2026/10/06

20261001-07_Mu Cang Chai Ultra Trail/ Asia Trail Master Season 11 Final 75k(10/4-10/7編+レース装備)

10/1-10/3編はこちら

<服装、装備>
・ヘッドギア:Hunger Knockの甲州アルプスオートルートチャレンジ2024の参加賞キャップ(雨の予報だったのでキャップにしたが、実際は快晴だったのでハットでも良かった)
・上半身:Finetrackのノースリーブドライレイヤー+Patagonia半袖T(どこかのレース会場で買ったもの、モデル名不明)、ORのアームスリーブ(日差しが強いとき伸ばして使用)、チャリ用指切りグローブ
・下半身:知り合いがカモシカの刺繍を入れて販売してくれているバギーズショーツみたいな感じの短パン(3000円くらいの)、ドライマックスのトレイルラン1/4クルーソックス
・ライト:モンベルマルチパワーヘッドランプ(朝スタート時)+レッドレンザーH8R(夜)
・ザック:The North FaceのTR10
・シューズ:MerrellのAgility Peak 5
・その他(必携装備等):エマージェンシーキット、雨具(Outdoor Researchのヘリウム2、レインパンツは必携ではなかった)、ヘッドライト予備(超軽量の充電式のものを序盤携行)、レッドレンザーのフォグフィルター(結局使わず)、ヘリテイジのULトレイルポール、ティッシュ&ビニール袋、Fold-a-cup(マイカップ推奨のため、しかし一度も使わず)、手拭い、現金、クレジットカードやパスポート等の貴重品、サングラス、虫除けスプレー、目薬、日焼け止め

<ドロップバッグ>CP5
・ジェル類300kcalほど追加(カフェイン系中心+アミノバイタル顆粒)
・ヘッドライト入替(後半用はレッドレンザーH8R+予備電池)
・モバイルバッテリー(Ankerの5400mAh)とケーブル→必携装備ではないため序盤は不携帯
・無印良品ふぞろいバウム・バナナ味(CP5で半分食べてから持参)
・日焼け止め(顔だけ塗り直してドロップバッグへ戻し)


2026/10/4 (Sun)
夜中2時半に誤って前日にかけたままのアラームが鳴って目が覚めると外はすごい雷雨だった。ここまでではないにせよ、レース中に雨が降ってくれたら多少クールダウンできただろうにと思う反面、まだ走っているであろう100マイルの選手達はこの雨に遭っているのか・・・などと半分眠ったままの頭で考えていた。夜寝る前にカップラーメンを食べたのにもうお腹がすいていて、ベッドに横になったまま枕元のパンをひと切れ食べて再び眠りに落ちた。

8:30から表彰式。レース後に男性陣が行っていたカフェが美味しそうだということで早朝に行ってみようと企んでいた女性陣だったがなんやかんやで時間がなくなり結局表彰式へ直行。Team Japanからは男女それぞれ1名ずつが入賞。おめでとう!

一番右が1位で順番に10位までが入賞。4位が日本人唯一の入賞ちさとさん。
前回の香港でも入賞、安定の走り!
男子は5位にトレッドミルの王子、Team Japanのキャプテン喜多村さん。
来週はハセツネだそうですw
ちさとさんこれにて撤収につき最後に記念撮影。一晩明けてきらりさん復活w
往路と同じバスで復路も遠路はるばるハノイまで皆で大移動。ちさとさんは帰りのフライトが早くて時間がギリギリのため別途車で撤収していった。
ハノイ到着後の打ち上げ会場はこちらです
100マイルを完走した山本さんと合流して打ち上げ。もう20年くらいベトナムに住んでいらっしゃるとかでベトナム語もぺらぺら。
山本さんのおすすめで鍋とその他諸々をオーダー。大分飲み食いしたのに1人2600円くらいだった・・・安い・・・
まぁまぁ年齢層高めなのにここでもまたフードファイト。みんなよく食べる。私もよく食べる方だけど、これだけ皆がよく食べるとなんだか安心するw
お疲れ様でした!
旅も最終章、ソロの部突入です。
タクシーに乗るつもりだったが丁度バスも居たのでバスで宿へ移動。
皆と空港で別れてからバスに揺られること1時間ほどでハノイ旧市街に到着。23時近かったのでチェックインしてシャワー浴びて就寝。

