2026/08/03

20260801-02_AKHA Trail 80k(本編)

レース前日編+装備はこちら

2026/08/01 (Sat)
朝4時にホテル出発で4:40頃会場入り。少しだけ車で仮眠をとりスタート地点に向かう。駐車場からスタート地点までは急坂を10分くらい下っていくが、昨日みたいに大雨でなくて良かった。まぁ、この後大雨になるんですけど・・・

海外のレースは結構スタート前もご飯が充実しておりアレコレ食べられる。
ホテルでレーズンパンを食べてきたけれど、ここでも軽くお粥をいただくことにした。
このゆで卵はしょっぱすぎて食べられなかったが、少し甘いサラミみたいなものは美味しかった。よく中華の前菜で食べたりする香辛料強めのサラミ(伝われ。。。)
MCのSophieとまたまた再会。
去年10月のチェンマイ、今年4月のカトマンズに続き3度目。売れっ子!
そうこうしている内にボツボツボツと大粒の雨が落ち始める。スタートまでに止むといいなぁという願いも虚しく、激しさを増していく雨。でもほとんどの人が雨具を着ない。まぁそもそも必携装備にレインウェアが入っていないので、持っていない人も多いのかも知れない。気温も高いし、汗だくになれば雨具を着ても着なくても全身びちゃびちゃになるのは目に見えている。このまま行くかぁ・・・雨に打たれながら嫌々スタートゲートに向かうと、ほんの10mくらいでずぶ濡れになりかけた。いやー気分的にこれは雨具着たいわ。他人がどうであれ私はレインウェア着るわ。
ゲート直前のテントの下に避難して雨具を着るw
朝6時の予定が5分ほど押して6:05頃ようやくスタート。
CP (Check Point)ではなくこのレースはSPと呼んでいた。Supply Pointかな?
タイム予測はこんな感じで作っていった。

トラッキングが雑で結局何だかよくわからないけど一応載せておくw
ログが飛びまくっているし、2回通るところに関しては何度目が記録されているのかもよくわからないw(A3だけはReturnと書いてあるけど・・・)
兎に角コースが複雑、そして私もドタバタでエントリーしたので正直コースをきちんと理解できておらず苦戦した。いろんな人と後で話したけれど皆ロストしていたみたいだったので、ロストの回数が少なかったり、盛大なロストだったか否かがかなりタイムに影響していたのかも知れない。
コース全体に対するトレイル率はかなり高く、平らなところはほぼ無し。公式でも「0% Flat」と書かれていたが実際その通りだった。ロードに出てもひたすら峠走で、私くらいの走力だと登りはほぼ全歩き。

Start-A1(6.1km)-A2(14.7km)-A1(22.2km)
Hardcore Bamboo Jungle
(※私が勝手に付けた名前です)
スタートからA1までは300m弱登って標高1500m弱のところまでいって少し降りるくらいのたかだか6kmであまり記憶はないが、僅かな登りがいきなりズルズルどろぐちゃで渋滞したのだけは覚えている。今回私が選んだMerrellのAgility Peak5はソールはメガグリップ、どろんこサーフェスに強いのが売り。まさにこれがうまくハマったのか、他の人がズルズルと落ちて登れないところを私だけはいとも簡単にするすると登れてしまった。靴のお陰のような気もしたが、ここ最近ずっとどろぐちゃレースばかりこなしていたから経験値が上がっていたのかもしれない。
A1到着で海外レース恒例のお待ちかねエイド食!わくわく。なにやら三角ちまき型の小さな包みがわんさか積まれている。中を開くと薄甘くて半透明なモチモチの生地(タピオカ粉で作ったお餅とかかな??)に具材が入ったものだった。味は2種類で中の具材が異なるようだ。ひとつは挽肉みたいな感じのものが入っていて、もう1つはシャキシャキしていたのでココナッツファインと何かの合わさったもの。外側からだとどちらの具材が入っているのか判別はできない。エイド1ヶ所目からいきなり美味しいものが登場して持ち運びもしやすい上、包みが葉っぱなのでゴミをその辺のトレイルに捨てられるのもいい。ポケットにいくつか放り込んで出発。
全部のエイドにこれがあったらいいなー!と思ったけれど、実際はA1にしかなかった。
2度通過するA1、1回目も2回目もこれをたくさん食べた。
1度目に通った時はまだちょっと準備が整っていなかったようで、2度目に来た時はエイド食のバリエーションが増えていたw
A1からA2の区間は竹の生い茂る山の中を降ってからロードを数キロさらに降る。標高差にして1000mほど。A2から再びA1に戻るので、その1000mを登り返さなければならない。いやーこれ降りまくってるけど登り返すのか、と思うと気が滅入る。
ロードはさておき、問題はこの区間のバンブージャングル。背の高い竹が倒れて頭上にあるのは別に構わないが、身長より低い位置でこれが始まるのでたまったものではない。トレイル区間の半分くらいは中腰で体をふたつに折り曲げたまま走るみたいな前代未聞の苦行である。この体勢で走る練習なんてしてきていない。一番酷いところなんてしゃがんでも竹の下を潜れず、跨げるような高さでもなく、結局寝そべって通ったりしていた。多分地面から竹までの高さが40cmとかそれくらいしかなかったと思う。レース序盤にしてもうザックを地面の泥に擦りつけるような状況である。どういうことなんだよw

トレイル区間を終えてロードに出て少しするとDanonとすれ違った。あちこち往復するコース取りだと、トップ選手にこうやって時々会えたりするのが嬉しい。(この後Danonとは一度も会えなかったけれどもw)
一番酷いところでは写真は撮れていない・・・
降り切ってA2、登り返してA1の単純ピストンなので、A2でビブナンバーのチェックくらいあるんだろうと思ったが特にチェックされない。どうやって管理しているのだろう(管理されてない可能性も大いにあり・・・)。降り切ったA2は寺院の近くだった。
手前がサテ(ちょっと甘い焼鳥みたいな)、奥はビニールに入ったご飯。
ご飯には味がついておらず、サテと一緒に食べてねという感じ。
スイカにサンドイッチ(ハンバーグのようなものとレタスが挟まっている)
Sticky Riceと言っていたので袋に入ったご飯は餅米のよう。割と固めに炊いてありパクパク食べられる感じでもなかったので、ご飯は少しだけ齧ってあとは持って行って途中で食べることにした。スイカとサテ、サンドイッチは半分にカットしてもらったものを食べて登り返し。またあの竹の下を潜るのかと思うと気が重い、そしてずーっと降ってきたロードの登り返しもまた気が重い。
A2近くの寺院
登り返している途中だったかようやく雨が上がり、少し景色が見えたので写真。
超ジャングルw
登り返してきたA1にはお菓子が増えていた。チョコレートコーティングのウェハースのようなお菓子。塩分とかビタミンとかそういうのは一切なさそうな普通のお菓子だったが結構美味しくてバクバク食べた。青はホワイトチョコ、赤はミルクチョコ。赤はこころなしか少しヘーゼルナッツのような風味がしたような気がするけれど、ヌテラ味とかだったんだろうか?
一旦止んだ雨ではあったが、私がゴールするまでの間に豪雨が3回ほどあったのでこれはただ1回目が終わったに過ぎなかった。しかもこの最初の雨は他の2回の豪雨と比べたら大したことはなく、序章に過ぎなかった・・・

