなぁと思ってここまで進んできていたのだが、この後絶対雨になるだろうから夕方まで歩き続けるのも嫌だし、明日は晴れ予報でようやく大気が安定しそうだし、こんなガスガスの山頂で飯豊を終えるのは悔しいしということでこの日は本山小屋で行動を終えることに決めた。最終日にしてようやく山中テント泊(あとの一回はダム脇w)。

今まで10年ほど山をやってきたけれど、なんだかんだそこまでの強風下でのテント設営や撤収というのはあまり経験がなかったかもしれない。夜間に幕の不具合を修正するのが面倒臭いのはよく知っていたので、ガッチリとガイラインを張って不安のないようにテントを建ててから水場まで100mほど降って水の補給に出た。戻ってくるまでの間に少し雨が降ってきてしまったけれどなんとか全体的には間に合ったという感じだ。途中で出会ったご夫婦は切合小屋からピストンで飯豊本山を登りに来たと言っていたけれど、おそらく雨に遭ってしまったことだろう。水が途中で足りなくならないようにたっぷり汲んでテントに戻ってきてから一度も外に出ることはなかった。それにしても何でこんなに天気の悪い日に限ってテント泊しているんだろうとテントの中で考えたりもしたけれど、よくよく考えたら大石ダム脇の夜以外は毎夜雨だったから、いつテントを張っていたとしても結局同じことだったなと思い直した。テントは一晩中風で揺れていて、テントの内側の天井につけたネットに掛けて干していた靴下は何度も何度も下に落ちてきたし、眠りの深い私でさえも夜間に何度も目を覚ますほどの風雨が続いていた。さぁ、泣いても笑っても明日で最後だ。

6日目へ
最初から読む

2018/09/16

20180913-18_朝日連峰-飯豊連峰(4日目:大石ダム-東俣コース-頼母木小屋)

■飯豊連峰セクション
【4日目】
大石ダム-東俣コース-朳差小屋-頼母木小屋
【5日目】
頼母木小屋-門内岳-梅花皮小屋-御西小屋-飯豊山-本山小屋
【6日目】
本山小屋-切合小屋-疣岩山分岐-松平峠-祓川山荘-弥平四郎-(バス・電車移動で)

2018/09/16 (Sun)

6:10 大石ダム管理棟
 - 0:30
6:40 東俣彫刻公園ゲート
 - 1:10
7:50 林道終点
 - 2:00
9:50 カモス峰
 - 1:17
11:07 千本峰
 - 1:08
12:15 前朳差岳
 - 0:45
13:00 朳差岳
 - 1:08
14:08 大石山
 - 0:40
14:48 頼母木小屋

心優しい2人組のお陰で大石ダムの管理棟まで歩かずに済んだというのに、寝心地が良過ぎて若干の朝寝坊。実は管理棟の先まで車で入れるのだが、「暗くて細い道の運転は怖いからここまででいい?」と言われたので管理棟脇泊となった。朝はここから林道歩きが1時間半ほど。この日も午前中は雨予報だったが、林道以外は樹林帯歩きでそれほど景色の見えるところもないだろうし雨でもいいやと思っていたが、起きてみるとまさかの曇り空、むしろ雲多めの晴れ。天気がずれ込んでいるのだとしたら嫌だな、明日は稜線だから晴れて欲しいのにまさか明日が雨なのか?
ダム脇を歩く。猿がいっぱいいた
実は今回、ギリギリまで西俣の大熊尾根という破線ルートを歩こうとして計画していた。しかし直前に人から「そっちは藪漕ぎで今立入禁止になっているはず」と言われて調べてみてあっさりと東俣コース(権内尾根)に切り替えたのだった。膝の調子はそこまで悪くもないから後半戦も大丈夫だろうと思って飯豊連峰へ入ってきたものの、全く痛みがないと言うわけでもなかったので、この状態でハードな東北の藪を登るのは厳しいだろうという判断だ。しかも天気予報は悪いし、タフな藪漕ぎに耐えるような分厚いシェルを持ってきている訳でもなかった。スタート地点は西俣も東俣もいずれにせよ大石ダムで、しかも東俣の方が早く稜線に着くことがわかっていたし、東俣へのルートの変更はまったく苦でなかった。どうしても西俣コースに行きたければ、いつか本腰入れて西俣メインで行けばいい。何かのついでに入るというような心づもりだと殺られる、それくらい西俣は過酷そうだった。