2026/10/5 (Mon)
延泊の2泊はあちこち迷ったけれど結局2泊とも混合ドミトリーにした。いずれも1泊1000円未満で朝食付き。この価格帯で朝食まで付くならトーストとコーヒーくらいでも文句は言わないけれど、下調べによるとどちらの宿の朝食も結構ちゃんとしているらしい。というわけでビュッフェ。すごいな。
部屋はこんな感じ。ロッカーもあって安心。
ちゃんとしてる。レタス以外とりあえず全部とる。ジュースはまさかのすいかジュース、カフェで頼んだら結構普通の値段とられそうなちゃんと美味しいやつだった!
両面焼きの目玉焼きは1かたまりに3個使われていた。あと手前の丸いのはほとんど甘くない揚げパンみたいなやつ。激安なのにウィンナーわざわざタコさんにしてるの凄いし、トーストの脇に置いてあったジャムがボンヌママンなのも凄い(普通に買ったら結構高い)。
8月に走ったAKHA Trailでは17kmカテゴリーにハノイ在住の日本人が出ていて現地でお会いしたのだが、ハノイに来ることがあれば連絡ください!と言うので事前に連絡してこの日は一緒にホアンキエム湖周辺を朝散歩。
日中は観光客でごった返すフォトスポットのホアンキエム湖。宿のすぐ近く。
ベトナムには25年も住んでいるそう。AKHA Trailのfinisher Tでペアルックw
タイでお会いした後のやりとりで出身大学が同じとわかったため、妙な親近感を覚える
 玉山祠(ゴックソン寺院)見物 
中村さんおすすめの麺を食べに路地裏へ
黒きくらげを練り込んだ肉団子みたいのも入っている麺。優しい味で美味しかったが、お好みで入れる唐辛子を入れるとひと切れで急に激辛に・・・。ご案内ありがとうございました!
ぶらぶら歩いてそのあとお茶してから中村さんとは別れ、一旦チェックアウトして次の宿へ。同じ宿に2泊した方が絶対に楽なんだけれども、どうしても泊まってみたかった宿は日曜満室で月曜だけ取れたのだった。徒歩で13分ほど移動。何故そんなにここに泊まりたかったかというと理由は2つ、ひとつめは19-20時に毎晩フリービヤタイムがあるという点、ふたつめは大きなジャグジーがあるという点。予約ページには、宿泊客が水着を着てビールを飲んでいる写真が掲載されていた。こんなの絶対泊まりたいでしょ。
日曜の夜も全然良い宿だったけれど、個人的には月曜が大本命の宿w
中庭に鎮座したジャグジーの事前調査w
色々と時間がないのでバインミー食べがち。今回の旅で二度目のバインミー、こちらは1度目のより美味しかった。街中には蚊が多くてめちゃくちゃ刺されまくる。
無事チェックインを済ませて午後はバスでバッチャン焼きの村へ。ちょっと時間が遅すぎてあちこち既に閉まっている店も多かったが、心躍る瀬戸物たちを1時間半ほど見まくった。「やばいこれも欲しい」「でもそんなに買っても用途が被る」「選ぶのつらい」とか独り言をごちゃごちゃ言いながら、ご飯茶碗を2つと、肉じゃがとか入れたくなるような形の器を1つ、そしてれんげを1つ購入して18時過ぎのバスで再び宿へ戻りビヤタイム突入。タイトスケジュール。
小綺麗なショップもあったがこんな倉庫みたいな感じの店も多かった。
アメ横のように小さな商店が犇めき合う路地も楽しい
開幕です
19時を少し過ぎた頃に宿に戻ったので既に飲み放題のゴールデンタイムはスタートしていた。1時間もあるけれど1時間しかないので、急いで1杯目のビールを貰ってバーカウンターのハイチェアを陣取った。これなら飲み終わってもすぐに目の前で注いで貰えるw

数杯飲むとペースが落ちてきた(当たり前)。バーカウンターではスペインから来たという女の子と暫く話していたが、その子の逆サイドにインド女子が座ってからは横並びで3人での会話がしづらく会話が途切れてしまった。一旦ビール欲もおさまってきたところで、少し離れた所で1人で飲んでいたアジア系のメンズにお声掛け。ひょっとして日本人か?とも思ったがシンガポール出身シドニー在住とのことだった。喋るスピードは基本的には滅茶苦茶速いのだが、聞き取りやすい発音でわかりやすく話してくれるので会話も弾み、暫くあれこれ一緒に話している内にフリービヤタイム終了。バーは良心的で、19:59というかほぼ20:00までビールを注いでくれた。この後飲みたい人は有料で飲んでそのうち流れ解散みたいな感じかなと踏んでいたのだが、なにやらこれからクイズ大会が始まるとのこと。4人1組のチームを編成するとクイズに参加できるそうで、我々2人とさっきのインド女子、そしてもう1人インド人の男子と4人でチームを編成しクイズに参加することになった。名前はAsian Mafiaとかそんな名前だった気がするw