(A1-)A3(29km)-A4(35.5km)-A4(43.4km)
Landslides and Flood
この先写真も少なく、エピソードの記憶はあるもののどこで起きたことだったかが曖昧である。何故そんなに写真がないかというと、とにかく激しい雨に降られてスマホを出す余裕がなかったからだ。また、47kmくらいからゴールまでは後続の女性ランナーと抜きつ抜かれつだったため、余計なことに時間を割く余力がなかったからである。肝心要のトラッキングの時刻も半端だが、COROSのログに残されたSP到着時刻だけを頼りに綴ることとする。

最初のA3が11:50頃、22時間ゴール想定よりやや早めの到着。まだ30km程度だというのに結構疲れていた。心拍を見ながら進んだけれどもそれでも飛ばし過ぎたのだと思う。バンブージャングル以外のトレイルは結構気持ちよく走れたのでついつい走ってしまい、しかも心拍も気付けば160を超えていたりしたのであっという間に疲労がたまったのだろう。中々学習しない。
ロードから見える木々の背が物凄く高い
ついつい飛ばしそうになるロードの降り。慎重に。
ニワトリがめちゃくちゃ居たエリアw 右下に写っている鶏の色がすごく綺麗。
雨が止んだだけでなく、少し青空も見えてきた。AKHA TrailのAKHAというのはアカ族という山岳民族の名前だ。彼等が住むエリアを走るレースゆえに付けられた名前で、そこかしこでその生活を垣間見ることができる。海外旅行をしても、たとえ海外に登山に行っても、絶対に歩くことはないだろうなというような他人様の家の脇がトレランのコースになっているというのは本当に興味深いことだ。欧米のレースにはまだ出たことがないのでわからないけれど、アジアのレースはこういうルートどりが多くて面白いなぁと感じる。ただ、これを楽しめるかどうかというのは正直人によるのかもしれない。エイドの食べ物も然り、不慣れなものに手を出せず何も食べられない人も一定数居るだろう。そう考えると自分は本当にこういうアクティビティに向いているなぁとつくづく思う。って前にも書いたような気がしてきたけれど、今回もそう思ったのでとりあえずそのまま書いておくことにする。
11:30頃。向こうの山肌に民家が見える
ところでこの辺りはコーヒーが有名らしい。出走を決めたのがギリギリなこともあり、走るエリアに関して事前に知識を入れておく余裕が全くなかった。走っていると左右に規則正しく植えられた、そう背丈の高くない木々があり、葉っぱをよく見たらコーヒーの木だった。私の母は植物の栽培に非常に長けていて、野菜から観葉植物、フルーツ、花、サボテンなど多種多様な植物をうまく育てるのだが、コーヒーの木も実家で育てているのを見ていたのですぐにピンときた。母とは逆で私は植物に疎く、そこらの葉を見たって何が何だかさっぱり分からないし覚えられもしないのだが、なんというか幼少期の記憶というのはあまり消えないものである。
コーヒーの実がたわわ。
序盤穏やかで走りやすかったはずのコースは徐々に様相が変わってきた。ひとたび急斜面にさしかかるとそれはもう一筋縄ではいかない程の斜度を示して立ちはだかってくる。手摘みのコーヒー畑の隙間をこんなにぐちゃぐちゃ踏み荒らしていて良いものなのだろうか。たまに出くわす畑のおじいちゃんおばあちゃんはニコニコしているが、本当に大丈夫なのか。それにしてもこんな斜面でコーヒー育てているだなんてとんでもない労力である。歩くだけでも大変だろうに、ここで作業して、実を背負ってまた歩くのだから、絶対にアカ族は足腰が強いと思う。

雨が上がって丁度日中帯、一番気温が上がる時刻に晴れ間である。1回目のA3到着、わーっとあれこれ食べてから出発間際にいそいそと数枚写真を撮る。もう結構暑いのにカップ麺を食べたような気もする。うろ覚え。
前回のチェンマイのレースでも出た、ピリ辛のホーモックプラー登場。
この時まだ私は女子1位をぶっちぎって走っていた模様。
写っている女子選手は多分80kではない人達。
暑くなり始めていたので、ここへきて初めて導入した洗濯ネットの出番だ。ブラジャーを洗濯するための小ぶりなネットに氷を入れていくのである。かの有名な坪井光穂さんが先日SNSかなにかでオススメしていたので私も真似してみることにした。ミホさんとは昨シーズンのATMファイナルでもご一緒させて頂いたご縁もあり、私はすっかりただのファンのうちの1人でして・・・
どうやって装着するか事前に検証していかなかったけれど、とりあえず手拭いに包んで首元へインストール。氷の重さで少し下に落ちてくるけれど、手拭いが雨や汗で濡れていて摩擦抵抗が強いためか、軽く結んだだけでも手拭いがほどけることはなかった。冷たすぎることもなく、ネットからじんわり水が出てくるのも良い。
ブラジャーの洗濯ネットといえば通常は樹脂でできたワイヤーのようなものが入っているのだが、それだと嵩張るし、実際ミホさんが使っていたものにはワイヤーが入っていないようだった。普段あまり行かない大規模な100均へ出向くと丁度いいサイズの、ワイヤーのないネットが見つかったのでこれを採用することにした。
オーバーヒートですぐに鼻血を出す私にとって、首元を冷やす効果は絶大だった。灼熱地獄を鼻血無しのまま切り抜けることができたのは洗濯ネットのお陰だろう。すべてのエイドでペットボトル飲料を氷で冷やしているので、そこから氷をいただいていくのだ。このA3-A4区間以外は雨だったり夜だったりで氷の出番はなかったが、洗濯ネットは軽いし、この区間のためだけであったとしても、持って行った価値はあったなと思う。暑いレースで氷が貰えそうな時は、洗濯ネットは今後個人的必携装備になるだろう。

