2017/01/09

20161231-20170103_積雪期北岳(後編)

前編はこちら

9時過ぎに要塞ができてから、暫くの間テントの中で様子を見つつ過ごす。この場所は丁度携帯の電波も入ったので天気予報もブラウズできて都合がよかった。要塞を作る間、いくつものパーティーが通りすぎて行ったが、私とお隣りさんのテントを見ては「え、上ダメですか」「え、停滞ですか」と声を掛けていった。そして数十分後に引き返してきては「ダメですね無理ですね」と報告をしていく。そうでしょう無理でしょう。全員が戻ってくるのを見ては、自分の判断は間違ってなかったなと胸をなでおろす。そうこうしている内にもどんどん風は強くなっていく。これはもう太刀打ちできる風ではない。

しかし11時を過ぎると、少しずつではあるが風が弱まってきた。お隣りのテントの3人組はその時軽く宴会を始めていたらしいが、風の弱まりには気付いたらしく、11時20分頃になるとボーコン沢ノ頭までとりあえず散歩だといって軽装で出発をした。

私はその頃雪を溶かして水を作っていたのでそのまま彼らを見送り暫くテントの中に居座っていた。しかしいくら待っても彼らが戻ってこないという現実と、風が弱まってからかれこれ1時間近く経過し、今もまだ弱まったままだという事実を鑑み、自分もいよいよ北岳の山頂を目指すことにする。とはいえ、いつまたあの突風がやってきて稜線で身動きが取れなくなるかも分からない。シュラフカバーとダウン、行動食とサーモス、エマージェンシーなどを急いでザックに詰め込むと、テントを出た。

ボーコン沢ノ頭に到達するとそこは無風だった。今朝の強風が嘘のようだ。数時間でこんなにも違うものかと驚く。これはいけるかもしれない。そのまま歩みを進めていくと、遠く小さく三人組の姿も見えてきた。
踏み跡はしっかり
段々と斜度が出てくる 
一旦降ってまた登る。ここのロープ×岩と雪のミックスは結構嫌らしかった。慎重にゆく。
ちょっと写真だとわかりづらいけれど、今からこのロープ伝いに降るところ(八本歯より手前)
荷物が大きかったら、結構大変そうだなぁ
山頂まであとすこし!と思うものの、なかなか着かない・・・
際どいトラバースもいくつか越えたが、どこも踏み跡があって踏み固められていたので安心感がある。流石にノートレースだったらきっと心が折れてしまうだろうなぁ。。。
吊尾根分岐点に到達。ここから左に行くと北岳山荘方面(間ノ岳方面)、右に登ると北岳山頂
吊尾根分岐点に到着して尾根に乗ると、途端に風が吹き始めた。下があれほど無風でもこれだけの風があるのか!ならばボーコン沢ノ頭であんなに強風が吹き荒れていた早朝にここに突撃していたら一体どれほどの風だったのか。想像しただけで足がすくむ。

ここから一気に壁のようなルートが現れ、ピッケルのピックを打ち込みながら攀じ登ること暫し。そこを抜けてすこしだけ尾根を進むと、嗚呼、遂に現れた北岳のピーク!
三人組に追いついたので写真を撮ってもらう。登頂したぞー!
なんと美しき頂か。しかし風はそれなりに強く、じっとしているとすぐに体温を奪われる。急いで撮影を済ませ、即撤収。
がっつり一眼レフな方が写真を撮る様子を私が撮るw
登ってきた夏道を後ろ向きに降りていく二人を見つつ、
もう一人が左の尾根の方が安全そうだといって歩き出す。実際尾根上の方が安全だった・・・
吊尾根分岐に戻ったところで、初日にバスが一緒だった小林くんとすれ違う。私と同じルートを行こうとしているだけあって、幕営装備を全て担いだスタイルでこの尾根に上がってきた。彼は初日に池山御池小屋までしか登らなかったらしいが、今日は午前中の強風を途中待機で見遣って、このタイミングを狙ってアタックしてきたとのことだった。

かたやアタックザックの私。この人行くのかな、行ける人がいるのに私はいかないのかな、、、色々な思いを抱きながら彼を山頂へと見送る。全て担いでここに来ている彼に対して羨ましいと思う気持ちはとても強かった。

いずれにしてもこれから私がテントを畳んで北岳山荘に向かうことはできないので、三人組と共にテントに引き返す。
楽しき三人組
この三人組、何が面白いかって・・・
ベストショットが撮れる!ということで撮影会が始まりまして 
これが延々続くわけですよw
そして撮っていただいたのがこんな写真 photo by Hasegawa-san
ありがとうございます。photo by Hasegawa-san
テントに戻り、こちらの夕飯は相変わらずのアルファ米とフリーズドライのおかずだというのに、三人組はどうやらジンギスカンを焼き散らかしていたらしい。テントから顔を出すと肉テロが物凄いため私はそっとテントを閉じた。けしからん、実にけしからん!