とはいえ、東俣に切り替えたからといって東俣がラクだったかというとまったくそんなことは無かった。東俣でもこんなにキツイのだから、西俣をやめておいて本当に良かったとさえ思った。なんせ登りの角度が急で凄い。この夏休みが始まる前の三週間、膝のことや天候のことなどが重なって山に行っていなかったということもあり、今の自分にはかなり堪えた。水の消費も激しい。沢を離れて急登が始まってから最初の1時間、距離はたったの1kmで標高差500mほど上がり、その後もぐいぐいと標高をあげていく。
歩きにくいし角度がきつい!
朳差方面はこちら、、、って、トラバース道が平気で斜めっている
そして雨は降らない。今日なんか雨だって構わないのになぁなんて思って登り始めたけれど、このキツい登りをゼーゼー歩きながら、雨じゃ無くて良かったと心から思った。。。こんなの雨だったら本当に修行でしかない。
だいたいずっと鬱蒼としているがたまに景色も
ダムの標高が200mくらいで、今日の最高峰朳差岳は1634mだから、まぁそういうことだ。
ようやく稜線歩きらしい感じになってほっと一息。天気は悪化してきて、折角のこのタイミングで真っ白に。そりゃないだろうよ・・・ご褒美をくださいご褒美を・・・
それでも完全に真っ白ではないから、太陽ガンバ!!私も頑張ってるから太陽もガンバ!!なんて独り言を言いながら進む。チラ見せ感がすごい。チラ見せしかない。
格好いい!
たまぁに見える稜線の姿に歓声をあげながら進んでいく。えぶりさし、って山の名前はずっと前から気になっていて、やっと来られたというのにこんなにチラ見せしかしてくれないの!?でもこんなに少ししか見せてくれないなんて余計に気になるじゃないの!と思いながら太陽を応援する。きっと私が頑張って登れば太陽も頑張って雲をどこかへ消してくれる・・・はず。
うまいタイミングで写真は撮れなかったけれど、朳差の山頂では一瞬だけ晴れ間を見せて貰うことができた。たくさん山に行っているけれど、こういうピンポイントなタイミングですぅっと晴れ間が現れる時はいつだって鳥肌が立って涙が出る。そういう瞬間に網膜に焼き付いた景色は最高に美しい。私なんかではそれを写真で捉えることはできない。
山頂を過ぎると、元々行こうとしていた西俣コースの分岐に着いた。嗚呼、これはあかんやつや。足元の踏み跡の有無までは確認しなかったけれど、まぁ完全に藪漕ぎ。天気がよくない時は絶対に避けるべき。突っ込まなくて良かった。
もうかれこれ5年くらい前?から通行禁止の看板が立っているとかなんとか。
元々の予定ではここがこの日のゴール、朳差小屋。
東俣コースに切り替えたことで時間に余裕ができ、朳差小屋到着は13時と早め。次の頼母木小屋まで、なんとか雨降るまでに歩ききれるかなぁ。
小屋の中にも大熊コース通行止めの文字が。ここはこの日は管理人不在だった。
大気は不安定で、雲はダイナミックに流れてその影が山肌を流れていた。青空だと思った次の瞬間にはあたり一面真っ白になる。しかし、朝日連峰にいた時からそうだったのだが、今回の山行では絶望的致命的な天気の悪化がないような気がしてならなかった。理由はわからないけれど予報はいつだって外れて毎日良い方に倒れ続けていて、毎日夕方から夜にかけての空の様子を見るにつけ、「ほんとうに明日そんなに天気悪くなるのかな?」と思っているとやっぱりそんなに天気は悪くならないのだった。勿論、あーこのあと絶対降るな、という瞬間もたくさんあって、そういう時は降るのだけれど、それが日中ずっと続くとかそういうものではないのだ。
頼母木小屋が近付いてきた。あー疲れた、やっと休める!まだ時間的には歩けるけれど、自分がもう歩きたくないし、別にそこまで頑張らなくてもいい。小屋の手前を歩いていると、左前方に見えてきた尾根(下の写真の右側の尾根)があまりにも綺麗だったので見とれること暫し。
このピンクの尾根かな?(間違ってたらすみません・・・)
もし私が見ている尾根が地図上のこの尾根であるなら、あー山道はないんだな、きっと藪かな、とか考えながら眺める。しかし見事なまでに一定してしかも緩やかな傾斜、写真だとうまく伝わらないけれど、写真に写っているののさらに倍ぐらいの距離で同じ傾斜が続いているのだ。歩いてみたいけれどきっと人が歩けない、野生動物達だけのための尾根かもしれないというロマン。まぁ普通に人が歩いているかもしれないけれどもw
到着した頼母木小屋には人の姿と洗濯物(こんなガスで乾くのかというツッコミはさておき)。小屋には小屋番さんを含め男性5人がいた。何やら全員ひとつのパーティーかと見紛うほど和やかな雰囲気の中に突撃すると、なにやら水場の方から舞茸がどうだ、舞茸どうする、舞茸舞茸という言葉がやたら聞こえてくる。舞茸あるんですか?
どーん!
天然舞茸はすごく香りが良くて、市販の舞茸なんかとは比べ物にならないという話は何年も前からキノコ仲間に聞かされてきたが、実際にはまだ見たことがなかった。まさかこんな東北の山の中でお目にかかることになろうとは!!思わず、嗅がせてくださいと申し出て舞茸に鼻をうずめる。ふがぁ、いい香りだ。ていうかこれからこの舞茸をどうするんだ?まさか、食べさせてくれるんじゃないだろうな(期待)?
隣に置いてあるのは500ml缶!
小屋のすぐ脇に水場、むしろシンク。ここでさっと舞茸の根元の泥汚れを落とす
舞茸の処理をしているうちに雨が本降りになってきた。間一髪、というほどではないにしろ、雨がやってくる前に小屋に入れてラッキーだった。

