2017/07/02

20170702_第19回北丹沢12時間山岳耐久レース

私には、一方的に目標にしていた人がいた。その人はどんなレースでも、一緒に出れば必ず私よりも速くて、絶対に勝つことはできなかった。彼女はロングレースに強いようで、私よりも圧倒的に速いタイムでゴールしているレースもたくさんあったけれど、入賞すればいつだって順位はひとつ違い、歳もたしか近かったと思う。手が届きそうで届かない目標だったその人を、今回、初めて抜いた。

優子さん、ありがとう。私はまたあなたとレースで闘いたい。

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青根キャンプ場に前乗りして本番に臨むいつものスタイルで今年も参戦。もうかれこれ5年連続出場となるキタタン、タイム表は6:15, 6:25, 6:30, 6:35, 6:45と5パターンを揃えて挑む。昨年6時間34分でゴールしていたので、その時の区間タイムをもとに組んだ。今年は昨年より走れていない気がするし、今年の5月の奥久慈トレイルも昨年より30分くらい遅かったから、強気な予想ばかりではなく弱気なタイムも計算しておくことにした。
ブリーフィングの様子。楽しかったw
初めてブリーフィングに出席したのだが、そこで早速優子さんの姿を見付けて声を掛ける。去年のキタタンで話して以来だったので、向こうは私のことは覚えていない様子だったけれど、いつも追いつかないけれど今回は少しでも追いかけられるように頑張りますと伝えた。優子さんは今回は全然ダメだから〜なんて話していたけれど、きっとそんなことないはず・・・。試験前に全然勉強してないよ〜と言うクラスメイトみたいな感じなんじゃないのか、なんて話しながら仲間と乾杯。
ビールとかノンアルコールビールとかお茶とかで乾杯。
お茶で乾杯している彼女はサブ⒊5の走力を持つキタタンビギナー。結果はいかに。
レース当日。明け方にはかなりの降雨があり、雨レースになるのかとヒヤヒヤさせられたが、朝になると雨は止んだ。キタタンビギナーであるチームメイトのまりこさんはマラソンで3.5の走力を持ち、過日の奥三河パワートレイルも完走している強いランナーだ。でもキタタンはキタタン、私は負けるわけにはいかない。けれど私は勝てる根拠となるような練習を積んでいる訳でもなく自信も全く無かった。競おうと思うと今回は優子さんとかまりこさんとか、相手が二人いるというだけでもう私には情報量が多すぎてパンクしそうだったので、とにかく前回の自分よりも少しでも速くゴールできればそれでいい、そう思ってスタートを切った。毎度のことながらお腹は痛い。。。
昨年も完走している私とタケさん、そしてフルマラソンのタイムが良いまりこさん、3人は揃いも揃ってウェーブ前半の6:30スタート。毎度ながらきつい舗装路の登りをのろのろと走り、斜度のきつくなったあたりで優子さんが視界に入った。ついていけるところまでついていきたい、そう思って背中を追いかけたけれどジワジワとその差は広がっていく。嗚呼、こんなに急なところも彼女は走っていくんだ。この差なんだ。圧倒的な強さを見せつけられ、そうこうしている内にも彼女は見えなくなってしまった。このまま一度も会えずに終わってしまうのだろうなぁ、そんなことを思いながら、早くも走れなくなった私は歩きに切り替えた。

一旦トレイルに入って渋滞し、渋滞したまま下りきると再び舗装路だ。舗装路終盤、鐘撞山の登りに差し掛かる一歩手前のトンネルの登り坂で私が止まりかけていると、脚の綺麗なお姐さんが何か声を掛けてくれたので必死になってついていった。なんとかそのトンネルを走りきることができたのは彼女のお陰。このトンネルを走って抜けたのは始めてかもしれない。引っ張って貰って本当にありがとうとお礼を言い、辿り着いた給水所で水を補給すると、いよいよ鐘撞山を目指してトレイルに突入した。因みに今回は気温高めの予報が出ていたのだけれど、実際は割と気温も低めで風もあり、条件は悪くなかったと思う。
以前ブログにも使った画像なので、左上のキナバル山云々というのは今年は関係ないです
鐘撞山の登りの斜面は壁みたいに立っていて、毎回何事かと思わされるのだけれど、今回も例に漏れず何事かと思わずにはいられなかった。そして尾根に出てもまだまだ登らされてようやく県境尾根分岐へ。そこから一気に下って神ノ川ヒュッテの第1CP。鐘撞山から県境尾根分岐へあがる途中あたりに落石による怪我人がいたことや、神ノ川ヒュッテに向かう下りでかなり詰まっていたことが理由で大分タイムが遅くなった感じがしていたのだが、蓋を開けてみると所要時間3時間、去年とほぼ同じペースだった。CPに着くと、応援のために一緒に前泊までしてくれているKMDの私設エイドが、美味しいスイカとコーラで出迎えてくれた。また冷たいものの飲み過ぎ食べ過ぎでお腹壊すかなぁと思いながらも、ついついガブガブバクバクと飲み食いしてしまう。20分ほど前にタケさんが来た、まりこさんはまだ、女子は15番目くらいと聞かされ、あまり長居できるほどの時間的余裕もないので、ひとしきり補給をするとCPを出発した。この時点ですでに前に女子は14人もいるのか・・・