今回はお正月ということで日本酒を持ってきていた私は、ペットボトルに入れ替えた300mlだけの上善如水をチビチビやりながらアタリメを齧っていた。これはこれで美味しいのだ。しかしなかなかどうして質素な夕飯にもかかわらずすぐにお腹がいっぱいになってしまってそこから先の嗜好品が進まない。運動量は確かに少ないかもしれないが、標高の高いところにいるだけでカロリーの消費は激しい筈だ。だとしたらこれはなんだ、いつもの高度障害か。

午後の山頂アタックでは幸いにして高度障害はそれほど出なかったため割と良いペースで登れたのだが、そのことがそもそも奇跡みたいなもので、私は2700-2800mを越えると必ずと言っていいほど高度障害が出る。高度障害が出るとペースは極端に遅くなり、脈拍は上がり、場合によっては下痢をしたり気分が悪くなったり頭痛がしたりする。幸い今回は極端な症状はでていないが、この食欲減退はおそらく高度障害なのだろう。そして標高が高いとお酒のまわりも早くなると言うが、少量の日本酒は弱った私の頭と体を静かに力強く掻き回していった。掻き回されながらも必死に地図を見て、間ノ岳ピストンをした場合のCTを計算したりなどするも、いやこれ午前中だけで戻ってこられないし、午後から風強くなるとか天候悪化するとか言われたらいけないでしょとか考えているうちに300mlであっという間に限界を迎え、そのまま撃沈。もう明日は降りるくらいしかやることはないのか。おやすみなさい・・・

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2017/1/2 (Mon)
10:55 幕営地
↓ - 0:35
11:30 城峰P
↓ - 0:35
12:05 池山御池小屋

夜中は暫く風が強くて眠れず、25時半くらいになって風が止むと今度は一気に気温が上がって暑くて目が覚めた。まさかの0度(暑いわけだ)。暑すぎてダウンを脱ぎ捨て、シュラフから半身出た状態でようやく深い睡眠に入り、そのまま朝を迎える。日が昇ってきて眩しいなと思いながら起床するとはなんと贅沢な。まぁお正月だからいいか。何日目に見た夢だったかは忘れてしまったが、赤い雨が降ってきて何コレって言っていると、遠くに見える坂道を死んだ人達が頭を下にして雪崩れてくるのが見える気持ちの悪い夢があった。その迫り来る死んだ人達は全員が自殺をした人達で、その波に飲まれるとこちらも死んでしまうため、恐ろしくて死にたくなくて、近くにいた仲の良い友人と手を取り合って死にたくない!と言い合っていた。別にそんな怖い思いをした山行でもなかったし、何が引き金となってそんな怖い夢を見たのか皆目見当がつかないけれども。

三人組がボーコン沢ノ頭へ最後の散歩に出掛け、そして戻ってくるのを隣から見守る。自分もテントを撤収してから登りに行ってみることにした。きっとそうそう頻繁に来られるところでもないだろうから。

結局例の小林くんは北岳アタックの後で強風に恐れ慄いて引き返してきたらしい。この強風であの稜線に居たら、進退極まっていただろう。彼の判断も正しかった。私が出会ったすべての人が無事で本当によかった。
バットレスを目に焼き付ける
二日間お世話になった幕営地にお礼をして、降ること一時間ほど。池山御池小屋はまるで秋の里山の体。三人組と再び合流し、穏やかな日差しに包まれながら一杯。
最終日のお酒は黄アーリーのお湯割り。
そして毎日すこしずつ消費してきたbacon smoked nutsとhoney loasted nuts、そして魚肉ソーセージをツマミに。
美味い!合う!! 
シュラフ干し、靴干し。
高度を下げたためかすこしずつ食欲が復活してきた。けれどもアルコールにやられて14時半過ぎに一旦寝落ち(早すぎるw)。シュラフにも入らず、ダウンも着ないでシュラフを掛けた状態で眠っていると、寝ているところすみません、こんにちは、と私のテントに声を掛けてくる人がいた。顔を出すと三人組ではないし、この人いったい誰だろう・・・

ほうとうあるんですけど食べてくれませんかと宣うこのお方、手には360g入りの茹で麺のほうとうがある。汁は大きめのジェットボイルに入っていて、仲には魚河岸揚げみたいな丸いがんもどきのようなものが浮かんでいる。や、美味しそうだし食べたいし。私が予定していた今夜の夕飯はカレーメシだけど、そんなの持って帰るわ。食べます、いただきます。食べきれなかったら明日の朝食べますっ!!と即答して、頂いたのがこちら。
汁は私のジェットボイルに移し替えてもらった
やーほうとう凄い量だし。無理じゃない?と思うも束の間、あまりの美味しさに二度に分けて完食。汁がすこし残ったので、上善如水を入れてきたペットボトルに移し替えて翌朝の朝食用とした。ほうとうは埼玉県のものだったけれど、汁は金沢名物のなんとか、とのこと。ニンニクが入っていてすごく美味しかったのだが、今調べたところによるとこれがおそらくとり野菜みそだと思われる。 前から食べてみたかったものなのだが、まさか山の中で見知らぬ人から配給を受けることになるとは。。。かなり美味しかったし、今度は自分でも使ってみたいなと思った。

