2026/04/25

20260421-25_Gosaikunda Trekking(day5)


2026/4/25 (Sat) day5 Golphu Bhanjyang-Kathmandu
トレッキング最終日の朝が来た。昨夜の雨が嘘のように清々しい朝だ。本来ここからバスに乗るまで2時間ほどの林道歩きのようだったが、たまたまこの日は宿の近くからバスが出るらしく、宿からほぼ歩かずにバスに乗ることになった(とはいえこのバスがまた大変だったのだけれども)。
小屋のお母さんと
朝はあまり選択肢がなく、薄いパンケーキとゆで卵を食べたのだったと思う。珍しく写真を撮っていなかった。宿を出てすぐのところから乗り込んだバスには乗客は数えるほどしかいなかったのだが、進むにつれどんどん人が乗り込んできて最終的には満席に。満席というより席数より人数の方が圧倒的に多かった気がする。前日にNgimaがバスセンターにチケットを買いに行く、というようなことを話していたので、トレッキング関係者用で予約の必要なバスなのかなと思っていたが、どうやら集落の人が都市部に降りる公共交通機関のようだった。
暫く九十九折のダートの林道を降っていくのだが、これがまた道幅が狭くて、ハンドル操作を誤ればバスごと滑落待ったなしといった状況。乗っているだけのこちらまでとても緊張した。長さも幅も、いずれもギリギリなので、たまに一度では曲がり切れないこともある。
助手席付近まで客席がある。バンもバスも、出入口に近い席は所謂優先席のような扱いになっている。
ぎゅうぎゅうw
バスは長旅なので途中で休憩を挟む。往路のバンと同じような感じだ。ダートの九十九折が終わって街に出てから休憩。ここまで2時間ほど。座って乗っていただけなのに、なんだか緊張して疲れてしまった。ここで間食。
ひよこ豆とじゃがいものスパイス炒めとゆで卵が着席とほぼ自動で出てきた(多分Ngimaが頼んだのだと思う)。美味しかったのでお代わりした。こんなものまでお代わりできるの謎システムすぎる。
Ngimaがおもむろにビールを飲み始めるので、私も飲むと言ったら1瓶奢ってくれた。昼飲み最高。
人のザックに構わず足を乗せる隣のおばちゃん、そして何故か途中手を繋がれたw
最初乗客が少なかったから優先席に座ったのに、その後乗客が増えて奥に追いやられて出られなくなったNgima(左奥)
外は暑い。そして空調はない。窓が開いているので土埃がまあまあ入ってくる。そんな中、バンッ!!という激しい破裂音がしてバスが止まった。パンクしたのだ。パンクの衝撃で更に激しく土埃が舞い、皆が鼻と口に布をあててしのぐ。休憩の後また九十九折の林道になっていたのだが、こんなところでパンクしてしまってこの後大丈夫なのか??