400m以上登って日陰沢源頭に着くと、今度は林道のダラダラした下りに差し掛かる。日陰沢源頭までの登りで、自分のいたパックの先頭の人が自分のペースよりもかなり遅かったのだが、なかなか抜かせてもらえなくて、どうにか抜くことができた頃にはもう源頭間近だった。もう少し、ここは登りでタイムを稼ぎたかったな。。。

そしてようやく飛び出した林道セクション。それなりに走り、ここでは女子を一人抜いた。けれども昨年のように脚がどんどん前に出ていく感じがない。ギアが一段上に入らない。ギアを入れてもすぐに元に戻ってしまってキープができないのだ。ああこれが練習不足の結果なのか。時刻と標高を見比べて、これは第二CPに予定通りには辿り着けないなぁとか考えながらとりあえず進んでゆくのだけれど、6時間35分にゴールするための第二CP到着目標タイムから3分経っても5分経っても7分経っても、一向に第二CPが現れない。一体去年よりどれだけ遅いんだ!?そうこうしている内にようやく現れた第二CP、時計をみると去年より10分も遅かった。そんなにか。そんなになのか。

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公式エイドでクリームパンとプチトマト、OS-1を飲んで少し進むと再びKMD私設エイドが現れた。10分も遅い、ダメだー、何がそんなに遅いんだろうー、などとひとしきり話を聞いてもらって再出発。頑張って!と激励され、姫次の登りは割と得意なので頑張りますと返事をしてエイドを後にした。普通に考えて10分をこの後巻き返すのは難しいと思ったけれど、PBを諦めたら今度は一体何を目標に進めばいいのか。とりあえず少しでも早くゴールすること、それだけが目下の目標となった。

さあ泣いても笑っても最後のひと山。登り始めると案の定調子は上がってきて、私の脚が私自身に対して止まろうよと誘いをかけることが一切なくなった。どんどん行けよ行けよと呼吸を煽る。人がトレイルのわきによけて私に道を譲る。女の人に追いつかないかなぁと思いながら定期的に前方に目線を送っていると、ようやくぼんやりと女性らしいシルエットが見えてきた。その人にジワジワと近付いてきて、その後ろ姿が優子さんだとわかると、嬉しいのと、何故か恐ろしいのと、色々な感情が渦巻くまま後ろに張り付いた。でも自分がすぐ後ろにいることがわかったらきっとまた引き離されてしまうのではないかと思って、暫くの間は声もかけずに着いていくことにした。黙ったまま引っ張ってもらうのが一番体力温存になりそうな気がしたし、そもそも彼女を打ちのめすほど圧倒的な速さでブチ抜けるほどの余力もない。目標としていた人は目の前にいる。

一緒になって進んでいる間、彼女が私に気付いていたのかどうかはわからないけれど、彼女の調子はどんどんあがっていった。彼女が人を抜き、私と彼女の間に人が入り込んだことも何度もあったけれど、彼女が抜いた人は私も抜くという作業をひたすら繰り返した。その作業の間に女子も何人か抜いた。抜いた女子の中には、鐘撞山手前のトンネルで私を引いてくれたお姐さんもいた。そう、ここで優子さんから離れるわけにはいかないのだ。しかし彼女はほんの僅かな下りでもササッと走っていくし、木段のようなところでの足さばきがとても上手いので、ちょっとの気の緩みですぐに私は引き離される。いよいよ本当にダメかと思うほど引き離されたこともあったけれど、それでもどうにか食らいついていると、姫次の手前の登りでいよいよ自分のペースが彼女のペースを上回る瞬間がきた。それでも後ろにつくべきか、それとも一気に抜くべきか、私の一瞬の迷いを突いて彼女が声をかけてきた。