この区間は少し降りていくと超ジャングルなエリアで、日本人である私がジャングルと聞いて幼心に想像していた「ザ・ジャングル!」みたいな光景が広がっていた。ポポポポポみたいないかにもジャングルに居そうな鳥の鳴き声がして、バナナみたいな木が生い茂り、藪を踏み越え沢に足を突っ込みながら進むと、バカみたいに「うわージャングルだわ」とか思わずには居られないのであった。それ以上でも以下でもない、ただひたすらジャングルだった。
大雨からのこの日差し、そして登り!!氷パワーでどうにか進む。
雲が重たく空が灰色に覆われた13:50頃に一度目のA4に到着、テント下に入った途端にバケツをひっくり返したような雨になった。ギリギリでエイドに滑り込んだな~などと思ってはみたものの、この辺りの雨はスコールと呼ぶには時間が長く、一度降り出すと一向に止まないのはここ2日ほどの滞在で理解していた。結構お腹がすいてきていたし、雨が酷いので、時間稼ぎがてらヌードルを食べることとする。

案の定、雨宿りしながらあれこれ食べて時間をつぶしていても雨足は強まるばかり。エイドの度に追い着き、エイドを出るとすぐ引き離されるというのを何度も繰り返していたフランス語の欧米男性2人組や、タイ人らしきおじさん1人とここでも一緒になったが、皆諦めて大雨の中を出発していった。僅かに間隔をあけて私もそれを追いかける。序盤で着ていたレインウェアは既にぐしゃぐしゃに濡れていたが再びそれを被って進む。
土砂降りである
一番左に写っているのが、道中に何度も出くわしたタイ人らしきおじさん。
雷鳴が空と森に響き渡る。雷が光ってから音が到達するまでの秒数をカウントしようとするのだが、自分の規則正しい足音や喧しい雨音がカウントの邪魔をする。ロードのど真ん中に居る時、近くでバシンと破裂音がした。こんな平らなところだったらひょっとしたら自分に落ちるかもしれない。危なすぎる時は濡れた道路に伏せたりしながら先を急ぐ。ストックだって危なくて使っていられない。トレイルの脇を固める背の高い木々を見上げては、どの木に落ちるだろう、などと想像しながら蛇行した。気が気ではない。光ってから音が到達するまで結構間が開いていたのでまだ雷雲は遠いのかなと思ったりもしたが、案外急に近付いたりするというのは経験上分かっていたので最大限に警戒しながら進む。とはいえ本当に近くに落ちたらもうどうにもならない。とりあえず稜線に居るとかではなかったのは良かったけれども。

一番南のループを終えると再びA4に向かって北上。この区間はちょっとした林道のような幅の広いトレイルで、さっき通った道をそのまま逆走して戻っていく。しかしその道すがら、メキメキと静かな音がすぐ上から聞こえてくるのが聞こえた。落雷した時に木が裂けるような激しさや速度を感じさせる音ではなく、静かに、しかし力強い音だ。違和感を感じた次の瞬間足元には土の山がじわぁと積み上がり、木が大きく倒れ込んで視界に入ってきた。地滑りと呼ぶべきか土砂崩れと呼ぶべきか、目の前の現象は明らかにその類のものだった。私は咄嗟に規模を見ながら足早に後ずさりした。どのくらいの幅で地滑りを起こすか想像がつかなかったが、万が一にも数10mの幅で滑り出したら私は巻き込まれて死ぬかもしれない。数本の木がなぎ倒されて道幅の半分ほどを埋めたところで動きは止まった。大した規模の地滑りではなかったようだ。流れ落ちて積みあがった泥土を避け、先へ進むことにした。

地滑りを起こしているのはトラバースというほどの道ではなかったが、ちょっとした斜面を切って作ったような道だった。脇の斜面はどのくらいの重さを耐えているのかと上を観察しながら走る。そんなに重い土を支えている訳ではないなとわかったので、仮にまた地滑りがあったとしてもそこまで大規模にはならず、酷い被害にはならないなと思った。とはいえその後もう一度、目の前で地滑りは起きた。雪崩も落石も同じ、危険個所は休まずさっさと通過するに限る。急ぎ足で危険個所を突破すると、これからループに入ろうとする人達数名とすれ違ったので、地滑りしてるから気をつけてねと声をかけた。地滑りって英語で何て言うんだっけ?あっそうだlandslideだったっけな。この時ちゃんと英単語を思い出せて良かった・・・

地滑りを撮影している余裕はなかった。ようやくA4が見えてきたが、その手前にはザブンザブンと勢い良く流れてゆく幅広の濁流があった。さっきこんなものはなかったような・・・
向こう岸から手前側へ渡ってきた後で撮影。ロープを掴んでいる青年2人(写真左側)が選手と一緒に渡ってくれる。
流れが激しい。私が到着すると、これからロープを張るから暫く待ってろとのことだった。片側を木に巻いてA4側へロープをかけようとすると、ロープが短くて1本では足りなかったので2本連結した。A4側のロープは人が2人で手で持って確保している。
私はロープを掴んだ青年の肩に掴まり、私のことをもう1人の青年が後ろで支え、3人がかりで渡渉した。水深は膝ぐらいまでだったが水流は結構なもので、うっかり転べば簡単に流されてしまいそうではあった。実際、以前ベトナムで開催されたレースでは濁流に飲まれて人が亡くなったこともあるのだそうで、東南アジアでのレースではそういう事故も警戒しているのかも知れない。(そりゃ当然警戒するか。)

渡り切ってやれやれと写真を撮ったりしていると、渡渉の手伝いをしてくれた青年らはおもむろにヘルメットまで被り始めて戦々恐々である。丁度その時、これからループに入ろうとしているM上さんと出くわしたので暫し情報交換。M上さんはスタート前に偶然お会いしたベトナム在住の日本人の方だが、不安極まりないレースの最中に日本人と会えて少しだけ心が穏やかになった。

A4での小休止を終えて再び走り出し、ほんの20分もすると晴れ間が出てきた。さっきまでの豪雨と洪水はなんだったのか。
渡渉ポイントが16時過ぎ、そしてこれが16時半。天気の展開が早すぎる。
斜面で作業する人達が休憩をとるための手作りの東屋が其処彼処に建てられている
一旦ロードへ。
たまに向かい側からトラックがやってきては、雨も降っていないのにワイパーを1回動かしていった。どうやら手を振る代わりにワイパーを動かすみたいだ。ワイパーを動かして近付き、私の脇を通る時には窓越しにニコニコしながら何か応援してくれている声が聞こえたりする。みんな優しい。私頑張るよ!