剥がれた金属板を客席に積み込んで少し進み、乗客はタイヤ交換中しばらく外に出て待機。といっても外は日陰僅かな炎天下。私は鼻血が出てくる始末。そしてパンクしたタイヤと交換するタイヤを見ると、これまた新品ではなくゴムの剥がれかかった中古品w 不安しかない。けれどまぁ、彼等はこれで普段やりくりしているのだから大丈夫なのだろう・・・
タイやのすぐ上の金属板も剥がれ落ちたw
剥がれてひん曲がった金属板は、後で叩いて平らにしてから貼り付けようとしていたが、そう簡単に貼り付くものでもないので積み込んで持ち帰った。
このタイヤ冷静に見ると凄まじいwよくこれで走ってるなと思う・・・
因みにこれは交換前のタイヤか交換後のタイヤかどちらかはわからないが、どちらもコンディションは似たような感じだった
30分くらいでタイヤ交換が終わって再出発、都市部に戻ってバスを降りたのは13時半だった。今日の移動時間は4時間くらいと言っていたけれど、結局6時間かかった。ネパール時間、さもありなん。Ngimaは翌日だか翌々日からまたトレッキングに出るから時間がないとのことでタメルまで戻らずこの近くの自宅に直接帰っていった。私は手配されたバイクタクシーで宿まで戻ることに。
ここはまだ道がすいているので良いが、都市部に近付くにつれ車やバイクの数が増え、車間距離も縦横共に物凄く近くなる。そこまでの大荷物ではないにせよ、一応私はトレッキングの荷物を背中に背負ったまま乗っている(一応持ってきてと言われた寝袋も持っていっていたのでそこそこザックが大きい)。
トレッキングが終わって夕方から、ネパール在住のN津さんにお会いする予定になっていたのでホテルに戻ってシャワーを浴びたり身支度を整えて出発。待ち合わせ時間までふらふらお土産物を物色している中で、買う予定のなかったラグ屋さんで話を聞いていたら無性にほしくなってしまった。N津さんと合流して飲みに行く前におすすめのラグ屋さんに連れて行ってもらい、早速2枚購入。私が見つけた店よりだいぶお得な値段で購入できた。もうこれが持ち帰り荷物の重量とキャパの限界w
アマダブラムとエベレストのラグを購入。1人サイズのチェアにピッタリサイズで超お気に入り。カモシカスポーツ本店のコーヒーコーナーごっこができる(伝われ)。
ラグを抱えたままN津さん行きつけのローカル飲み屋さんへ移動。この日まで食べたことのなかったローカルフードをつまみに、ここでもビールと地酒をいただく。山の中で初日に飲んでいた透明の焼酎のようなお酒は"ラクシー(Rakshi)"、最終日に飲んだのはネパールのどぶろく"チャン(Chyang)"というらしい。ここではビールから始めてチャンを飲み、その後はレース前後にも飲んでいた"トゥンバ(Tongba)"を飲んだ(よく飲むw)。
スパイシーな炒め物、大豆かな??
こちらは宗教的な理由で牛肉を食べないが水牛は食べても良いらしく、左側のものはスクティ(Sukuti)という水牛のジャーキーのようなものを調理したもの。これもスパイシーで美味しい、おつまみに最高。
N津さんとは共通の友人が多く、彼がネパールに移住する前から認識していたのだけれども、彼も私のことは以前から認識していたようで、実際に会ってお話しするのはこれが初めてだったにもかかわらず5時間以上ずっと飲み食い喋りしていた。何気に歳も近かったので、この年齢層ゆえに似たようなことを考えたりしているのが分かったのもとても嬉しかった。「旅のそと」という冊子を頂いたが、移住に至った経緯などが書かれているので機会があれば是非読んでみて欲しい。真摯に人生と向き合っている人となりが伝わってきてとても良い時間が過ごせた。
移住に至る前にも何度もネパールを訪れて活動されている経緯があるとはいえ、この年齢で移住をするという決断ができるのは本当にすごい。今はネパール語の学校に通われて語学習得に励んでいるそう。
22時近く、ひとりで道を歩いていても何ら危険を感じない良い国、良い街。犬もくつろぐ。

2026/4/26 (Sun)
もう帰るだけなので午前中はご近所ショッピング。ザックのサイズや重量を考えながらの真剣な買い出しだ。あまり重たいものや嵩張るものは増やせないので細々したものや小さなものを中心に買う。N津さんに教えてもらったモモセンターでラストモモを食べてから空港へ。帰りはバンコクにて5時間ほどのトランジット。
美味しくて安い!特にタレが絶品で、2皿食べてしまった。1皿150円くらいと破格。
この後空港でも美味しい物がたくさんあったのだがお腹いっぱいでほとんど食べられなかった。ここでは我慢して1皿にしておけばよかったと後悔したw