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2017/1/3 (Tue)
7:10 池山御池小屋
↓ - 1:40
8:50 あるき沢橋BS
↓ - 3:25
12:15 開運隧道ゲート

ほうとうをいただく直前くらいに三人組から「明日は7時出発くらいで良いですか?」と声をかけられていたので、酔って眠いながらもきちんとアラームを掛けて対応。。。
朝焼けが美しい
朝も早よから撮影をする人々w
ここからは特にこれといって難しいところも何もないのでただただ林道を目指して降りてゆく。
林道に降りて振り返ると、遠くの山々には盛大に雲がかかっていた。このあと林道でも降雪があった。
今日は上の方きっと相当荒れているだろう・・・
Mさんザックでかいよね、Mさんは体大きいからわからないけど、俺が入りそうだよ!
と言ってHさんが並ぶとこんな感じ。ザックでかいw
ワイワイ喋りながら歩くこと3時間以上、ようやくゲートにたどり着いてこの旅は終わった。
このあと温泉に浸かって解散。私はMさんの車で甲府へ。
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行こうとしていた農鳥岳付近の登りは結構険しく、落ちたら止まらないと聞いていたので、もしも本当に行っていたとしたらかなり痺れる山行になっていたと思う。今回は強風という理由で三山縦走ができなかったのだと大腕振って言えるけれど、強風という理由がなかった場合はきっと駒を先に進めない理由はほとんど無くなっていて、先に進まざるを得なかっただろう。

そのまだ見ぬ雪の壁に立ち向かえるのかどうかについては不安があったので、強風という撤退理由があって良かったなと思っている自分がいるのも否定はできない。季節が進んで入山する人が減り、トレースがなくなれば、ここはもう私にとっては難しい場所になるだろうし、また暫くは挑むことさえ許されない厳しいものになると思うが、とても抗うことなんてできないと思えるほどの強風を体感し、白くうねりながら空を割く生き物のような美しい尾根を見ることができ、次にまた挑戦したいと思える対象ができたということが、今回の大きな収穫だったようにも思う。嗚呼、これだから雪山は楽しい。

またいつか会いに来よう。

2017/01/08

20160827-0903_大雪山・台風停滞explorer(後編)

前編はこちら

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2016/08/31 (Wed) 雨のちガス・強風
停滞3日目。
朝起きてもまだまだ外はガスだったが、体ひとつで外へ出ても平気そうな風になったようだったので12時間ぶりぐらいにトイレに出てみると、トイレの木枠は釘が抜けて菱形に歪み、2つあるトイレのうちの1つは完全にドアが開かなくなっていた。避難小屋本体が無事で本当に良かった・・と胸をなでおろす。