次のエイドは再びA3、50km地点となる。46-47km地点くらいだっただろうか、ずっとつかず離れずで進んでいたフランス語の二人組と一緒に走っていると、後ろからすぅっと女性の選手が現れてHiとかなんとか言いながら追い抜いていった。途中のエイドでこれまで多分一度も見かけていなかった気がする。誰だろう?どのカテゴリーの人だろう。彼女は良いペースで登りを走っていくので、自分もそれについていくことにした。逞しい脚をしているしそれなりの速さで進んでいるから下位の選手でないことは明らかだった。もしかしたら58kのトップ選手とかかな?でもそもそも58kのコースを私が理解していないので、ここで出くわす可能性があるのかないのかはよくわかっていなかった。

仮に58kの選手だったとして、彼女のスピードに合わせることで私の脚が終盤売り切れてしまっては元も子もない。おそるおそるどのカテゴリーの選手なのか尋ねてみると、彼女も80kの選手だとのことだった。私、ここまでぶっちぎりみたいな扱いを受けてここまで来たのに、追い付かれてしまったということなのか・・・・・!?

(A4-)A3(50km)-A5(60.6km)-A6(65.8km)
Battlefield
80kのエントリーリストを事前にあれこれ調べていて、昨年優勝した欧米選手と自分との一騎打ちになるだろうなと思っていた。しかしどうやらその選手は今回DNSだったようで、欧米女性が80kを走っていないなと分かってからは正直私が最後まで独走できるような気がしていた。ちょっと油断していたのだと思う。
去年の優勝者以外は完全にノーマークだった。追い着いてきたVivianの筋肉質かつ体脂肪の低そうな脹脛を見せつけられて心は挫けそうになったが、残り30kmで追いつかれて追い抜かれて2位とか格好悪くて嫌すぎるし頑張らねばと思い直す。ここまできたら1位を死守したい。

再びA3に戻ると、1回目の時には用意されていなかったガパオがあった。Vivianを少し引き離せたかもしれないから食べていても平気かな・・・?とか思いながら、でもできる限り時間を稼いでおかないとだし、、、いやしかし腹が食っては戦はできぬ!ということで貪り食う。美味しい。嗚呼美味しい。やっぱり食べて良かった。
指先が雨と汗でふやけて皮があちこち剥け始めていた。痛くてたまらないので、カットしてあったキネシオテープを更に細く短くカットして指先に巻き付けた。後続のVivianは私が丁度A3を出発する頃に到着し、お手洗いへ行ったようだった。時刻は17:50頃。
18時半頃。まだ明るい。
A3からA5はエイド間隔としては最も長い10kmほど。Vivianがいつ迫ってくるか分からないのでこの辺りから写真はほとんど無い。そして休憩もあまり呑気に取っていられなくなってきた。A3ではまだ明るかったが次第に暗くなってきたので途中でヘッドライトを装着。夜間はちょこちょこガスも出てきたのでフォグフィルターも活用した。
また、この区間だったかどうかは記憶が怪しいが、多分この辺りの途中で用を足したのだった気がする。追われる身でありきちんとトイレに行っている暇もなかったので、濁りのない沢(というか雨上がりなのでただ雨水が流れているだけみたいなところ)を見つけてその近くで用を足し、水ですすいだ。ティッシュペーパーを取り出したところで全身びしゃびしゃなので股だけ綺麗に拭いたところであまり意味がないなと思ったからだ。トレラン界隈の女子に話を聞くと結構用を足した後拭かない人が多いみたいなのだが、自分は絶対にそれが無理だったので、拭かずに水で洗って済ませたのさえも今回が初めてだった(因みに大の方ではないです)。

あともうひとつ、この辺りで生理が始まった(死)。全身ずぶ濡れなばかりか、もうパンツの中まで泥まみれなので、ここで股を拭かずに手段を講じるとなると感染症とかそういう危険も出てくる。かと言って手も股も綺麗に出来るような環境を整えて云々していると時間もかかるしVivianに追い付かれてしまう。生理というものは通常初日は軽めなものだが、運動して血流が良くなっていると一気に激しく始まりやがったりもするもので、その加速具合は本人にも予測しきれないのが困りどころである。ええい、もうこうなったらこのまま最後まで走ってやれ。急に出血の気配が来たら、もうその時は手で受け止めて外に捨てたらいい。多少ズボンに染みたとしても、既にこんなに土でドロドロでは他人にはどれが何のシミだかなんてわかりゃしないだろう。
20:15 切羽詰まり過ぎてもう夜w
20時半頃、A5着。スタッフがあまり構ってくれないエイドだったような気がする。到着して勝手にあれこれ食べてすぐ出発。この辺り、あまり記憶がない。
赤いトレーの上には卵焼きのようなもの(ここまでにも何度か食べた)と何故かマカロニが添えられていた。その隣のビニール袋にはガパオ、発泡スチロールの中にライス。必携装備の器に自分で適当に盛り付けて勝手に食べる。
A5からA6は5kmほど。A6には英語を話せるスタッフが居なかったが、一生懸命翻訳サイトを使って何かを伝えようとしてくれるのが有難かった。スマホの画面には「ここを出たら、またここに戻ってこなくてはなりません」との表示がある。ここを一旦出るとループに入って、再びこのエイドに戻ってくるルートなのだ。
ループは8kmほど。ここでスイカやらなにやら食べている間に雨が降り出したのだったような気がする。出発時には激しい雷を伴う雨が再び始まり、暗闇を切り裂くような閃光が空を白く照らした。それでもループに入らねばならない。ヒャ!とかウワワワ!とか口走りながら雷に怯えてしゃがみ込みながら進んでいく私を、A6のスタッフの人達が笑いながら送り出した。笑いごとではない・・・
セミも雨宿り・・・

2026/08/02 (Sun)
(A6-)A6(74km)-A7(79.2km)-Goal(84km)
Dinamic Mud Slider & LOST
ここまでにもたくさん泥んこ滑り台みたいなセクションは登場していたのだが、具体的にどのあたりにあったのか忘れてしまったので書かなかった。ただひとつ言えることは、A6からA6のループ中にあった泥斜面が一番酷かったということである。
ループは、GPXだと時計回りになっていたのだが反時計回りが正解だったようだ。はじめGPXに従って時計回りに進んでいたが、進み始めて割とすぐに欧米の男性が登ってきて「こっちじゃない、逆回りだ」と言ってきたので従うことにした。GPXは時計回りになってるけど本当に反時計回りなのか?と尋ねたが、反時計回りで合っているという。急な降りがあるから気をつけろと言い残して彼と別れ、ループに入った。