こうしてぎゅうぎゅうに詰め込んだ2週間弱の旅が終わった。
思えばこんなに長い海外旅行は大学3年生の頃に50日弱行っていたヨーロッパ以来だったかも知れない。日本円が強かった頃にもっとたくさん行っておけば良かったと思わずにはいられないけれど、今それを言っていても仕方がないので、今後時間が作れる時はできるだけ旅に出たい。レースと絡めてトレッキングや観光などの予定を入れると、レースの準備やコース研究などと同時進行で調べないといけないことが増えてしまって大変ではあるのだけれど、ついつい欲張ってまた次もきっとこうやって破綻寸前みたいなスケジュールを組んでしまいそうな気がする。あと、ネパールに来ることが決まるまで、ヒマラヤが見えるところを歩くトレッキングというものに大して興味がなかったのだが、実際行くことが決まり、自分の足で歩いてみたらとんでもなく素晴らしくて驚いてしまった。ヒマラヤなんてものは限られた実力者たちが何か月もかけて頂を目指すものだみたいな感覚があったので、低いところからその頂を眺めてのんびり歩くのは楽しいんだろうか?とさえ思ったりしていた。でも行ってみたら違った(行く前、具体的に想像しはじめた頃から段々意識は変わっていった)。なんだろう、登山と普通の旅行の中間のようで、旅行にしては山要素が強いし、山にしては旅行要素が強い。悪い言い方をすればどっちつかずなのかも知れないが、山に無理なく登っていながらにして文化にも触れられて旅行要素もあってヒマラヤも見えているならどっちつかずが最適なように思う。大体、ヒマラヤが肉眼で見えるということ自体が非日常で、生まれて今まで見たことがない景色な訳だから自分が想像している以上に感動してしまうものだということがよくわかった。今はこれ以上うまく言葉にできないが、いつか言葉にできる時がきたら何らかの形で吐き出したいと思う。今外国人がこのエリアを歩こうとするとガイドが必須なので、今回はガイド登山となり、航空券と同じくらいお金もかかったが、これはこれで良い経験になったし、なにより尊敬すべきNgimaに会って一緒に楽しく過ごせたこともとても良かった。

帰国して次の週末はすぐGWで、私はカレンダー通り5連休だった。折角の連休だしどこかに行きたいなと思ってはいたものの結局どこにも行かずに終わった。天気が少し微妙だったこともあって調べるのが億劫になってしまったというのもあるが、どこかネパールの余韻を楽しみたかったのかなという気もしている。ネパールへ行こうとすると航空券は高くはないけれどべらぼうに安い訳でもなく、時差もちょっとあり、時間もかかる。けれど欧米ほど遠くもなく、物価も高くなく、人は穏やかで優しく、治安も悪くない。個人的にはとても馴染む国だった。行ける内にまた行きたい。

おしまい

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2026/04/24

20260421-25_Gosaikunda Trekking(day4)

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2026/4/24 (Fri) day4 Tharepati-Golphu Bhanjyang
(15.8km/349mD+/1852mD-)
すぐ近くのやぐらから日の出を見ると綺麗だよとのことだったので朝食前の散歩がてらNgimaと一緒に登る。6:30頃やぐらに登ると、小屋から見えていなかった太陽はすっかり上の方にあった。