クイズは20時半くらいから始まって22時過ぎまで続いた。クイズの内容は相当難しく、酔っぱらっていたので詳細は全く覚えていないけれど、どこそこの人口とどこそこの人口はどっちが多いだのサメの骨の数がいくつかだの、はたまたたくさんの国を旅している人ならわかりそうな地理の問題だのジャンルは多岐にわたった。外資系の会社にいると社内のパーティーなんかでもよくこの類のクイズをやるのだが、まさかベトナムのドミトリーでこれが始まるとは思っていなかった。
インドのJasperは24歳と思えないほど色々なジャンルの知識が豊富だった。シンガポールのVeeと真剣に相談しながら答えを紙に書いていく。A4の紙いっぱいに回答が並ぶ(飲んだ後のアクティビティとしてガチすぎる)w
フリービヤタイムは終わっているので、追加で頼んだビールを片手にゲームに参加。私は部屋のロッカーにカードも財布も全部置いてきていたのだが、一晩中Veeが奢ってくれた。そもそもこの時間帯からの酒の支払いがどうなっていたのか正直よく理解していないw
すべてのクイズが終わってから、隣のチームと回答用紙を交換してお互いに採点し合うよう指示された。何チーム参加していたのかはわからないが、おそらく5-10チームくらいは居たと思う。なんと私達のチームは優勝してしまったのだが、22時半からホテルを出発し行きたい人達全員で他のバーに飲みに行くのだという。この後の飲み代は一切かからないようなことを言っていたような気がしていたが、実際は各バーで1杯ずつだかしか貰えなかったのかもしれない。ホテルのスタッフが引率してくれた。
1軒目のルーフトップバー。ホテルの系列店のバーをはしごするみたいな企画だったみたい。ホテル側からも何杯か飲ませてもらっている筈だが、それ以外は多分Veeが出してくれたw
(ありがとう・・・)
宿を出てから3軒ほどはしごしたらしい。1軒目のルーフトップバーの次にクラブのようなところに放り込まれたが、音がうるさくて会話が成り立たないから外に出ようと言って外に出たところまでは覚えている。そこでビールを飲んだ後、何らかの強い酒がショットで振舞われ、それを飲んだあたりで撃沈したようだ(後で聞いたw)。Vee曰く「それまでも完全に皆ギアは入っていたけど、このショットを飲んだ時、誰もハンドルは握っていなかった」のだそうだ(ここだけ何故か翻訳ソフトを介して伝えてきたw)。宿に戻ったのは25時過ぎだった模様。
クラブの中、何系の音がかかっていたのかは全然覚えていないw
写真は23時半頃に途切れたw

2026/10/6 (Tue)
8時過ぎ起床。どうやって帰ったのか全く記憶がなかったが、目が覚めるときちんと自分のベッドにいて、買った記憶のないペットボトルの水が枕元にあり、半分ぐらい飲んだ跡があった。当然シャワーなどは浴びていなかった。あまりにも危機感がなさすぎだろうと思われるかもしれないが、ひとつも無くしものはしなかったし怪我もなかった。まぁ何よりも安心感があったのは、ホテルのスタッフがずっと同行してくれていたという点だろう。安心感がありすぎたせいで飲み過ぎたのだと思う。JasperとVeeもとても親切で良い人だった。枕元の水は2人が買い与えてくれたものだったようだ。
ここも朝食ビュッフェ付き。おじさんがその場で卵を調理してくれる。
二日酔いの朝のご飯(食べる)。目玉焼きの後で更にオムレツも食べたので、都合卵4個くらい食べたのだと思う・・・
1階へ降りるとVeeが仕事をしていたのであれやこれや前の晩の話をしつつ私は朝食をとることにした。昨夜バッチャン村から戻ってすぐに飲み始めて、そのまま何も食べずに飲み続けていたためお腹がすいていた。二日酔いというより、何なら起きてもまだまだ酔っていた。