具体的になんと言われたかは正直覚えていない。けれど、いいねーどんどん行っちゃって!ってそんなようなことを明るい声で言われたような気がする。私が同じ立場だったら、そんな風に言えるだろうか。自分のことを抜き去って順位をあげようとしている相手がいたとして、その人に対してそんな愛に溢れた言葉を掛けられるのだろうか。そう思ったら、メラメラと闘志を燃やして後ろにひっついていた自分が突然恥ずかしくなった。優子さんは強い。なんだってそうだ、本当に強い人は優しいのだ。私は弱いからこういう闘い方しか出来ないけれど、本当に強い上位層の人達がお互いに仲良く会話をしたり称え合ったりしているのってきっとこういうことなんだ。次のレースでは勝つとか、次は負けるかもしれないとかいう相手と仲良くするなんて、表面的なものなんじゃないのかなんて思っていたけれど、きっと本当はそうじゃないんだろうな。

姫次に到着し、私が施設エイドの方々から1杯お水を飲ませて貰っている間に、優子さんは補給もせず私を抜かして走っていった。折角登りで抜いたのに、水の補給で抜かれるなんて勿体無い(しかも水はまだ十分持っていて、冷たいのを飲みたいというだけで止まって補給しただけなのに)!そう思ってすぐに追いかけて追いつくと、彼女は私に「行けるなら抜いて行ってね」というような声を掛けてくれた。それは決して、後ろから追われて鬱陶しいから先に行けというようなぶっきらぼうな言い方でなくて、彼女が私を選手としてリスペクトした上で前を譲るよという言い方だったように思う。

少しだけ後ろについたまま走っていたけれど、「もう少し行ってみます」と声を掛けて、いよいよ優子さんを抜かせてもらうことにした。うん、行きなー!という声がして、私はもう後には引けない、引かないと覚悟を決めた。一気に転げ落ちるように、集中してトレイルを進む。木段でテンポを挫かれそうになると宙空に浮かんでコンマ何秒というような時間調整をしながら次に足を置くポジションを目で計算する。キロ4分半を切るぐらいのスピードでひとしきり進むとトレイルが平坦になり、少し速度が落ちたところで後ろを見るともうそこには優子さんはおろか誰も居なかった。因みに姫次の時点で、私より先を走っている女子とは8分くらい開いていると聞いていたので抜ける気はしなかったけれど、とにかくゴールまで優子さんに抜き返されないようにとそれだけを目標に頑張ることにした。これで抜き返されていたのでは、折角前を譲ってくれた彼女に対して申し訳ないような気がした。

平丸分岐からは毎年苦戦させられる急な下りに切り替わり、思うように走れなくなる。ここからラストの5キロ、もう脚も疲れてきて大したペースで走れず、ここを優子さんが普通に走ってきたらきっと抜かれるんだろうなぁと思いながらも、自分に出来る最大限のペースで着実に進むことに集中した。毎年熱中症が続出するセクションなだけに、必要以上に水を頻繁に補給しながら進むこと暫し、ようやく舗装路に出て水を頭からかけてもらうとそのままゴールへまっしぐら。自分にとって満足のいくレースだったかというとそうではないけれど、またひとつ素敵なレースの記憶が増えた。記録は6時間40分16秒、総合10位、年代別6位。第二CPで昨年より10分遅くなっていたタイムをゴールまでに4分巻き返し、昨年より5分38秒遅れでゴール。優子さんは7位だった。
39歳以下の部表彰。年齢の幅が広いんですけど・・・
ゴール地点で待ってくれていると思っていた応援のKMDも、先にゴールしているはずのタケさんも誰もいなくて不思議に思っていると、第一CPまでに20分も私を引き離したタケさんを私が後半追い上げたらしく、丁度タケさんが36秒前にゴールしたところだった。そちらが盛り上がっているうちに私がゴールしてしまったのだ。それから30分ほどするとまりこさんも無事ゴール。負けてしまうかもとヒヤヒヤしていたので負けずに済んでホッとしたけれど、そういうライバルが居るということも素晴らしいことだ。