こんな環境の3960m地点に木製のやぐら、丈夫なものだな。松の木らしい。
この日も霜が降りていた。
3日目の朝にイスラエル人が食べていたチベタンブレッドというのが気になったので頼んでみた。チベタンブレッドとは「主にチベットやネパールなどのヒマラヤ地域で食べられている、無発酵のパン。小麦粉、油、ミルク、ベーキングパウダーを混ぜて生地を作り、油で揚げたり、焼いたりして作られる。」とのこと。遠目で見ていて結構茶色いパンだかナンだかのように見えていたが、揚げてあるものだった。朝から揚げ物とはなかなか。パンのようでもナンのようでもなく、パイ生地をカリカリに揚げたスナック菓子のようで、これはこれで美味しい。上にシュレッドチーズが乗っていたが、生地からもチーズの風味のような香りがしていた。スプーンとフォークが出てきたが、およそスプーンとフォークで食べるような物体でもない。
色々なものが食べられて楽しい旅だ
Tharepatiを去る。ここもスペルがTharepatiではなくThatepatiになっていた。
それと、山の中ほとんどの表記がWelcomeではなくWel comeなのも謎w
今日は降り基調
毎日2回くらいお茶休憩がある。私は大体コーヒーか紅茶、後半はジンジャーティーとかを頼んだりなど。小屋によって生姜風味が強いところと弱いところとある。
咲き乱れるシャクナゲ
少し曇ってきたが、白っぽかったりうっすらピンクがかっているものがすべてシャクナゲ。咲きまくっている
途中、何の変哲もない葉っぱを指して、これは日本で紙幣になるんだよと説明を受ける。Ngimaも日本人から聞いて知ったのだそうだ。アルゲリっていうんだよとのことで、電波が繋がってから調べてみたらミツマタだった。花しか知らなかったけれどミツマタの葉ってこんななのか、そして紙ってもっと太い木みたいなのから作られるものだと思い込んでいたけれどミツマタからできているのか!色々と驚き。
よく枝を見ると確かにミツマタだ
大分降りてきた
ここでまたパスポートとentrance permitを見せて手続き。(何日の何時に公園から出ました、みたいなことを書いているのだと思う。多分w)
ぼちぼち民家が出てきた。最終日の5日目はバス停のようなところまでの道路歩きが2時間くらいあるとかでトレッキングではないと事前に聞かされていたので、実質今日が最後のトレッキングとなる。とはいえここは一旦通る集落で、ゴールはまだ先だ。
民家が出てきたのでもう終わりかと思いきや途中の集落だった
時間が13時近かったこともあってか、営業していそうな小屋が少ない。ふらふらと小屋に近付いては様子を伺い、やっていなさそうなら次の小屋へ、というのを数回繰り返してようやくランチにありつく。この日も13時過ぎくらいになった。ここも当然のように、ご飯が出てくるのは遅い。いや、本当にどこから作っているのだろうと不思議に思ってしまう。1から作っているとしか思えないんだよなぁ。作り置きしているものってあるんだろうか?青菜くらいか?
街が近くなってきてご飯の価格が安くなってきたw
これまで食べたダルバートの中で一番ダルのスープにとろみがついていた。付け添えの青菜が美味しい!何の葉っぱだったのかはわからない。
ヤギたちが可愛い。おじさんが近くにいて、このヤギを率いている。
ランチから2時間ほどで宿に到着。向かい側に中学校があり、近くに小さな商店がいくつか並んでいた。山から降り、ここはまた土埃の激しいエリアだ。国内の登山で4泊5日というと割と長い部類に入るし初日は大抵夜のうちに移動したりするから登山時間を長くとれるが、ここでは初日と最終日の日中帯がほぼ移動日になってしまうので、矢張りあっという間だったなぁという感じは否めなかった。とはいえ、レースを怪我無く終えて、レース翌日の謎の不調も乗り切ってどうにかトレッキングまでしっかり来られたのだから、我ながらよくやったとしか言いようがない。何ならこの標高でしっかり酒まで飲んでいるのだから天晴れである。これ以上何を望むというのか。

