2015/10/31

20151031-1101_第23回日本山岳耐久レース・長谷川恒男CUP(前編)

本当に私は71.5kmを走ったのだろうか?もうハセツネは終わってしまったのだろうか。いまだに少し実感が湧かず、良い結果が出せて嬉しいような、それでいて心に大きな穴が開いてしまったような。the party is overとでも表現しておこうか。

最後の瞬間が最上級の感動に包まれるように願いながら、毎日積み重ねていた何か。ここに書き残すのは、今年の私の集大成である秋の1日のおはなし。

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私の2015年のトレランは5月の奥久慈で始まった。初めてまともに練習をして本番に挑んだレースと言っても過言ではない。そして完走できるかどうか怪しいと思っていたその過酷なステージで、私は強烈な感動と共に完走を遂げた。私は元々レースに出るのが好きだったからこれまでにも何度もレースには出場していたのだけれど、この時はそれまでと違った快感が体を突き抜けるのが解った。自分で自分の心と体を完全にコントロールできたし、「走れば、例外なく強くなるんだ」という当たり前のことを身をもって感じた。

7月のキタタンでは年代別8位、8月の志賀高原Extreme Triangleでも年代別優勝と入賞が続いたものの、いずれも悪天候のため距離が短縮されてしまい不完全燃焼状態だった。だから、このもやもやを爆発させるにはハセツネという今年最後のビッグレースを最高のものにするしか方法がなかったのだ。とはいうものの9月は完全に練習をサボってしまい、月走15kmという体たらく。10月は再び走り始めて200kmほどの練習ののちに本番を迎えた。練習内容は皇居ラン、帰宅ラン、30km走、なんちゃってインターバル、ソロトレラン、チームメイトとの試走、といったところか。
控え室となっている体育館にて。チームの他の出場メンバーが全員男性のため私もここへ・・・
早朝に会場入りして体育館の奥の方を陣取る。スタートまで少しでも体力を温存しようと寝袋とマットを持参するも、興奮と装備の最終チェックで全く眠れない。持っていくつもりだった荷物を仲間と持ち比べては荷物を削り、削ってはまた持ち比べ、そんなことを繰り返して結局持参したエネルギーは2000kcal程度だっただろうか。あっという間に12時をまわっていざ出陣。
残念ながらひとりRUN+TRAILの取材で席外し中・・・。photo by Aya
恒例の!でもやっぱり数名不在w
どの辺並ぶ?もうそろそろ前の方攻めておかないと入れなくなりそうじゃん?などと言いながらジワリジワリと10時間台狙いの枠の方へと進んで行く。
前回よりもいい位置からスタート
13時。先を争うようにしてゲートをくぐる。チームの仲間が沿道から行ってらっしゃいと声を掛けて見送ってくれる。奥久慈で私を引いてくれたタケさんは今回も私のすぐ横にいたので、引き離されないようにしながら広徳寺までの舗装路を進んだ。広徳寺までは気合いでなんとか歩かずに進めたが、一旦トレイルに入ったらもう1mも走れなくなってしまったので、とっととパワーハイクに切り替え。タケさんの姿は一瞬にして見失った。
入山峠まで1時間10分を目安に進む。前回のハセツネでも1時間で通過していたので無謀なタイムではない。結果1時間ちょっとで入山峠に到着、その先のシングルトラックでは人を抜くことではなく自分のペースを守ることに専念する。自分のペースとは言ってもこのセクションでは苦しくなるくらいまで追い込もうと思っていたので、気が狂ったようにゼイゼイ言いながら登る。脚はあっという間にヘロヘロになってしまって、しょっちゅう躓いていた。こんなんで本当に大丈夫なの?体が72km持ち堪えるの??という自問自答もあったけれど、自分よりも信頼すべきは先輩方の教え。「浅間峠までを頑張らなくていつ頑張るんだ」という言葉を脳内で繰り返し、自分を奮い立たせては幾度となく現れる激登りに立ち向かう。がんばれがんばれ。とりあえず浅間峠までがんばれ。