Jasperもやってきて、この後15時くらいからVeeと観光に行くという。なにやら宿の近くにTrain Cafeというカフェの立ち並ぶエリアがあり、すぐ目の前を鉄道が通り抜けていくのだという。鉄道好きな私は勿論一緒に行くことにした。私は食後にシャワーとパッキングを済ませて11時に一旦宿をチェックアウト。荷物を宿に預け、15時まではフリータイムのため気ままに過ごした。
部屋はこんな感じ。前日の宿とそこまで代わり映えはしないが、前日の宿のベッドが上段だったのに対しこちらの宿のベッドは下段だった。酔って帰ってきてからのベッド上段はしんどすぎるので下段で良かった・・・
チェックアウトした後でも入っていいよと言ってもらえたのでジャグジーへ。
フリービヤタイムの時間帯以降、誰一人としてジャグジーに入ろうとしなかった。折角水着を持ってきたばかりか、そもそもフリービヤタイムの前に水着を服の中に着て準備してあったのに入れないまま帰るのは残念だなぁと思っていたが、私もたった1人で入る勇気もなかった。起きるのが遅く、すぐにチェックアウトの時間になってしまったので半ばジャグジーは諦めていたのだが、ダメ元で受付に聞いてみるとチェックアウト後でも入ってOKとのことだったので入ることにした。入っている人は誰もいなかったが、ここまできて恥ずかしがって最後のチャンスを逃していてはいけない。

ジャグジーのスイッチがどこにあるかわからずにいると、係の人がやってきてスイッチをいれてくれた。泡にあたると筋肉がほぐれていくのがわかる。お湯だと思い込んでいたのはお水で結構冷たかったが、温水プールくらいの感じで気持ち良かった。30分ほどストレッチしたりバタ足をしたりしてから着替えて街へ。あれこれ買い物。
レース中にゆで卵につけて食べた塩はコレ!
見つけてこれかなと思ったものの確信が持てず、たまえさんに確認したらコレだよとのことだった。帰国後はこれをつけて卵を食べるんだぜ!(嬉)
14:45くらいに2人と合流しTrain Cafeの場所まで歩く。
変な理由をつけて客引きが多く、カフェに入るまでに大分苦戦したがなんとかここまでやってきたw 観光地価格というか、この場所への入場料含めた価格のようで、ビールが1杯1000円以上してびっくりした。滅茶苦茶高いw
1日に4本か5本くらい電車が通過するらしく、15時半の通過を見る計画で15:15くらいに着席。
来たー!
近いww
次の電車は17時半らしいけど次までいる?いやもういいか、みたいな感じでとりあえずビール1杯だけ飲み切って撤収。ところでハノイ旧市街にはたくさんのクラフトビールのタップルームがあったのだけれど結局どこにも入らずに終わってしまったのが悔やまれる。電車を見ながら飲んだこのジャスミンライスラガーも凄く美味しかった。
"Lighter than an afternoon breeze along Train Street" とのことw
口当たりは軽いが、別にそんなに度数が低い訳ではない
Train Street以外の予定は特になかったので、湖の近くを散歩したりフランス統治時代のフランス風な街並みを眺めたり、セントジョセフ大聖堂へ行ったり、皆でGoogle Mapを覗き込みながら行先を決めて歩いた。
セントジョセフ大聖堂。ここは人がかなり多かった。
最終日の夜はご一緒できそうですと中村さんに伝えていたこともあり、このあとフライトの時間までは中村さんと飲む予定になっていた。中村さんのご自宅で軽く飲んでから外のお店に飲みましょうという話になっており、宿で一緒の友達もつれてきてもいいよと言われていたので、2人からはやんわり断られる可能性もあるなと思いつつもJasperとVeeを誘ってみることにした。答えはYes、2人とも一緒に来るとのことだった。とはいえイマイチ顔が乗り気ではなく「まぁ、別にいいけど」というように見える(後で聞いたところによると、この私の勘は完全に当たっていたw)。まぁでも断ってきている訳でもないからとりあえず2人とも連れて行くことにした。