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キタタンは、NESチャンピオンシップという全4戦のシリーズ戦の最終戦でもあり、シリーズでエントリーしていた友人は家庭の事情で今回DNSだった。これまでの3戦を全て闘い抜いてきて、最終戦に向けて私なんかよりも余程練習を積み重ねていたのにDNSというのは、聞いているだけでも辛かった。私はこうしていつもレースにエントリーして、当日まで怪我や事故、やむを得ない事情でのDNSもなく走らせて貰えて、完走できるということはそれだけでも本当に有難いし貴重なことだ。この環境と境遇がいつまで続くのかはわからないけれど、今与えられている状況には心から感謝したい。そしていつも表彰台に上がるより先に必ずビールを飲んでしまう、格好良くて愉快で素敵な優子さん、まだまだ未熟な私を受け止めてくれて本当にありがとう。次に優子さんと走るのはおそらくハセツネだ、タイム差は1時間以上あるけれど、少しでも近付けるように秋までまた頑張ろう。

2017/01/04

20161231-20170103_積雪期北岳(後編)

前編はこちら

9時過ぎに要塞ができてから、暫くの間テントの中で様子を見つつ過ごす。この場所は丁度携帯の電波も入ったので天気予報もブラウズできて都合がよかった。要塞を作る間、いくつものパーティーが通りすぎて行ったが、私とお隣りさんのテントを見ては「え、上ダメですか」「え、停滞ですか」と声を掛けていった。そして数十分後に引き返してきては「ダメですね無理ですね」と報告をしていく。そうでしょう無理でしょう。全員が戻ってくるのを見ては、自分の判断は間違ってなかったなと胸をなでおろす。そうこうしている内にもどんどん風は強くなっていく。これはもう太刀打ちできる風ではない。

しかし11時を過ぎると、少しずつではあるが風が弱まってきた。お隣りのテントの3人組はその時軽く宴会を始めていたらしいが、風の弱まりには気付いたらしく、11時20分頃になるとボーコン沢ノ頭までとりあえず散歩だといって軽装で出発をした。

私はその頃雪を溶かして水を作っていたのでそのまま彼らを見送り暫くテントの中に居座っていた。しかしいくら待っても彼らが戻ってこないという現実と、風が弱まってからかれこれ1時間近く経過し、今もまだ弱まったままだという事実を鑑み、自分もいよいよ北岳の山頂を目指すことにする。とはいえ、いつまたあの突風がやってきて稜線で身動きが取れなくなるかも分からない。シュラフカバーとダウン、行動食とサーモス、エマージェンシーなどを急いでザックに詰め込むと、テントを出た。

ボーコン沢ノ頭に到達するとそこは無風だった。今朝の強風が嘘のようだ。数時間でこんなにも違うものかと驚く。これはいけるかもしれない。そのまま歩みを進めていくと、遠く小さく三人組の姿も見えてきた。
踏み跡はしっかり
段々と斜度が出てくる 
一旦降ってまた登る。ここのロープ×岩と雪のミックスは結構嫌らしかった。慎重にゆく。
ちょっと写真だとわかりづらいけれど、今からこのロープ伝いに降るところ(八本歯より手前)
荷物が大きかったら、結構大変そうだなぁ
山頂まであとすこし!と思うものの、なかなか着かない・・・
際どいトラバースもいくつか越えたが、どこも踏み跡があって踏み固められていたので安心感がある。流石にノートレースだったらきっと心が折れてしまうだろうなぁ。。。
吊尾根分岐点に到達。ここから左に行くと北岳山荘方面(間ノ岳方面)、右に登ると北岳山頂
吊尾根分岐点に到着して尾根に乗ると、途端に風が吹き始めた。下があれほど無風でもこれだけの風があるのか!ならばボーコン沢ノ頭であんなに強風が吹き荒れていた早朝にここに突撃していたら一体どれほどの風だったのか。想像しただけで足がすくむ。

ここから一気に壁のようなルートが現れ、ピッケルのピックを打ち込みながら攀じ登ること暫し。そこを抜けてすこしだけ尾根を進むと、嗚呼、遂に現れた北岳のピーク!
三人組に追いついたので写真を撮ってもらう。登頂したぞー!
なんと美しき頂か。しかし風はそれなりに強く、じっとしているとすぐに体温を奪われる。急いで撮影を済ませ、即撤収。
がっつり一眼レフな方が写真を撮る様子を私が撮るw
登ってきた夏道を後ろ向きに降りていく二人を見つつ、
もう一人が左の尾根の方が安全そうだといって歩き出す。実際尾根上の方が安全だった・・・
吊尾根分岐に戻ったところで、初日にバスが一緒だった小林くんとすれ違う。私と同じルートを行こうとしているだけあって、幕営装備を全て担いだスタイルでこの尾根に上がってきた。彼は初日に池山御池小屋までしか登らなかったらしいが、今日は午前中の強風を途中待機で見遣って、このタイミングを狙ってアタックしてきたとのことだった。