市道分岐を過ぎたあたりだったか、タケさんより後ろ、私より先を走っていたであろうジムさんに追いつく。彼が初めてハセツネを走った昨年の記録はたしか14時間01分、これは私の一昨年の記録よりも30分速い。そして試走の時もとても速くて、私はまったく追いつけなかったのだが、今回何故か追いついてしまった。私の後から聞いたところによると彼は物凄いスロースターターらしく、走り始めて6時間くらい経ってようやくスイッチが入るのだとか(遅いw)。ジムさん、と声を掛けると「ああ、ヤスヨちゃん!頑張って」と彼はまるでもうリタイヤするかのように私に返事をした。ここは、頑張って、じゃなくて、頑張ろう、じゃないの...?でも後ろを振り返ると暫くは姿が確認できたので、ちょっと調子が悪いだけなのかもしれない、元々速い彼のことだから、きっと私とそんなに離れることなく浅間峠に到着するのだろう、とぼんやり思いながら進んでいった。

ジムさんを抜いてから吊尾根を走っていると左前方に今度はタケさんの姿があった。また仲間に会えたという嬉しさと、追いつけると思っていなかった人に追いつけた喜びで、手を振りながら、タケさん、と声を掛ける。ああ、という覇気のない声の波動がゆっくりと私の鼓膜に到達した。そのスピードと然程変わらないと思える程の速度で前から後ろへと流れていく景色。それを背景にしたまま一緒にタケさんが遠く小さくなっていく。あれ?私そこまで速くない筈なのになんでこの人を追い抜いた?抜いてようやく事態のおかしさに気付いたが、自分の前にも後ろにも人が連なっていて、引き返すことはできない。少しするとタケさんが人の流れに戻って進み始めるのが見えたが、振り返る度にその姿は小さくなり、そのうち見えなくなってしまった。怪我か?忘れ物か?すごく大事なものを落としてしまって続行不能なのか??兎に角何かトラブルがあったに違いない。事実がわからない内から自分のことのように悔しくてたまらず、しかし何か本当に危険な状態なのであれば早く誰かに伝えなければという思いで浅間峠を目指した。登り続きで脚を追い込んだせいか、下りで脚が思うようにまわらず、思い切り前方にスライディングで大ゴケしTシャツは真っ黒だった。さあ、あと少し。浅間峠には仲間が応援に来ているはずだ。
photo by Monami
今回の目標はサブ13。13時間を越えるという選択肢をなくすため、それ以外のタイム表は持たなかった。浅間峠を16:58に出発できればいいと思っていたが、到着したのは16:30。ここで頑張らなくていつ頑張るんだ、と自らを奮い立たせながら進んだ結果、かなり速く到着してしまった。これが吉とでるか凶とでるかはわからない。

大して疲れているわけでもないので休憩は最小限に。まずトイレへ。そして行動食の入れ替えとゴミの整理、ヘッドライトの装着とトレッキングポールの準備。ここでやることはそれだけ。タケさんがダメかも知れない、私の後で多分すぐジムさんが来る筈、私の状態は悪くない。これらの要件と報告を、応援にきていたジャッキーに簡潔に伝えつつ身支度を整える。予め、スタート〜浅間峠、浅間峠〜月夜見、月夜見〜ゴールの3ブロックで行動食をまとめておいたので、ここに辿り着くまでに食べたジェル類のゴミと、次のブロックで食べるべきジェル類とをごっそり入れ替えるだけ。私が休憩している間にビビちゃんが浅間峠を通過。

支度を済ませて私も再びトレイルに戻る。浅間峠を過ぎた登りのすぐ上でビビちゃんが装備を整えていたので声を掛けつつ、抜き去る。奥久慈のレースで私より15分ほど先にゴールしたビビちゃんに追いつくことは、今回の私の目標のうちのひとつでもあったので、ここで会えたことはとても嬉しかった。目標ひとつ達成!

ここから先の細かいアップダウンではストックを使いながら淡々と。いつもより開催時期が遅いこともあり、ナイトセクションが長くなることは予め分かっていたが、自分が以前より速く走れていたため、結局暗くなった場所は前回とほとんど同じだったような気がする。心配していた気温もそれほど低くない、というより、自分がずっと走っているので全く寒さを感じない。