2人はまだハノイに残る予定だったため、私だけが帰りの荷物一式をピックアップしてから中村さんとの待ち合わせ場所へ向かう。怪しい路地を抜けて、怪しい巨大なシャッターを開けるとそこが中村さんのご自宅だという。2人はめちゃくちゃ怪しんで、お前が先に家に上がれと言って私を先に行かせた。上の階にあがると中村さんの借りている部屋のバルコニーへ通された。なんだこのピースフルな空間は・・・
ビールにおつまみ、中村さんがせっせとキッチンから運んでくる。この後、近所のおばちゃんが漬けたという漬物や、中村さんが作ったトマトのマリネやらなにやら出てきた。Jasperの「まじかよこの日本人、いい人じゃんかよ・・・」っぽい顔w
そろそろ行きつけの店に移動しましょう!てことで
矢張り地元民が案内してくれる店の料理はディープで美味い!中村さんが勝手に頼んでくれて、おすすめの料理がいくつか出てくる。ビール大好き、痛風持ちの中村さんは今日のために暫く継続的に薬をきちんと飲んで、暫く禁酒して体調を整えていたのだそうw
最初乗り気じゃなかった2人もすっかり打ち解けて盛り上がり始めてますね?
ネギダクの厚揚げ。アサツキみたいな葉物がこれでもかとかかっていて、軽く炒めたのか油を回しかけたような感じで少ししんなりしている。味はそれほど濃くはなく、ナンプラー感のある味付けで美味しい。
たまに骨のついたままのウナギを炒めた、野菜とウナギの炒め物。後で調べたところによると、ベトナム北部ではよくウナギ炒めを食べるらしい。なんか硬い草が入ってるなー?これなんだろうね?と言ったらVeeが「レモングラスじゃない?」と。確かに!どうやらVeeは結構料理をやるらしくて、味の解像度が高くて会話が弾んだ。
中村さんはほんの少しのベトナム語と、上手というわけではないけれど意思疎通が可能な英語を話す。お店の主人や常連さんも英語が得意ということはなく、中村さんと彼らの会話はいつも一言二言で終わってしまうとのことだった。しかし中村さんはずっとこの地に住んでいて、お互い悪い奴じゃないと分かっていて、長い年月を経て気持ちは通じ合っているようだった。この日はめちゃくちゃ飲んで喋って、いまだかつてこんなに喋ったことはなかったのだそう。嬉しいことだね。中村さんのご自宅で飲んでいた時から少しずつ本音を言い始めていたJasperとVeeも、「はじめにヤスヨに誘われた時は、全然知らない日本人の家に行って楽しいのかな?まぁ微妙だったら早めに撤収すればいいか、くらいに思っていたけど、本当に来てよかった!」とか言うので、最初誘った時は気乗りしなさそうな顔してるなとは思ってたよって返しておいた。一晩中滅茶苦茶笑って顔が疲れた。

料理はもう1品来て、筍と牛肉の炒め物みたいなものだったけれどこれも美味しかった。皆お腹いっぱいだったしJasperは牛と豚がNGとのことだったので全然食べ切れなかった。
店長乱入、1人1杯ずつビールを奢るという。そして何故かテーブルの茹で落花生を剥いては私の手の平に乗せてくれるw(もういらないんですがw)
常連さん乱入w 今度は謎の透明の液体を振舞われる(常連さんが片手に持っているペットボトルの中身が50度ほどある謎の蒸留酒・・・)。Veeが一気飲みして参っていたw
危ない酒w
JasperとVee曰く、昨晩私が謎の透明のショットで完全に仕上がったとのことだったので、我々の共通認識として「ベトナムの透明の謎の酒はヤバい」と思っていた。常連さんがショットになみなみと透明の液体を注ぎだしたので必死に「ヤスヨは今夜飛行機に乗らないといけないからこれ飲んだらヤバイんです」と伝えようとしたが常連さんは英語がわからないらしく、最終的にはスマホでベトナム語に翻訳して読ませたらようやく納得してくれた。飛行機乗り遅れたら洒落にならないし、そもそもこの後車に乗って移動もあるし、気持ち悪くなっても困るので、飲まずに済んで助かった。ほんの少し舐める程度に味見はしたが、案の定滅茶苦茶強かった。

酔っぱらっているのに皆がフライトの時間を気にしてくれて、21時過ぎくらいにタクシーを呼んで私だけ撤収。中村さんが会計を聞きに行くのを見て、JasperとVeeが「戻ってきたら、お会計幾らだったか聞いて教えてね!」と私に英語でコソコソ言ってきたが、中村さんは今日は全部自分が出すというので2人にもそう伝えた。地域密着系の店だしきっと安くて美味しいんだろうな~と思っていたからお会計は別の意味で全然気にしていなかったが、まさか私が連れてきた2人も含めて全部出してくれるなんて思ってもいなかった。2人もめちゃくちゃびっくりして目が点になっていた。元はといえばフリービヤタイムに1人でいた自分にヤスヨが声を掛けてくれなかったらすべては始まらなかったことだから、ヤスヨが僕に声を掛けてくれたことに感謝だよ!みたいなことをVeeが言っていた。こういうのを多分Serendipityって言うんだよね?と言ったら共感してくれた。実際合っているのかはわからないけど、座学でしか学ばなかった単語が意味を持って今この歳になって腑に落ちてきた感じがした。