それほど酷い風雨でもなく、ガスの具合も28日と同じような感じだったので、出発しても良いかなとも思えたが、そもそも私はこの後どこへ向かうべきなのか。そもそも降りようとしていた吹上温泉の道路は一度通行止になって、通行止解除になった経緯があるので、また今回の台風の影響で通行止になっている可能性は高いだろう。ラジオを聴いていると、吹上温泉から乗るバスの行き先である富良野エリアは川が氾濫して洪水になっているとか避難勧告が出ているとかそんな話も聞こえてくる。仮に道路が通行止めになっていなかったとしても、富良野からの交通が麻痺していたらどこにも動けなくなる。しかし南(南西)に向かえばもうここしか降り口はないのだ。これはもう、北に戻るしかないのではないだろうか。一旦通った道ならば、少しくらいガスでも、トレイルの状態が悪くても、きっと自分の力でどうにかできる筈だ。わかった、私は元のトレイルに戻ろう。大嫌いなピストンになるけれど、これも英断だ。勇気を持って引き返そう。
昼過ぎに僅かに見えた青空とヒサゴ沼全容、そして左手前は北大生が残していったテント(倒壊)。
中の銀マットが飛び出して、テントのファスナーが開いてしまっていたので、とりあえずマットを仕舞い
ファスナーを閉じる。ごめん、建て直せなかった・・・
小屋の近くにはトムラウシのピークがあった。昼頃になると青空もでてきたので、午後はトムラウシをピストンでもしようかと思って支度をしてみたものの、やはりあっという間にガスが出てきて視界は閉ざされる。かと思うとまた青空が出てくる、霧が出る、そんなことを繰り返すうちに霧雨になった。ピストンといえども往復でCT5時間はあるピークだ、これは行かないほうがいいな。行って行けないこともないかもしれないけれど、山頂から何も見えないのでは仕方がない、そう思って結局この日は避難小屋に引きこもることにした。引きこもりを決めてからまた本を読んでいると、ざーっと大雨がきた。やはり行かなくて正解だった。まぁ万が一明日の早朝に天気が良ければ改めて行けばいいことだ。
歪んだトイレ。右側はこれ以上ドアが開かないし閉じない。
右下のところの釘?が抜けてしまっている。
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2016/09/01 (Thu) ガスのち晴れ・夜間に雨
6:30 ヒサゴ沼避難小屋
↓ - 0:37
7:07 ヒサゴ沼分岐
↓ - 0:50
7:57 五色岳
↓ - 0:29
8:26 忠別岳避難小屋分岐
↓ - 0:56 (下界に連絡したりなどしつつ)
9:30 忠別岳
↓ - 0:50 (下界に連絡したりなどしつつ)
10:20 忠別沼
↓ - 3:00 (下界に連絡したりなどしつつ)
13:20 白雲岳避難小屋
↓ - 1:36(避難小屋での20分休憩含む)
14:56 北海岳
↓ - 1:04 (渡渉時の洗髪時間含む)
16:00 黒岳石室
とうとうお別れのとき。
朝起きてみると今日もガス。トムラウシは次回の宿題に残しておくべき課題なのだろうと思って登頂は潔く諦めて元来た道を引き返すことにする。二回も歩くのだから、少しくらい景色見せてくれてもいいじゃない、と思うものの、結局往路と同じようなガスの中を歩くこととなった。忠別岳を過ぎて沼に差し掛かる頃になってようやく霧が晴れて景色が見え始めたが、結局そこは往路も見た景色だった。行きに見えなかった景色は、帰りも見えないままだ。運が悪いというべきか、否しかしそうではなくて南側がとにかく天気が悪いということなのだろう。今日だってきっと、南下していたらトレイルはずっと雲の中だった筈だ。
往復ともガスの中。
忠別岳を過ぎると次第に青空が。 
数日前は赤くなっていなかった実が、この台風を経て綺麗な赤に。
ところどころ、トレイルが沢に。。。
忠別沼より北はとても良い天気で、気持ち良く歩くことができた。ガスっていたり雨が降っていても楽しめるトレイルというのは確かにあるけれど、ここはそういうところではない気がした。すっきりと晴れて不安なく気持ち良く歩けてこそ、楽しめるトレイルなのだ。
アルコールを飲みきってしまっていたので、商品販売のない白雲岳はスルーして初日お世話になった黒岳石室に再びチェックイン。北海岳をすぎて黒岳石室に向かう途中の沢で洗髪を試みる。まぁ髪の毛が抜けること抜けることwお天気も良いし暖かいので、ひとしきり洗った後は手拭いで髪を拭いたらそのまま自然乾燥。うひゃー、頭皮がすっきりして気持ちが良い!小屋に着いてテントを張ってまずはビールとご飯、からの日本酒でほろ酔いに。ソロのおじいちゃん2人とダベったりなどしつつ就寝。本格的に眠る前にテント内でうとうとしていたら、枕元で物音がした。何人もテントに躓いていくなぁと思ったら、キツネがテントを齧っている音だった。。。フライの内側に食べ物を置くと齧られたり持って行かれたりすると聞いていたのでテントの中にすべて置いてあったのだが、テントの端に置いてあったゴミのにおいにつられてやってきたらしかった。

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2016/09/02 (Fri) 晴れのちガス・夕方昼以降ゲリラ豪雨あり
6:30 黒岳石室

↓ - 1:07
7:37 北鎮岳分岐
↓ - 0:12
7:49 北鎮岳山頂
↓ - 0:15 (山頂での記念撮影等の時間含むため登りより長い)
8:04 北鎮岳分岐
↓ - 0:16
8:20 中岳
↓ - 0:45 (バスの予約電話入れるなどしつつ)
9:05 中岳温泉
↓ - 2:35 (入浴に40-50分&ガールとお喋りしながらのんびりハイク)
11:40 ロープウェイ山頂姿見駅

完全にピストンするのもつまらないので、旭岳に登らずに中岳温泉を経由するアップダウンの少ないコースを通ってみることにして、朝6時半過ぎに黒岳石室を出発した。どうなっているのかさっぱりわからないけれど、地図にある中岳温泉というのが気になって仕方ないのでここを目指すことに。地図には「露天の石で囲ってある湯舟のみ、土砂を排出するスコップは設置されている」とある。これ如何に。
黒岳石室から北海岳に向かわず北鎮岳方面に向かう。
白いの全部チングルマ!圧巻。 
ちょろっと登ってピークへ。こちら方面に進むと温泉に入れないので今回はピークハントだけ。
中岳に向かう稜線
中岳に向かう稜線の途中で携帯電話の電波が通じた。下山予定も立ったので、その日のうちに帯広に入れるよう電話でバスの予約をする。旭川駅前から帯広行のバスは運行しており空きもあるとのことだったのでその場で1席確保してもらった(4000円弱だったかな)。と同時に、しばらく連絡を入れられていなかった先輩のお母様にもメールを入れて今日の動きを伝えることに。結局夜21:00頃に帯広に到着する私を、わざわざ車で迎えに来てくださるという。ありがたいことだ。