西原峠に到着し、ここで初めて固形物を口にする。グミを一気に貪りゼリードリンクで飲み下すと三頭山の登りにとりかかった。00分になるとジェル1本、30分になるとアミノバイタルを1本、ペースを崩さず摂取しているせいか、時間の経過がとてもはやく感じる。30分というひとかたまりを幾度も幾度も繰り返しているだけで、もう5時間以上経ったのか。なんだかあっという間だしそこまで疲れていないなぁ、でも前回もまだここでは疲れていなくて、月夜見以降で一気にバテたんだっけか。そんなことを考えながら三頭山(P1531)までの登りを黙々と登っていたら小雨が降ってきた。持ってきたシェルは雨に抗うには心許ない。やばいな。そうこうしているうちにナガイくんに追いつき言葉を交わす。そこから三頭山の山頂まで、今度は私が人を引いて進む番だった。私にとって、途中でチームメイトと出くわして一緒に進む「トレイン」を組むことは初めてのこと。たかだかちょっとの登りで、既に戦友のような意識になってくるのは不思議なものだ。

長い登りを終えて三頭山の山頂に着くと、ベンチに腰を下ろして小休憩をとることにした。少し風もあってとても寒い。エネルギー補給をしているとすぐに体が冷えてきたので、先を急いだ方がよさそうだった。我々のすぐ前には誰も居なくて、三頭山からの下りでは私が先頭を走らなくてはならなかった。大してスピードも出せないガレと岩場の急な下りを、誰か追い抜いてくれー、とかなんとか言いながら、私がよっこらよっこらと格好悪い感じでこなしていく。そのうしろで「月夜見までトレインで行くかー、ジャッキーきっと喜ぶぞー」とナガイくん。と、ほどなくしてナガイくんが足を捻る。先行っていいよーと言われて残念ながらトレインは解散となってしまった。とはいうものの、一度の軽い捻挫ぐらいで走れなくはならないだろうからおそらく大丈夫だろうし、もしかしたら追いついてくるかもしれない。とりあえず再び一人になった。今日の森の中の闇は黒ではなく白に近い灰色のようだ。ガスが出てヘッドライトの光が拡散し、トレイルの状態が見えなくなってきた。

鞘口峠までの下りはそもそもスピードが出せないので光が拡散してもそんなに辛くはなかったのだが、問題は最後の月夜見に向かう下り。飛ばしたいのに見えなくて飛ばせない。でも、雨で少しトレイルが濡れているから・・・飛ばせないくらいが丁度いいのかもしれないな。いや、そんなこと言ってないで先にフォグフィルターをつけた方がいいのかな。あれこれ考えている内に月夜見のCPに到着。道路のガードレールにつけられた反射板がぴかぴかと光りながら出迎えてくれる。ああ、もうここに着いたんだ!タイムも落ちていないし、最初に稼いだ30分ほどの貯金はまだそのまま残っているし。サブ13が射程圏内に入ってきたのを確信した。

私はハイドレーションに麦茶を1.3L、ボトルにゼリードリンクを0.5L入れてスタートしていたのだが、ここで残っていた水分は麦茶が0.3-0.4Lほど。ボトルにポカリを0.25、水を0.25、そしてハイドレーションに水を1L足してもらって月夜見での水分補給は終了。行動食の入れ替えをしているとすぐにナガイくんがやってきたので少し話をすることができた。応援部隊のチームメイトからは3人がDNFだとの報告を受ける。今回ハセツネ6度目の参戦であるタケさんはそもそも胃腸炎をおして出場していたため、矢張りどうにもならなかったとのこと、物凄く速いのにいつもとんでもエピソードで皆を笑わせてくれるfuusoraさんは蜂に刺されてアナフィラキシーショック、カトさんは昨日まで38度の熱が出ていて体調不良だった上に蜂に刺されてそれぞれリタイヤとのこと。私の前を走っているのは、UTMB日本人第6位という好成績をおさめた次元の違うカノくんと、裏山が高尾という恵まれた環境でマイペースに脚を育てているまったりアキラさんの2人だけになった。ナガイくんは私と離れてからさらに何度か足首を捻ったらしく、あと1回捻ったら「オワリ」だと言う。さて・・・
ストレッチをする私と、その手前にナガイくん。photo by Jackieboyslim
ハンドライトにフォグフィルターを装着し、ライトは頭・お腹・手元の3つ体制に。ついさっきまでナガイくんと走っていたものだから、つい引っ張られて長く休憩しそうになるところを、いやいや私の方が先に到着しているんだから先に出発しないと、と思い直して再スタートを切る。時刻は19:30頃だった。