追い着かれてもいなければ追い抜かれてもいない筈のVivianが目の前に突如現れた。え!?A6寄った??うん寄ったよ。なんで前に居るの??どういうこと?(もしかしたら私が時計回りだの何だのとやっていた間に追い着かれたのかもしれないが・・・。)狐につままれたような気分で彼女に追い着き追い抜かせてもらうと、彼女は降りが苦手なようですぐに大きく引き離すことができた。すこしホッとしたけれど、いつの間にかこうして追い付かれているので油断している暇はない。いつ殺られるか分からない。
そうこうしている内に、立った状態でとても降りていけないような急斜面が始まった。どろぐちゃスライダー。ところどころ腰を落とし切ったテレマークスキースタイルで片足の踵の上にお尻を乗せて進んだが、それでも立ち行かなくなって結局シリセードスタイルに変更。とはいえ滑りすぎてどこまでいくかわからず危なっかしいので、あの木までで一旦速度を止めて、次はあの木まで、というように距離を決めながら滑っていった。あまり速度が出すぎてしまうと脚で止めるのも危ない。この作戦はそこそこ上手くいったとは思うが、短パンの裾がめくれて砂利がパンツの方まで入ってくるととんでもなく痛かった。こういう滑り台セクションが想定されるレースでは、もしかしたらスパッツが最適解なのかもしれない・・・(こんなセクションはそもそも想定したくないのだけれども・・・)。

8kmちょっとに2時間以上かかってようやくA6に生還。空腹はあまり感じず、Vivianの位置も気になるので、二度目のA6はすぐに出発してA7へ急いだ。ここからは5km-5kmとエイドを刻み、合計10kmでゴールだ。このまま逃げ切りたい一心だった。しかしこの先も確か1回か2回くらいVivianと思いがけない場所で出くわしたりして、なんかVivianどこかでショートカットしてるんじゃないの?とか疑い始めていた。疑ったところでどうしようもないのだけれど。

A7までは1時間半ほどで到着、A7では7分くらい滞在していたようなので何かしら食べたと思うのだが全然記憶もないし写真もないのでよくわからない。A7到着手前でヘッドライトの電池が切れかけて点滅し始めたがどうにかA7までもたせてから電池交換をし、ガスもおさまっていたのでフォグフィルターも外した。多分ここではVivianには会わなかったと思うので、このまま一気にゴールまで逃げ切りたいと思っていたような気がする。A7を出発してゴールを目指す。あとひと頑張り。

しかしここへきて最大の失敗をやらかしてしまった。ロストである。それは突然訪れた。GPXのログは右手の山肌を登っていけと言っているが、その方向には何のマーキングも踏み跡もなかった。一方で、マーキングはまっすぐ前方に向かってついている。マーキングに従って踏み跡を進んでいくと正面には大きな沢があり、川幅は広く、川に降りる道は崩れていた。元々あった道がここ数日で崩れたのだろうか。
GPXのログが示す方角的には沢を登るのが正しそうで、少し沢を登りながら、手頃なところで左岸に取り付いてログのルートに乗るのがいいのかも。そう考えて少し沢を詰めていったが、沢には土砂が大量に堆積しており、酷いところでは膝くらいまで土砂に埋もれてしまった。かと言って流心を進もうとすると、場合によっては足を滑らせて転倒して頭を打つかもしれない。夜の沢は危ない。

一旦沢を抜けて元の位置まで戻ることにする。今度はGPXログを忠実に辿ってみることにした。踏み跡は無いが、少し進めば顕著な踏み跡に出るかも知れない。日本の藪漕ぎの感覚でゴリゴリと夜のチェンライ奥地の山の中を進んでみたが、ジャングルの藪漕ぎはそう甘いものではなかった。そもそも暗くて上の方の地形は見えないし、藪が濃くて足元の地形もまるで見えないのでうっかり何か落ち込んでいたりしたら滑落しそうである。しかも藪と虫のせいなのか、脚と腕があっという間に痛痒くなってしまった。少し離れたところで男性の声がしていたが、多分私が藪でガサゴソしていたからそっちじゃないよと誰かが声をかけてくれていたのかも知れない。撤収だ撤収!このまま藪の中で完全に迷ったら危なすぎる。

ちょっと入っただけのつもりだった藪から抜けるのにも暫くかかってしまった。ようやく元の場所に戻ったが、テープ通りに沢に行ってもダメで、GPX通りに標高を上げてもダメとなると、一体どこが正解なのだろうか。必死に考える。とりあえずこの山の中では、踏み跡がないところを進んで正規ルートに復活するのは無謀だということは分かった。ではGPXを無視してテープを信じるしかないのか。となると矢張り正解は沢か。再び沢に戻ってヘッドライトを最大光量にして次のテープがないか探してみることにした。目を凝らすと沢の対岸の下流にテープが見えた。あれか!方角的には沢を上がるはず、しかもこの沢は渡らずに手前側で標高を上げるはずと思っていたので、自分の立っている位置よりも上流ばかり見ており、対岸の下流をよく見ていなかったのだ。

大きな沢の対岸へ渡るとすぐ、沢沿いに標高をあげていくルートに乗った。GPXは沢の手前側で標高を上げていたが、正しくは沢を渡ってから標高を上げるのだ。GPXがずれていたのだろう。ゴールまで残り3kmか3.5kmかそれくらいしかなかったのに、こんな最後の最後で結構長い時間迷ってしまったことが悔やまれる。嗚呼、きっとVivianも先行しただろうな。まさかこんなゴール直前のロストで順位が入れ替わるなんて想定していなかった。くそー!悔しい!でも追い抜かれていたとしても多分もう追い付けないくらい差がついているだろうなとも思ったので戦意は喪失気味だった。実際どれくらいの時間彷徨っていたかは分からないが、体感として15~20分は経っていたと思う。とりあえず、必死で息を切らしながら、先行しているであろうVivianに追いついて追い抜こうとするでもなければ、無駄にのんびりゴールする訳でもなく、淡々とマイペースでゴールを目指した。GPXがどうとか、方角がどうとか考えず、単純にテープだけを360度見渡して探しているだけの方がロストしなかったんだろうなーとか思うと解せぬものがあったが、とやかく言っていてもロストしていた時間は取り返せるものではない。