中岳を過ぎてゆるやかに下っていくと、左手前方に向かってトレイルが九十九折になりはじめた。急に高度を落とした先には、目指した温泉の姿が!うわー!なんだこれ
このガレの先(写真でいうところの右下あたり)に温泉がある
着いた!
このロケーション、湯温、深さ、人の少なさ、、、これは入るでしょう。全裸でいくでしょう。
この眺め!
最高の泉質!湯温も申し分なし。うっとりまったりしているとソロの男性が通過していった、、、とりあえず手拭いを前に当てつつ御挨拶をしてしのぐ。(後でその人に追いついて見てみたら、二日目に白雲岳ピストンのときに出くわした環境庁の調査の方だった。一旦下山してからまた調査のために入山したらしい。長靴を履いていたのですぐに分かった。)

その男性が通過して暫くしてから温泉を上がって着替えて、のんびり珈琲を飲んでいたら今度はソロの女の子がやってきた。このエリアでULザックを背負っていたのは彼女しか居なかったのですぐに二日目にすれ違ったあの子だと分かった。すれ違ったのは北海岳から白雲岳に向かうトレイルの途中だったのだが、その時そこに落ちていた手拭いを拾って道標の跡みたいな棒切れに結びつけておいた、その手拭いの持ち主でもあった。まさかこんなところで再会するとは。彼女は転職活動中とのことで、お休みを使って一ヶ月以上北海道をぐるぐるしているのだということだった。彼女もまた一旦下山してまた登っていたのだったかな(うろ覚え)。
一応立派な看板?があるけれど、その辺に転がっていたw
珈琲を振舞ったりして、そこから彼女と下山し旭川までご一緒することに。どうやらトレランもやっているらしい。どうりで一緒に歩けるわけだ。(大抵私は人と歩くと速すぎると言われて一緒に歩けないことが多い)

とはいえ、何気に彼女の普段のペースよりはずっと速かったらしい。一緒に歩いていて女の人でこんな速い人は会ったことがないと言われた。。。それはそうと、姿見ノ池が近づいてきたら次第に雲行きが怪しくなり、ガスが出て、ロープウェイ姿見駅に到着した瞬間に突然豪雨に。間一髪!自分のペースで歩いていたらこの雨にやられてましたありがとうございますっ!と感謝されてしまった。まぁ雨を避けられたのは偶然だったけれど、とりあえず良かった良かった。
ロープウェイはガスガスw
幼稚園児達が遠足で上がってきていたのだけれど、何も見え無さすぎてなんか可哀想・・・
ロープウェイを降りたら雨は止んでいたので良かった。一緒にまずはご飯を食べて一旦解散、私は近くの温泉へ入ってからバスで再度彼女と合流し旭川へ。そしてバスに乗っている間に再び豪雨・・・
よく運転できるなぁ、、、と感心するくらい視界が悪くなって物凄かった。
旭川駅で彼女と別れ、私はビールなどを買い込んで帯広行のバスに乗車。長距離バスに乗る頃には雨もすっかり止んでいた。通る予定の道路が崩落したとかで、高速から普通道へ、普通道から高速へとルートがちょいちょい変わってはいたものの、ほぼ予定通り帯広に着いた。

帯広でザックを背負って立っていたら、先輩のお母様と、お姉様とその息子さんに発見された。お母様は一人暮らしをされているということだったので、途中お寿司やさんでお寿司をご馳走になってからそのままお母様のご自宅に泊めていただくことに。

一週間ずっと山に篭っていて、停滞こそ長かったもののそれなりに疲れていたはずだけれど、話を始めたら止まらなくなってしまって、結局眠ったのは朝4時半くらいだった。昔の写真とか、本人が持っていた本やCDとか色々見せて貰った。自害の本当の理由なんて彼自身にしか分からないけれど、省庁勤めで真面目に立派に仕事をして、自分なんかより余程稼ぎだって良かったに違いない彼のような人がどうして自ら命を絶ってしまったのかと思うと本当に悔やまれてならない。彼がこの世を去ってから半年くらいでお父様も亡くなってしまったとのことだったけれど、そんな辛い状況でも一人気丈に生きていらっしゃるお母様とたくさんお話しができたことは本当に良かった。あと、とりあえず捨てないで全部とってあるけど私全然音楽わからないから、記念に何か持っていっていいよ、と言われてこのCDを頂いてきた。大学時代の私の友人ならばこれを見てアッと思うに違いない。今、これ、私の手元にある。ジャケットは色褪せていたけれど、これ聞くと色々と思い出すなぁ。

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2016/09/03 (Sat) 曇り(下界)
朝から秋刀魚を焼いて頂いたりして遅めの朝ごはんを食べてから、ご自宅近くの池田ワイン城というところへ観光。
池田町からほど近いところにある音更町 へは車で送っていただき、最後に音更の友人のところへ顔を出す。東京に住んでいた時は1年くらいご近所だったけれど、まさか嫁いでこんな遠くに行ってしまうとは思わなかったなぁ。パンを焼くのが好きなのは聞いていたけど、まさか編み物もこんなに上手いとは・・・存じ上げませんでした。
オトプケニットの中の人。
彼女も夕方から帯広に用事があるとのことだったので、二人で一緒にタクシーで帯広へ。時間的に結構ギリギリになってしまって、タクシーを急かせて空港にチェックイン。先輩の実家で食べた朝食以来食べ物食べてないんですが!(豚丼食べたかった・・・)
空港で唐揚げかなにかを頬張りながら搭乗手続きをしてドタバタと飛行機に乗りましたとさ・・・