タイで初めて会った中村さんと、昨日初めて会ったJasperとVeeに、タクシーから手を振る。いつか日本に来る時は連絡してね。
全員酔っぱらいなのに、運転手さんも優しいw
車がもう来ているのに集合写真を撮る私達と、それを受け入れてくれる優しい運転手さん
またね!
帰りは韓国の仁川経由で成田戻り。初の韓国トランジットだったがご飯が美味しかった。
 
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Season 10のファイナルがムーカンチャイで開催されるはずだったので、貰ったメダルには2025年、Season 10と書かれていて2026 Editionになっていなかった。まぁ昨年作ったものが無駄にならなくて良かったのかもしれない。そしてとりあえず駒井さんからのアプローチにしっかり答えて一緒にファイナルに行くという目標が達成できたのは良かった。私や駒井さんがUTCMに行くことになったのは昨年のDeep Japanの80kを上位で完走したからで、しかも上位で完走していてもUTCMに行ったのは我々2人だけだった。どちらかがUTCMに行かなかったとすれば、歯車が噛み合うことはなかっただろうし駒井さんが今回のATMに参加することはなかったかも知れないから、これだってSerendipityなのだろうと思う。でもなんか個人的な感覚としては、JasperやVeeとの方がこの単語がしっくりきていて、駒井さんとの感じはまた何か別の単語があるんじゃないかという気がするw 何かぴったりくるような表現をまだ私が知らないだけなのかも知れない。生きている限り「あの時の分岐点で逆の方を辿っていたら出会わなかっただろうな」みたいなことが無限に続いていくし、たとえその分岐点で間違えたなと思ったとしたって修正することはできない。そうと分かっているからこそ選択は楽しくも残酷だったりする。まぁ楽しんでいくしかない。選べるということは自由だ、自由のない環境にいる人は世界にいくらでもいるのに、私達には自由がある。選ぶ自由があって、私はベトナムへ走りに来た訳だ。本当に素晴らしくて幸せなことだと思う。とはいえ、皆が手にしている幸せを全て手にした上で更に走れているという訳でもないし、皆が普通に手に入れている幸せは自分の手の内には無かったりもするので、私が特に恵まれている訳でもないし、逆に他を羨ましく思うということも無い。その辺は本当に人それぞれ。

因みに、思ったようなタイムで走れなかったのは悔しかったけれど、ここ3ヶ月の累積標高が10000m未満だったし重い荷物を担いでの縦走なんかもしていなかったからなんだかんだトレーニングが足りていなかったのだろうなと思うし自業自得だ。レース後の打ち上げで喜多村キャプテンから「そんな速く走ることが目的って感じではないでしょ?」と言われて、まぁ彼等みたいな滅茶苦茶速い人達からしてみたらそりゃそうだし言っていることは正しいんだけれども、私は速く走りたくない訳でもないし、速くなれたらそりゃ嬉しいんだよなとも思ってしまった。諦めが悪いししぶといから自分からDNFすることは絶対にないし、そういった意味では強い方だとは思うけれど、速くはないんだよなぁ。でも去年のファイナルは一応14位だったから上から数えた方が早い位置にはいたんだよねぇ。速く走るのは目的ではないけれど、強くなるための山行をした結果として速くなった、みたいなのが理想かなとは思っている。スピード練とかは苦手だけど、速く走るのが目的ではない、ってはっきり言われるとなんかそれもちょっと違う気がするんだぜ・・・・・・・

最後になりますが、色々買ってきたお土産のひとつであるバッチャン焼きとゼッケン、メダルなどを併せてご覧ください。器は全て預け入れ荷物の中に入れてきたけれど、割れずに持ち帰れて良かった!
左側が割と伝統的なバッチャン焼きの柄と質感。少しマットでざらついたような質感と素朴な柄が昔から大好き。右の緑っぽいシリーズは少しパール感のある仕上がりの、最近のバッチャン焼きっぽい。こういう色味が好きで、2つは別の店で買ったのに結局同じような色だった。しかも自宅に帰ったら似たような色の器がまだあった。。。好きなものってそうそう変わらないんだよなぁ。

↓↓↓楽しんで貰えたら嬉しいです!応援どうぞ宜しくお願いします!