最後の最後まで登らされ、所要時間21時間半にてようやくゴールした。想定より少しだけ早かったけれどほぼ想定通り。夜中3時半頃、明るくライトアップされた会場はその明るさとは裏腹に静まり返っていた。カメラマンやご飯ブースのスタッフが15-20人くらいいただろうか、80kの女子がゴールしたみたいなことでじわじわと盛り上がってきた感はあったけれど、この大して盛り上がらない感じはやっぱり2位なんだろうな・・・。でもVivianの姿が見えない、かなり前にゴールしたんだろうか。そこまで眠くもなかったが確実に疲労した頭であれこれ考えを巡らせながらフィニッシャーズメダルと順位の書かれたカードを受け取り、おそるおそる順位を見ると1st placeと書かれていた。1位だよと言われて我に返る。最後の最後でめっちゃ迷ったしすぐ後ろに2位の人が居たから絶対抜かれたと思ったのに私1位なの!?と畳みかけるように言ったが本当に1位みたいだった。うわマジか。
30分くらいしてVivianがゴールした。まさか30分も離れているとは思わなかった。彼女がゴールしてすぐに暫く話をしたが、疲れてA7で結構休んでしまったらしい。そしてまた彼女も私がロストしたのと同じところで少し迷ったのだそう。GPX絶対ずれてたよね、という話で意気投合。一旦彼女は近くの宿へ戻ってシャワーを浴びて仮眠するとのことだった。私はレース会場の冷水シャワーで汗を流し髪を洗ったりなどしてそのまま8時の表彰式までうだうだ。6時には17kmと31kmの部のスタートがあったので、それを見届けながら会場のご飯をあれこれ堪能した。
目玉焼きで肉が全部隠れているけれど一応ガパオ。美味しい。
17kmと31kmのスタート見物。我々の時と違って雨は上がっていた。うらやましいw
ふやけて剥がれた指の皮が痛々しい。この後数日間、ペットボトルの蓋も開けられなかった。ひりひりと痛い。
17km&31kmがスタートして暫くすると、ご飯のラインナップが朝食から昼食に切り替わってあれこれ豪勢になってきた。あちこちからいい香りが漂ってくる。私の胃腸は今回もいつも通り元気でレースの最後まで食べ続けられてはいたものの、最後の方は少し気持ち悪くなってしまった(とはいえ、普通の人よりはちゃんと食べていたと思うw)。Vivianに抜かれたくなくてマイペースを崩して追い込んだのが原因と考えて間違いはないだろう、80kmくらいの距離で私が気持ち悪くなるなんて通常では考えられないのでね。
目は全種類の料理を食べまくりたいと欲するのに、胃腸が追い付かないもどかしさ。それでもどうにか食べられるものを少しずつ、時間をあけながら食べていく・・・(食べたいので・・・)。
お椀に盛られた麺の上に、好みの汁物をかけていただく。基本どれもこれも辛いw

パクチーやらなにやら盛り盛りのフォーみたいなやつ。具材で鴨の血の塊みたいなのをガンガン盛られる。気持ち悪い時にこの鴨の血はきつかった・・・(やたらお腹にたまる)。
見た目も鮮やかなソムタム!しかし激辛すぎて全然量食べられない。悔しいw
結構辛いの大丈夫な方だと思うんだけど・・・
フライドチキンみたいなやつ(もうお腹いっぱいで食べられなかった)
アイスは美味しくて2回お代わりした。私の大好きなココナッツミルク味!
8時を回ってしばらくしてから表彰式。この時はまだ女子は3人しかゴールしておらず、この後あと2人ゴールしたようだったが、それより後ろにいた人達はどうやら例の地滑りのせいで道が寸断されてレース続行できなかったらしい・・・
写真向かって左の白TがVivian。彼女との競り合いがなかったらこのタイムでは走り切れていなかったと思う。ありがとう!
その後M上さんも無事ゴール。どこがどうだったああだったと表彰台の女子達とも散々話していたけれど、矢張り英語で頑張って話すのと母国語で話すのとは訳が違う。日本語を紡ぐうちにどんどんコースのディテールが思い出され、M上さんと1時間以上マシンガントークをしながら会場であれこれ食べ続けた。その後M上さんのバイクでメーサイのバスターミナルまで送り届けて頂き、そこから再びバスとバイクタクシーを乗り継いで空港へ。その日のうちにチェンライを発った。弾丸チェンライこれにて完。
トロフィーはコーヒーミルが乗っていてかわいい。実際に使えるのかどうかはまだわからないのだが・・・今度試してみることにする。因みに超でかい。
参加賞T(白)、フィニッシャーT(黒)、80k限定フィニッシャージャケット(右)。
一気に3着も服が増えてしまったw
こんな短期間で日本に戻ってしまうなんて滅茶苦茶勿体無かったしもっと遊んでから帰りたかったけれど、次の有休付与までまだ7ヶ月もあるのに残っている有休日数が僅かなので致し方ない。ここ最近結構な頻度で海外に行っているけれど、大人になってから長いこと旅行ができなかった時期もあったので、その時期行けなかった分を今になってやっと取り返しているんだと都合よく考えている。人間てのは我慢したり抑圧されたりしたらその分反動がくるように出来ているものだし、長い人生で色々と帳尻は合わせていくものなのだろう。多分だけど。

レースなんざキツければキツいほど楽しいな。こんなに命の危険を感じるレースは人生で初めてだったかも知れないけれど、生きてゴールできて良かった。
そして、いつだって優勝は嬉しいものだな!

↓↓↓楽しんで貰えたら嬉しいです!応援どうぞ宜しくお願いします!


2026/08/02

20260801-02_AKHA Trail 80k(レース前日編+装備)

話すと長いのだが、昨シーズンに引き続き今シーズンも是非Asia Trail Master(ATM)のファイナルメンバーに食い込みたかったので急遽タイのレースにエントリーして獲得ポイントを増やすことにした。昨シーズンのATMで日本は優勝、その副賞としてメンバー全員今シーズンのATM全ポイントレースのエントリーフィーが無料になっていたため、今回のAKHA Trailも無料だ。ブログは書いていない7月頭の南阿蘇カルデラトレイルも無料だった。
実は私は全レース無料というのをそれまで理解していなくて、南阿蘇で再会したATMメンバーの友人達から聞いて知ったのだった。勝手に「無料なのは1レースだけ」と勘違いをしており、その1レースを南阿蘇にしていたのだった。全レース無料だったなんて嘘でしょ!もうそろそろシーズン終わりだというのに!もっと出ておけばよかった・・・

逆になんで無料なの1レースだけだって思ったの?ATMそんなにケチじゃないよ!なんて言われつつ、自分の9月いっぱい迄のスケジュールや航空券の価格とにらめっこをして決めたのがこのAKHA Trailだ。距離80km前後なら完走はできるだろうし自分の翌週以降の予定的にも疲れが残っても問題はなさそう。早速ATMのオフィシャルに連絡してみるとAKHA Trailのエントリー期間は少し前に既に終わっていたが、今日明日ですぐにエントリーするならいいよということでねじ込んでもらった。
行ったり来たりするルートで滅茶苦茶ややこしく、しかもGPXもちょいちょい違っていたりして私は何度もロストしたw

2026/07/30 (Thu)
日本からチェンライの直行便はないのでバンコクでトランジットになる。それは予め理解していたのだが、予約詳細に「台北経由」と書かれているのに気付いておらず、普通に台北でも一旦降りることになった。座席番号は変わらなかったけれど荷物は全部持って降りてくださいということだったので機体は多分変わったのだと思う。