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自宅に戻ってから、真っ先に、テントを修理に出した。私が愛用しているのはエスパースのマキシムミニ(現在廃盤)という1-2人用テントだ。キツネに齧られた穴を修理してもらおうと思ったのだが、一緒に直して貰えるところがないかとあちこち見ていたら、フライのシームが古くなって剥がれているのがわかったので、シームを全てやり直してもらった。一週間経たずに綺麗に修繕されたテントが戻ってきて、日本メーカーの底力を痛感したものだ。それからレインウェアの撥水を見直した。すっかり撥水の落ちたレインウェアはもう意味がないのかもしれないと思ったけれど、専用洗剤で洗ったり乾燥機にかけたり撥水スプレーをかけたりすることで大分性能はあがった。

トムラウシの遭難事故の本に書いてあったが、命を落とされた方と生き延びた方の境目は、元々の体力の差こそあれ、防水性能のきちんとしたレインウェアを着ていたどうか、レインウェアの下に保温用のインサレーションを着ていたかどうかだったといって過言ではないそうだ。全員ゴアテックスまたはそれに準ずるレインウェアを着ていたらしいのだが、ウェアがきちんとメンテナンスされていなかった人が命を落としているのだということだった。私もそれなりに何年も山をやっていて、自分ひとりである程度あちこち行けるようになって経験値は上がっているけれど、持ち物は確実に古くなっていて、状態が悪くなっていることにはなかなか気付けていなかった。私は何かと物持ちが良くて、色々なものを大切に、長く使うようにしているのだけれど、それらの道具がきちんと性能を発揮できない状態になっているのであれば、メンテナンスをしたり、それでもダメな場合は買い替えたりするべきなのだろう。道具は飾りではないし、登山用の服はファッションではない。いずれも自分の命を守ってくれる大切な山行のパートナーだ。これから先、手元にある道具や服はどんどん古くなるけれど、常にコンディションを見て、メンテナンスをして、ダメな時は見切りをつけながら、自分の山行に最も相応しい道具や服と一緒に山に行きたいと思う。

北海道は広くて、山のスケールも大きくて、そして初めて入るには勝手が分からなさすぎて、土地勘もないし、山ではトレイルの具合がわからないし、下界に降りてもバス・電車の様子がさっぱりわからなかったけれど、色々な人に助けられてなんとか旅を終えることができた。こんなに長いこと停滞するのは初めてだったけれど、とにかく安全に下山することだけを第一に考えて行動できたのは良かったと思う。あと、以前持っていたラジオを失って以来、長いこと手元にラジオがなかったのだけれど、今回の夏休みの1-2日前に思い立って突然買いに行き、それを持って行ったのも本当に良かった。もっと天候が悪くなったらマズイ、と思って予報もわからずに突っ込んでいたらきっと大変なことになっていただろう。ある程度先が見えていて、この日になったら動けるだろう、という見込みがあったからこそ余裕をもって停滞できたのだ。

とりあえず今回は事故なく山行を終えることができたので良い夏休みだったとは思うが、次行く時は是非トムラウシを含めた縦走コースを踏破してみたい。しかし改めて思うのは、天気、日程、アクセス、色々な意味で、多くの人にとってトムラウシは遠く深く憧れの山なのだろうなということだ。きっと事故で命を落とされた方々も、長く憧れてやっと到達した場所だったに違いない。そしてきっと、亡くなった誰もがお天気のいい日に歩きたかったなと思いながら意識を失っていったのだろう。ショッキングな事故だったけれど、今こうして幸運にも山に行ける私達が事故から学べることはまだまだたくさんある筈だ。

道程の後半で山以外の要素が混ざってきて、ブログとしては若干収拾がつかない感じになってしまったけれど、色々なことを考えさせられた旅となった。とにかくあれだ、山で死んだらいけない。無論、下界で死んでもいけない。

2017/01/03

20161231-20170103_積雪期北岳(前編)

実にのんびりできた年末年始の山行だった。かといって何もなくぼんやりしていた訳でもない。歩きたかったルートは全然歩けなかったし、停滞を想定して持参した本なんて殆ど読まずに終わってしまったけれど、それでも良い山行だったなと思う。ここのところあまりガツンと重たい山行が無かったけれど、今回はそれなりに、私なりに"重いの"ができたと思っている。たまにこれくらいのをやらないと感覚が鈍るな、そう思わせてくれる山行だったように思う。

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性格というものは山をやろうが何をしようが変わりがないもので、優柔不断な私は相変わらず出発当日の12月30日まで行き先を迷っていた。ひとつめの候補は白馬岳、栂池高原からのピストン。この時期リフトが営業していないとのことで人は少ないかもしれないと踏んだチョイス。ふたつめは八ヶ岳、夜のうちに小淵沢から徒歩で観音平までアプローチして(約2時間)、キレットを超えて北上、可能なら黒百合ヒュッテまで歩くロングコース。みっつめは北岳、条件さえ良ければ間ノ岳、農鳥岳と周回できるかも知れないという希望拡がる夢と憧れのルート。