それにしても、予約もなくやってきたのに天然舞茸を食べさせて貰えるだなんて、偶然とはいえ、ますます東北の「小屋」文化とシステムがわからなくなってくる。避難小屋なのか営業小屋なのか、まぁその中間なのだろうけれど缶ビールは売られているし、小屋番さんがガスコンロを持ってきて、沸かしたお湯をポットに入れている。しかも、じゃあ枝豆茹でますねーって枝豆出てくるし、水茄子の漬物もまわってきた。小屋の夕飯じゃないし、なんだろうこのタダでツマミが出てくるシステムは。天国か。
舞茸を、まずは網焼きで塩をつけたりつけなかったりして食べる。美味しい!
手前が小屋番さん、その奥は小屋番さんの友人でもある酒豪の舞茸ハンター(ソロ)。
舞茸を背中に背負って歩いていたら虫が寄って来て凄かったそう。
この方、なんと350mlビールを6缶担いでその後も小屋で買って飲み続け、全部で3Lくらい飲んだとのこと。
物静かで人との交流を好まないのかなぁという雰囲気を出しながら、16時過ぎぐらいに雨に濡れた最後の1名が小屋にチェックイン。まぁ結局のところ最初の印象とは程遠い、全然物静かでもなんでもないイカれた秋田の藪漕ぎストだった(褒め言葉)。

焼いても焼いても減らない舞茸。あとは汁にしたいけど、うーん味付けどうしよう、味噌とかあればいいんだけどなぁなんて話になったところで、自家製の味噌持ってきてますという人あり。更に粉末のうどんスープなんかも出てきて味付は決まり。ひとしきり舞茸を食べたあとは汁にしていただく。
左から、秋田出身の藪山マニア(ソロ、足元はスパイク長靴)、
福島出身だけれど都内からやってきたという大荷物ペア(左は初心者で、右の人が連れてきたらしい)、
マラソンもやるという足元トレランシューズの飯豊マニア(ソロ)。盛り上がる。
雨が止んで外に出ると、辺り一面あれだけ真っ白だったのが嘘のように雲がきれて視界が開けていた。幻想的な雲が山に絡み付くのを皆で嬉しそうに眺める。気温は一気に下がっていた。
みんな山が大好き
家に帰ってきて写真を見た時、似たような写真が続いている時は大抵興奮していた証拠
いわゆる夕飯のメイン的なものはそれぞれが勝手に作って食べているが、汁物は皆で分け合っていただく。ご馳走様でした!
いつまで経っても話は尽きないので小屋番さんが気を使って会を締めたにも関わらず、さらに30分ほど続いた飲み会。おすすめのルートや山域の話、キノコの話、あれこれ話して本当にあっという間の時間だった。楽しかったなぁ。

5日目へ