下界に近いこともあって宿の内装も綺麗で、なんとこの日は無料でシャワーも浴びることができた。シャワーを浴びるつもりなどなかったのでシャンプーやら石鹸の類は一切持参していなかったが、それでも汗を流し頭皮にお湯を当てられてとても気持ちが良かった。髪の毛がたくさん抜けた・・・(まぁそんなものだよね)。
ロビーというか食堂というか、リビング?の什器が美しい
周りの売店でも見る?とNgimaが言うので、おすすめしてくるくらいだから面白いのかなと思って一緒に宿を出ると「僕はちょっとこっちに・・・」と言って宿の裏山を降りようとしていた。手にはトングとレジ袋を持っている。面白そうだから私もそっちに付いていくと、なにやら草を摘んで収穫し始めた。なんですかそれはw
トングは宿の奥さんに借りていた。真剣な眼差しで草を取るw
草の名前は聞かなかったが、なにやら汁物に入れて食べたりすると美味しいのだそうだ。日本で見るアイコに近いものだろうか(ちょっと葉の形が似ているような気もする)。私は山菜取りなんかもするけれど、まさかネパールまできて野草の収穫にお付き合いすることになろうとは思ってもみなかった。類友というか、なんというか・・・。見た目はトゲトゲしている。触れないからトングを使って取っているようだ。カトマンズやタメル界隈にも生えていることは生えているらしいのだが、ここの個体の方が質が良いらしい。
結構下まで降りていくようだったし私は足元がサンダルだったので途中で離脱して周囲の商店を散策。アルコールも売っていたが、流石に小屋持ち込みは良くないかなと思ってそのまま何も買わずに撤収。ちょっとしたスナック菓子くらい買ってみても良かったな。
トゲもかなり立派で触れない。
さて、山岳エリア最後の晩餐、夕飯は何にしようか考えた挙句に春巻きをオーダーしてみた。メニューには1つあたり幾ら、と値段が書かれている。いくらビールのツマミにしたって春巻き1つじゃ足りない気もするが、どんな春巻きなのかもわからないのでとりあえず頼んでみることに。万が一滅茶苦茶少なければ追加させてもらえばいい。
とか思ってビールを飲みながら待っていたらとんでもないものが出てきた。カルツォーネのような・・・巨大揚げ餃子のような。
伝わるでしょうか、このサイズ感。そしてこの形状w
ビールは今日はまた別の銘柄に。
中身は野菜やら卵やら、色々ミックスといった感じ
中身がスパイシーだったし良いおつまみにはなったけれど、矢張り1人より2-3人でちょっとずつ色々なものをシェアしたい。ひたすらこの「春巻き」というものを食べてこの日のご飯は終わった。後で聞いたところによると、別にネパールの春巻きが皆こんな形のこんなサイズな訳ではないようだった。何故ここの小屋はこれを春巻きとしてメニューに載せたのだろうか・・・。

春巻きを食べ終えてビールも飲み切るくらいになった時、もう寝るかとNgimaに聞かれたが、最終日ここですぐ眠ってしまったのではなんだか勿体無い気がして、小屋のご夫婦とNgimaがまったりしていた薄暗いキッチンに混ぜてもらうことにした。言葉は何言ってるかさっぱり分からないけどそっちに混ざってもいいかと尋ねると勿論だよと言って快く迎え入れてくれた。

初日も3日目も小屋で飲ませてくれた地酒、今度は焼酎ぽいものではなく白濁した地酒(おそらくチャンという酒)を飲ませてもらった。私はお酒も食べ物も全く好き嫌いがないから、どこへ行っても何でも食べられて飲めるのがいい。私が何の抵抗もなくすいすい飲むからか、相手もニコニコしてくれる。この晩他のお客さんはいなかった。夕飯は私だけが春巻きを食べて、小屋の人もNgimaも皆ダルバートを食べていた。結局ダルバートに始まりダルバートに終わるんだな。もう他の物を食べない方がより現地の人に馴染めるんじゃないだろうかという気がする。壁に作り付けの棚には整然と並べられた調理器具があり、銅の鍋なんかもあってとても美しかった。この空間は写真を撮り忘れていて、動画ばかり撮っていたのでここに掲載できないのが残念だ。Ngimaはどこの小屋に行ってもすぐに小屋の人達と馴染んでいたけれど、何度も会っているという訳でもなさそうだった。Gosaikundaエリアは年に2-3回来るくらいと言っていたし、使う小屋だって毎回違う可能性があるということを考えたら、小屋の人から完璧に顔を覚えられているということも無いだろう。ネパール人というのがそもそも全体的に皆人懐っこくフレンドリーな気もするが、それにしても彼は心の距離を縮めるのが上手すぎる。小手先の上手さではないところがまた凄い。少なくとも傍から見ていた私にはそう見えた。振る舞い酒でふわふわと気持ちよく酔いながら、彼等の穏やかな輪の中に混ぜてもらえていることを有難く思った。トレッキング中、結局一度も日本人には会わなかった。