まずはじめに候補から消えたのは白馬。候補の中で一番天気が悪そうだったため。そして当日まで迷っていたのは八ヶ岳と北岳だった。北岳のアプローチに使うバスはすでに押さえてあったが、キャンセル料が100円だったのでキャンセルするのに抵抗はなかった。小淵沢までは高速バスだと底値1500円くらいなのだが、既に日程が迫っていたのと年末年始なのとで価格が高騰しており、電車で行くのとほとんど変わりがなかったので、もし八ヶ岳に決めるのであれば電車でアプローチしようと思っていた(もうね、この頻度で山に行ってるとコスパ物凄く大事ね)。

17時に天気予報を確認すると八ヶ岳も北岳も天気は似たようなものだった。さてどちらへ行くのか。バスのキャンセルのリミットは19時、仕事を18時に終えてそこから1時間みっちり悩む。天気とか、交通費とか、山行そのものの難易度とか、アクセスの良さとか、勿論どれも行き先決定のための重要な要素だったけれど、私が今本当に「行きたい」のは北岳だ。自分にとっては少しだけ難しいかもしれない、だからこそ到達できないかも知れないピーク。でもそろそろ手が届くかも知れない憧れの場所。そうだ、北岳、行こう。
冬靴はGreat Cossy Mountainの10 FATBOBに入れて持って行く。
本当はこれ10 FATBOBではないんだけど、以前買ったキューベンを渡して作ってもらったもの。
正規品よりも少し分厚い。
仕事納めの12月30日はザックを担いで会社に来ていたのでそのまま会社で時間を潰す。8:55新宿発の高速バスに乗り込んで身延にほど近い飯富バス停で下車すると、昨年と同じ場所でビバーク(ただの道路脇です)。
道路向かい側にコンビニがあって便利。あれこれ買出しに行ってはトイレを拝借。ありがたいです。
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2016/12/31 (Sat)
9:00 奈良田温泉
↓ - 3:10
12:10 あるき沢橋BS
↓ - 0:15 (休憩、装備交換等)
12:25 あるき沢橋BS
↓ - 2:01
14:26 池山御池小屋
↓ - 2:19
16:45 幕営地2700m付近

持参する食料はほとんどがアルファ米とフリーズドライ食で、年越し蕎麦的なものがないので、下界で最後のご飯は特盛りどん兵衛に。ひとつで684kcalという暴力的な蕎麦を食べ、7:35のバスに乗って奈良田温泉へ向かう。
後乗せサクサク!w
バスがやってくるとほぼ満席だったが登山客は少なめだった。そして奈良田に降りたのは私含め3人のみ。いずれも私と同じか年下と思われる男性で、ひとりは私と全く同じルートを行くとのこと、もうひとりは相当この界隈の山に詳しそうなマニアで、お休みが全然取れなかったから笹山ダイレクト尾根をピストンするとのことだった。笹山ピストンてかなりの物好きだと思うが・・・。

3時間程度を見込んだ林道歩きのスタートは、このゲートを乗り越えることから始まる。笹山ボーイに「乗り越えるの大変なんで、二人で協力して行くといいかも!」と言われたものの、なんとゲートの一部が解放されていたので、そのままそこを潜って第一関門突破。何故この扉が空いていたのかは不明。
右下が開いている。
ゲートより手前の駐車スペースにはたくさん車が停まっていて、ああ二人だけじゃなくてよかった、
と胸をなでおろす。踏み跡はきっとあるはずだと一安心。
単調、且つ、雪など一切ない林道歩きが続く
ここから突然はじまる激登りw
夏に一度池山吊尾根を歩いたことがあったので最初の急登の心構えはできていたつもりだったが、それにしても急だ。誰かが落ちてきたら下にいる人全員巻き添いを食らいそうな斜度。(リンク先の過去のブログ記事の作風が今と大分違うのはご愛嬌ということで・・・)

同じルートを歩こうとしていた小林くんという男性とは途中まで抜きつ抜かれつしていたが、結局私が途中からブチ抜いてしまって先に池山御池小屋に到着。まだ時刻は14時半、CT3時間のところ2時間で到着してしまった計算になる。これはもっといけそうだな。
池山御池。雪が全然なくて水が作れない。。。
逆に、ここから往復1時間かかる水場は凍結しておらず使えるとのことだった。
中はもういっぱい・・・
事前に調べたところによると、砂払の下あたりに幕営地があるとのことだった。いずれにしても、まだ先に進んでいる人は何人も居るだろうし、どこの幕営適地がどのくらいのパーティーでどのように埋まっているかわからないので、地形図を見ながら幕が張れそうなポイントを探りつつ登ることに。