水夜発、木朝チェンライ着。タクシーとバスを乗り継ぎメーサイという街へ移動した。レース会場まではここから更に車で40分ほどかかる。この日私はホテルで少し仕事をして、それ以外は近所を散歩する程度でのんびり過ごした。カードでほとんど事足りるだろうと思って数千円しか現金化してこなかったが、金額が少なすぎたためキャッシングで繋ぐことにした。ホテルの人達は皆親切で助かったが、最初にいた受付の人はタイ語でも英語でもなくミャンマー語が母語だった。まぁ、ミャンマーとラオスとタイの国境付近だからそうなるか。こういう時は本当にスマホの翻訳機能が助かる。見たこともないようなミャンマー語の文字がスマホに表示されていた。もにゃもにゃした不思議な文字。
今回お世話になったAfter Glow Hostelはエアコン完備・温水シャワーのコテージタイプで1泊2300円くらい。ツインにしてもらえば2人でも泊まれるので1人1200円もしないw
部屋も広くて快適、コンクリート打ちっぱなしみたいな内装。
英語の話せるスタッフがシフトに入ってきたのであれこれと相談。ゴール翌日は宿泊しないけどシャワーだけ借りるオプションは付けられるか?とか早朝の会場へのタクシーって掴まるかな?予約したら高いかな?みたいな話をひとしきりした後、キャッシングでようやく手にしたそこそこの現金を握りしめて遅めのランチへ。
まあまあ人が入っているお店があったので突撃。
鶏肉や鶏の手などが入った麺をいただく。面はどれにする?と聞かれて細めのものを選んでみた。米粉のそうめんみたいな感じ?汁はちょい辛くらい。
レースはうまくいって22時間、そこそこで24時間くらいかかるだろうと見越していたので、あまりレース前に頑張って予定詰め込んで観光したり遊んだりしないでしっかり睡眠をとった方が良いなと思い、この日はちょこちょこ横になって体を休めるよう心掛けた。しかし80kmで22時間想定ってよく考えたら相当タフだよな。夕方からは激しい雷雨があり、雨が止んだと思ったら20時半くらいになっていたので再びご飯。昼間下調べして、良さそうだなと思っていた近所の人気店らしき店へ。
1人で食べているのは私だけw 中華とかもそうだけれど、1皿の量がそこそこあるので大人数で数種類の料理を食べたほうが絶対に楽しい。みんな大人数でいいなぁ
英語メニューの用意がないような地元の店に入っているので、メニューをGoogleレンズで翻訳しながら、他の席に運ばれてくる料理の量をちらちら見ながら2皿ほどオーダー。はからずも蛋白質過多な夕飯になった。
この日はカオパンサーという仏教行事の日ということで国全体が禁酒なのだとか。売店でアルコールを買えないばかりかレストランでも一切のアルコールが飲めない。ついてない。仕方がないのでビールの代わりに水とお米を頼むことにした。なんてこった。
大好きなイカメニューから1品。Seafoodとかの項目の括りではなくてイカというだけで1項目設けられていたことにちょっと驚いた。これはイカと青菜のピリ辛炒めみたいなもの。イカがぷりぷりで美味しい!ビールが欲しい!!
1房はあろうかという大量のブロッコリーとエビの炒め。にんにくたっぷりで基本的には塩味系なのだがナンプラーも使われているのかシンプルなのに物凄く美味しい。ブロッコリーの火入れ具合も最高で、結構固めの仕上がり。

2026/07/31 (Fri)

目覚ましをかけずに惰眠を貪り朝9時起床。ロビーのコーヒーは勝手に飲んでいいよと言われていたのでロビーに行ってみると、コーヒーどころかパンとかバナナ、ココアなんかが予告なしに色々置いてあるので頂くことにする。
ジャムにつられて蟻がいっぱい集まってきていたけれど気にしない・・・w
バナナ美味しかった
とりあえず今日は午後にレース受付をするとして、それまでどこか観光に行くかどうするか。しかしその前にレース当日の移動が心配である。フロントでレース当日の早朝のタクシー状況について相談したところによると、矢張りGrabで早朝4時台にタクシーがつかまるかどうかは何とも言えないとのことだった。フロントの彼が予約のできるタクシー会社に2か所ほど問い合わせてくれたが、Grab料金の5倍くらいの値段を言われたらしく「とりあえず朝Grabで試した方がいいよ、予約すると高すぎるよ」と。とはいえ当日の交通手段がいちかばちかというのも不安すぎる。レースの受付会場で誰かと友達になって、明日の朝車で拾ってもらえるか交渉するかとか、そもそも会場に知り合いがいないかなとか、はたまたこの同じホテルに選手が誰かチェックインしてくれれば一緒にタクシーを予約して料金折半できるのになぁとか、とりとめのないことを考えながらコーヒーを啜ってぼーっとしてしまった。しばらくそこに座っていただろうか、ふと誰かの気配を感じて入口の方に目をやると、何らかのレースの参加賞らしきTシャツを着た男性が現れた。この人、レース出そうじゃない!?

おそるおそる声をかけると彼は名をPhuwinといい、案の定レースに出るタイ人だった。カテゴリーは58k、私の出る80kとスタート時刻が同じだった。しかしこのホテルに泊まっている訳ではないと言う。残念、明日一緒に会場入りできるかもという望みは絶たれた。しかしあれこれ話していると「これから一緒にBib Collection行こうよ」となり「その前に行きたい観光地があるから一緒に付き合ってくれ」と言われ、更には「明日の朝はこのホテルに拾いに来るから一緒に会場入りしようぜ」と。彼の宿から私の宿まで40分、そこから会場まで40分。彼の宿から会場までの道に私の宿がある訳でもなく、完全に遠回りなのにそれをやってくれるという。滅茶苦茶優しい!!そもそもタイ人には英語が話せない人もたくさん居るので、彼は英語が話せる人で本当に助かったし、色々と滞っていた問題が一気に全部解決した。有難い。