眠ってから少しした22:30頃、窓から差し込む閃光で目が覚めると外は激しい雷雨だった。日中これにやられなくて本当に良かった・・・。

2026/04/23

20260421-25_Gosaikunda Trekking(day3)

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2026/4/23 (Thu) day3 Gosaikunda Lake-Lauribina Pass-Tharepati
(14.5km/1008mD+/1808mD-)
2日目の朝は起きるのが遅すぎて朝焼けや日の出が見られなかったので、今日こそ日の出が見たい。この日は行程中最も標高の高いところでの宿泊、こんな高い所から日の出を見ることも人生でそうそう無いだろうと思い、前夜のうちからネットで日の出時刻を調べておいて早目にアラームをかけた(※この標高でWi-Fi環境が整っていたことも驚き)。5時過ぎに起きて昨夜の残りのチョコプリンを食べ、5:15頃から外で待機。ベンチには霜が降りていた。
5:30頃
6:00、ようやく稜線に日が差し込む。太陽はまだ出てこない
結局ご飯の時間になってしまった。太陽はまだ稜線の向こう側に隠れているようだ。日の出を諦めて朝食をとる。前の晩、今日は人数が多いから夜のうちにオーダーを決めて頼んでおこうとNgimaから提案されて夜の内にオーダーしてあったので、朝は着席してすぐにご飯が出てきた。この日はオートミールとヤクのミルクティーみたいなのを頼んだのだったような気がする。オートミールは凄まじい量だった。上には細かく刻んだりんごが乗っていて温かい。寒い朝を見越して頼んだホットミールは大正解だった。
7時過ぎに出発。湖の向こう側に見えていたルートは坂ではなく階段だった。階段、レースでも散々登らされてきたが、4400mオーバーのこの場所でもまだまだ続く。でもなんだかんだであの峠を越えたらもうそれより高い所に登ることはもう無いのだ。あと少し。すぐそこに見えるゴールまでほんの少しだ。でも息苦しくて全然進まない。苦しい時というのは大抵、すぐに終わって欲しいとか、もうこんなの嫌だとか、そんな風に考えるものだと思うのだが、この時は不思議とそんな考えは一瞬たりとも浮かばなかった。苦しいことは苦しいのだけれど、ずっとここに居たいと思ってしまった。登らずじっとこの景色を眺めていられたら最高だけれども、8時間この場所を登り続けろと言われたらそれでもいいと思った。通り過ぎたくない。

階段が終わって雪が出てきた。チェーンスパイクは持参していたが、雪が太陽で緩んで歩きやすかったし踏み跡もあったのでスパイク無しのまま進む。照り返しがすごい。
カメラを向けたらポーズをとってくれたNgima
湖が少しずつ遠くなる、そして奥には7000-8000m峰が並ぶ!
すごい!
4600m地点から見ているのに、更にあんな雲みたいな場所に山並みがある。ネパールに来る少し前に山野井妙子さんの本を読んでいたのだが、あんなところを彼女は無酸素で歩いているんだよなぁなどと思ったら改めてとんでもないことだなと思った。それにしても美しい。うまく言えないけれど、ネパールってすごい、すごいところだ。スケールが違い過ぎる。月並みだけれど、自分という存在がとてもちっぽけに感じる。
ぼちぼち下の湖が見えなくなってくると同時に7000-8000m峰がよく見えるようになってくる。どれが何の山か、色々聞いたけれど忘れてしまったw アンナプルナは見えていたと思う。若干自分は具合悪そうw
凍結した湖。そこまで氷は分厚くなく、上を歩ける程ではないそう
ようやく最高地点!
私の時計にこの標高が表示されることは今後あるのだろうか?
写真を撮りつつのろのろと2時間弱でLauribina Passに到着。ここが今回のトレッキングの最高地点となる。お天気に恵まれたので寒いと感じる時間帯もなくすんなりと登れてしまったが、ここも天候が荒れたら相当厳しいと思うので晴れてくれて良かった。