しかしここはどうかな、と思うところにはほぼ全て既に先客があり、なかなか割り込んで張るのには勇気のいる感じ。そうこうしている内にどんどん高度は上がっていってしまう(寒いんじゃないか?)。
富士山どーん!なポイントも張れそうだったけれど、もう少し上へ。
樹林の隙間から間ノ岳と農鳥岳の様子がちらほら見え始める
2700mを越え、ここが最後だろうと思われる平場で手を打つことに。ここを過ぎたらすぐボーコン沢ノ頭だろうし(実際ボーコン沢ノ頭まで歩いて15分ほどだった)、これより上に行ってももう平らなところは無いはずだった。トレイルを挟んで左側、丁度曲がり角の外側には既に誰かが幕を張った跡があったので、そこに張る方が楽そうだったが、人が一晩過ごしたであろうことが窺える黄色いシミ(ご想像ください)が点在していたのが気になり、トレイルを挟んで右側、曲がり角の内側に穴を掘って今宵のお宿とした。
担いで来た青鬼で乾杯!寒い、けど美味い〜
写真奥側は割と掘ってある。
手前はトレイル(というか、踏み跡)で踏み固められていたのと、特に風もなかったのでブロックは積まず。
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2017/1/1 (Sun)
12:00 幕営地
↓ - 0:15
12:15 ボーコン沢ノ頭
↓ - 0:50
13:05 八本歯のコル
↓ - 1:00
14:05 北岳山頂
↓ - 2:02 (写真を撮りながらのんびり)
16:07 幕営地

新年を迎え、日の出は6:50頃とのことだったが、少し起きるのが遅くなりボーコン沢ノ頭に到達する前に日が昇ってしまった。まぁ、天気が良くてしっかり初日の出を見られただけでも十分だわ、とも思ったが、日の出のタイミングでボーコン沢ノ頭まで行っていれば北岳バットレスが赤く染まるのを見られたのだなぁ、と思うとちょっとだけ残念でもあった。

予定ではこの日、北岳のピークを踏んでから間ノ岳方面に向かい、北岳山荘の冬季小屋(避難小屋)に泊まる予定だったので、テントを畳んで全て背負った状態で登り始める。私よりも標高の低いところで幕営していた人達は、私よりもずっと早起きをして山頂を目指して進んでいたので、私が歩き始めた頃には私の前に何人もの登山者がいた。わざわざ大晦日に上まで上がっておきながら、私は何をしているんだか・・・(ただの朝弱い人
ナイスビュー!!
少し高度を上げると、そこには間ノ岳と農鳥岳のピンクに染まる姿が!息を飲むほど美しい。
暫し撮影に興じた後、ボーコン沢ノ頭に向かって更に高度を上げる。しかしふと前方を見ると、幕営装備一式が詰め込まれたであろうザックがいくつも転がっていた。これを背負ってここまで上がってきた人達が、その荷物を打ち捨てて空身でボーコン沢ノ頭へ向かっているのだろうか???頭の中にクエスチョンマークが並ぶ。そして上を見ると耐風姿勢でじっと堪える男性がひとり。え、まさかそういうこと?
最後僅かに斜度のきつくなった登りを上がり切り、見え隠れしていた道標の全容が明らかになってボーコン沢ノ頭に飛び出すと、そこには雄大で威厳のある、荘厳な北岳バットレスの姿があった。うわぁ、これは素晴らしい。。。と思ったのと同時くらいに突風に襲われる。体を後ろへグンと押してきたのは、他でもない風だった。そう、ものすごい風が吹いていたのだ。

ひとりだけ、北岳山頂を目指すアタックザックの男性が視界に入る。彼はバットレスに見向きもせず淡々と先へ進んでいた。結局彼がこのとき山頂に届いたのか、それともこのあと引き返したのかはわからないが、彼以外に先へ進む人はひとりも居なかった。彼が進むのを見て、私も少しだけ先に進もうと試みたものの、5mと進まぬ内に諦念。。。これは無理だ、こんな平らなところも真っ直ぐ歩けないようでは、まだ見ぬ難関である八本歯などとても越えられはしないだろう。今さっき畳んだテントを再び張るのは悔しいし面倒臭いけれど、致し方ない・・・仕切り直すしかない。
来た道を戻る・・・
戻ってくると既に自分がテントを張っていた場所には先客があったので、再び私は要塞を作ることに。昨夜と違って今日は風が強いので、しっかりした要塞を築かなくてはなるまい!ということで、暇に任せて頑張ること1時間半ほど・・・。黄色いシミがーとか言っていられないので汚いところは掘って遠くにポイ!
ブロック切り出せるほどでもなかったけれど、どうにかこうにか要塞が完成。
奥は前日まで私がテントを張っていた場所に現れたお隣りさん。
風で歪む我が家、とその向こうに富士山のナイスビュー。
今回一度も履かなかったスノーシューは、この場所での幕営時にアンカーとして活躍。なんと重たいアンカーなのだろう・・・。今日はとりあえずここで停滞だなぁ、しかし明日からはもっと風は強くなるだろうし、はてどうしたものかとぼんやりしながら雪を溶かして水を作りつつ午前中をやり過ごしていた。

ちょっと長くなったので後編と分けます。
後編へ続く