因みに私の英会話はカタコトに毛が生えたくらいなので、話が弾むかどうかは相手によるところが大きい。Phuwinは聞き上手で色々質問もしてくれ、発音も癖がなく聞き取りやすかったので、ドライブ中も結構ずっと話ができて意思疎通ができたのは本当に良かった。
予期せず行くことになった国立公園(大雨)
2018年にサッカーチームの少年達が洞窟に入って迷子になり10日後に全員救出されたという事故があったらしく、その現場なのだそうだ。こんな怖そうなところによく入ろうと思ったな・・・・。ちょっとした資料館のようになっていたのであちこち見学。
手前側が実際の洞窟の奥側。少年達は自転車でここまでアプローチして、洞窟探検に行ってしまったそう。やめろって・・・
12~18時のBib Collectionには12時半頃到着。装備チェックを受けて参加賞Tシャツやゼッケンを受け取ると、丁度タイミングよくDanonに会えた。Danonは昨年10月のチェンマイのレースで優勝した選手で、前日の空港やホテルまでずっと一緒だったタイの超エリートランナーだ。Bib Collectionの時間枠が結構広く設けられていたにもかかわらずバッタリ会えたのには驚いた。
3人で記念撮影!
Danonは英語を話さないので、Phuwinに通訳してもらう。
因みに今回Danonは80kで3位(1、2位は欧米勢)、Phuwinも58kで4位だった(強いw)。
ここでようやくゼッケン見せながらの撮影をするも、遠くてゼッケンよく見えず・・・
3人で撮る時に私もゼッケン見せればよかった・・・
Bib Collectionから駐車場までの道の途中、いくつか商店があり、そのひとつでPhuwinがアボカドを購入。4つ買って私に2つくれた。売っているお姉さんが実際に自分で育てたアボカドなのだそう。
無事に受付も終わり宿へ送り届けてもらったが、丁度お腹もすいていたのでランチに誘ってみた。ホームセンターの中にちょっとしたチェーン店のような小綺麗な店がテナントとして入っていたのでそこで食べてから解散。Phuwinが良い人すぎる・・・
エビと卵のカレー(大盛)。タイでは卵をこうやって溶いてカレーの具材にすることが結構多いらしい。日本ではあまり無いよね。辛すぎず、マイルドな味。良くも悪くも尖ってない。
部屋に戻ってレースの準備を整えてからスーパーへ買い出しに。今回かなり弾丸で日数も限られていたので、せめて予定のない日はそこらの店に入って美味しいタイ料理を食べたいとは思ったが、この日はランチが遅かったし翌朝も早いので部屋ご飯&飲みとした。もしこれでどうしても足りなかったら食べに出よう・・・と思ったが結局ビールが1Lもあったのでお腹いっぱいになって終わった。

気になるビールがどれも500mlなのでやむを得ず500×2本に。。。
必携装備で持参していたカトラリーを取り出し、フォークの脇の僅かなナイフ状の部分を使ってアボカドを切ってみると、中は美しいクリーム色をしていた。傷や斑点、傷みなどが一切ない。元々アボカドは大好きなのだが、日本で買うと結構な割合で傷んでいたりしてガッカリすることも多い。しかしどうだろうこの完璧なアボカドは!食べてみるとそれはもうこれまでの人生で食べたアボカドの中でぶっちぎりで美味しくて幸せな気持ちになった。味をつけなくても美味しい。すごい。アボカドってこんなに美味しいのか。しかも、皮がこんなに薄い色なのにこんなに熟れているものなのか。日本で買うアボカドのあの色は一体何なんだろう?人生で一番美味しいアボカドだとPhuwinにメッセージを送ると、僕もだと返事が返ってきた。タイのアボカドが全部美味しいのかと思ったら、このアボカドが特別美味しいみたいだ。
滅茶苦茶美味しい
醤油とワサビを買って食べたい気もしつつ、塩でもいいかなとも思いつつ、いずれにしても量が多すぎるのでライムパウダーとかいうものを買ってみて、それをかけてソーセージスライス(ハムのようなもの)に乗せていただく。ワカモレとかにレモンやライムを垂らすから合うかなと。これもとっても美味しかった!

<エネルギーと水分>
・エネルギー:写真に載せたもの全部持つつもりだったが、Phuwinがそんなに持たなくても大丈夫だと言うのでかなり削った。結局持参したのはアミノバイタルと、桜わらび1本、抹茶わらび1本、メダリスト2本のみ。それでも抹茶わらびは1本残したままゴール。
・水分:2Lのウォーターストレージがレギュレーションだったがエイド区間が最大10kmのためインナーファクトのフラスク500ml+エバニューのウォーターストレージ900ml。100ml足りていないがその辺は結構適当なので問題なし。結局エバニューは一度も使わず。500×2を全部飲み切ったセクションもなかった。多く飲んだセクションでも700-800mlくらい(その代わり、エイドで結構多めに飲んでいたかも。)
ゼッケンベルトは相変わらず昔のハセツネの参加賞

<服装、装備> ※ドロップバッグは無し
・ヘッドギア:Hunger Knockの甲州アルプスオートルートチャレンジ2024の参加賞キャップ(日差しが強かったらHaloのハットの方が良いだろうと思い迷っていたため写真にはハットもキャップも写り込んでいるが、ずっと雨になりそうだったので結局キャップにした)
・上半身:Finetrackのノースリーブドライレイヤー+Patagonia半袖T(Run or Dieロゴ入り)、ORのアームスリーブ(肌寒い時たまに伸ばして使用)、チャリ用指切りグローブ
・下半身:知り合いがカモシカの刺繍を入れて販売してくれているバギーズショーツみたいな感じの短パン(3000円くらいの)、ドライマックスのトレイルラン1/4クルーソックス・マキシマムプロテクションシャーマン
・ライト:レッドレンザーH8R(メイン)+モンベルマルチパワーヘッドランプ(予備)
・ザック:The North FaceのTR10
・シューズ:MerrellのAgility Peak 5
・その他(必携装備等):エマージェンシーキット、雨具(Outdoor Researchのヘリウム2、必携装備ではなかったが持参。結構着た。レインパンツは持たず)、ヘッドライト予備電池(レッドレンザー用のみ)、レッドレンザーのフォグフィルター(暫く使用した時間帯あり)、モバイルバッテリー(Ankerの10000mAh)+ケーブル(タイプCとライトニング)、ヘリテイジのULトレイルポール、ティッシュ&ビニール袋、Fold-a-cup(マイカップ必携のため)、Snowpeakの極コッヘル小+スポーク風ノーブランドのカトラリー、手拭い、現金、クレジットカードやパスポート等の貴重品、サングラス、現地で買った虫除けスプレー(写真には写ってない)、目薬、痒み止め(使っている暇はなかった)、日焼け止め、形状保持ワイヤーの入っていないタイプの100均洗濯ネット(上の写真の右下のもの、暑い時間帯に氷を持ち歩くため)
毎回変わり映えしないwww

反射ストラップは15cm×4本で前後につけろというレギュレーションだったので、100均で買ったシールを、剥離紙をはがさずにつなげて結束バンドでとめて手作りしたw(結束バンドの長すぎる部分はこの写真を撮った後で切った)

本編へ続く