ヒマラヤの稜線に別れを告げて今度はひたすら降り。こんなに一気に降るような場所は日本にはないと思う。4000m越えの日差しに晒されながら歩くこと暫し、Ngimaがランチを想定していた小屋が営業していなかったので更に1-2時間進んで13時を過ぎた頃にお昼休憩となった。似たようなペースで進んでいたイスラエル人の2人組が手前の小屋でヤクのチーズをくれたが、ここでもまた食べるかと言ってきた。君らが持ってるヤクのチーズ、多分1kg以上あると思うんだよ・・・(多すぎるだろうw)
食べようと思ったら営業していなかった小屋。そんなこともあるのかw
振り返って稜線を眺める
沢を右に見下ろしながら進む。とても綺麗な沢だったが、この辺りでかつて飛行機が墜落して大変だったらしい。乗客乗務員全員亡くなったとか。
沢の上流部
ようやくランチ
Ngimaが担いできたフルーツはブドウとリンゴとザクロだった。ザクロなんて食べるの何十年ぶりだろうw
ここでもダルバート。出てくるまでにここも時間がかかり、食べ終わるまでに1時間くらいはかかった気がする。とにかくネパール時間はとてものんびりだ。穏やかな時の流れが心地良い。
いちいちブログには書かなかったが、ダルバートの時は大抵あれもこれもお代わりしている
遅めのランチだったし夕飯までの間隔が大分くっつくなと思っていたが、この先階段のアップダウンでペースが上がらず、結局3時間ほどかかった。
よくこんな場所にずっと階段を作ったよなと感心してしまう。
トラバースしながら進む道で谷をいくつも越えていくためアップダウンが多い
ようやくTharepati着。道標にはThadepatiと書いてあるが、調べてみるとTharepatiが正しいみたい・・・。いずれにせよネパールの地名だから、ネパール語の発音をアルファベットにしただけなのだろうし、解釈によってスペルが違うのかも知れない(このすぐ下の写真だとスペルはThatepatiになっているw)
本日のお宿
写っていない手前側に掛け布団がある
今日は飲むのかと聞かれて少し迷ったが、迷いを打ち消すかのように「明日はもうずっと降りだ」とNgimaが言うので飲むことに。もう完全にメトロニダゾールの成分は抜けただろう。
ガイド料金にご飯代と宿代はすべて含まれていたが、水とアルコールだけは別料金。富士山なんかと同じで標高の高いところほどご飯もアルコールも値段が高くなる。ここは1瓶1200ルピーくらいだったと思う(ルピーの円換算は1ルピー=1円くらいな感じなので、大体1200円くらい)。瓶は600-700mlくらいだったか、結構デフォルトのビールの瓶は大きくて、逆に小瓶とかは置いていない。
暖炉に火を入れる宿の御主人。ここの小屋のキッチン担当は若い青年だった。
ビールは特に冷えていないが、ぬるくもない
ビールを飲むならダルバートではないよな、と思って今夜のメニューはモモにした。飲み屋の感覚でいけば、正直別の料理をもう一皿くらい食べたいなとも思ったが、食事込みのガイド料金の1食分の予算がいくらまでなのかもよくわからなかったので夕食はモモのみ。(昨日デザートのチョコプリンも頼んでしまっているので一応自粛してみた。)
このモモがまた美味しいこと!ここに来るまでは日本でよく見る丸いモモはほとんどお目にかかっておらず、餃子型のチベット式モモばかりだった。こんな山の上でも明らかに今作ったであろう作りたてのジューシーなモモが食べられるなんて!写真を見ていたらまた食べたくなってきた・・・。滅茶苦茶美味しかった。
小屋のおじさんとNgimaはダルバートを食べていた。本当にダルバート好きなんだな、というかもうダルバートが常食で、他の物を食べなくてもダルバートだけで満足しているから他のメニューを選ぶ必要もないのかもしれない。