かたやアタックザックの私。この人行くのかな、行ける人がいるのに私はいかないのかな、、、色々な思いを抱きながら彼を山頂へと見送る。全て担いでここに来ている彼に対して羨ましいと思う気持ちはとても強かった。

いずれにしてもこれから私がテントを畳んで北岳山荘に向かうことはできないので、三人組と共にテントに引き返す。
楽しき三人組
この三人組、何が面白いかって・・・
ベストショットが撮れる!ということで撮影会が始まりまして 
これが延々続くわけですよw
そして撮っていただいたのがこんな写真 photo by Hasegawa-san
ありがとうございます。photo by Hasegawa-san
テントに戻り、こちらの夕飯は相変わらずのアルファ米とフリーズドライのおかずだというのに、三人組はどうやらジンギスカンを焼き散らかしていたらしい。テントから顔を出すと肉テロが物凄いため私はそっとテントを閉じた。けしからん、実にけしからん!

今回はお正月ということで日本酒を持ってきていた私は、ペットボトルに入れ替えた300mlだけの上善如水をチビチビやりながらアタリメを齧っていた。これはこれで美味しいのだ。しかしなかなかどうして質素な夕飯にもかかわらずすぐにお腹がいっぱいになってしまってそこから先の嗜好品が進まない。運動量は確かに少ないかもしれないが、標高の高いところにいるだけでカロリーの消費は激しい筈だ。だとしたらこれはなんだ、いつもの高度障害か。

午後の山頂アタックでは幸いにして高度障害はそれほど出なかったため割と良いペースで登れたのだが、そのことがそもそも奇跡みたいなもので、私は2700-2800mを越えると必ずと言っていいほど高度障害が出る。高度障害が出るとペースは極端に遅くなり、脈拍は上がり、場合によっては下痢をしたり気分が悪くなったり頭痛がしたりする。幸い今回は極端な症状はでていないが、この食欲減退はおそらく高度障害なのだろう。そして標高が高いとお酒のまわりも早くなると言うが、少量の日本酒は弱った私の頭と体を静かに力強く掻き回していった。掻き回されながらも必死に地図を見て、間ノ岳ピストンをした場合のCTを計算したりなどするも、いやこれ午前中だけで戻ってこられないし、午後から風強くなるとか天候悪化するとか言われたらいけないでしょとか考えているうちに300mlであっという間に限界を迎え、そのまま撃沈。もう明日は降りるくらいしかやることはないのか。おやすみなさい・・・

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2017/1/2 (Mon)
10:55 幕営地
↓ - 0:35
11:30 城峰P
↓ - 0:35
12:05 池山御池小屋

夜中は暫く風が強くて眠れず、25時半くらいになって風が止むと今度は一気に気温が上がって暑くて目が覚めた。まさかの0度(暑いわけだ)。暑すぎてダウンを脱ぎ捨て、シュラフから半身出た状態でようやく深い睡眠に入り、そのまま朝を迎える。日が昇ってきて眩しいなと思いながら起床するとはなんと贅沢な。まぁお正月だからいいか。何日目に見た夢だったかは忘れてしまったが、赤い雨が降ってきて何コレって言っていると、遠くに見える坂道を死んだ人達が頭を下にして雪崩れてくるのが見える気持ちの悪い夢があった。その迫り来る死んだ人達は全員が自殺をした人達で、その波に飲まれるとこちらも死んでしまうため、恐ろしくて死にたくなくて、近くにいた仲の良い友人と手を取り合って死にたくない!と言い合っていた。別にそんな怖い思いをした山行でもなかったし、何が引き金となってそんな怖い夢を見たのか皆目見当がつかないけれども。

三人組がボーコン沢ノ頭へ最後の散歩に出掛け、そして戻ってくるのを隣から見守る。自分もテントを撤収してから登りに行ってみることにした。きっとそうそう頻繁に来られるところでもないだろうから。

結局例の小林くんは北岳アタックの後で強風に恐れ慄いて引き返してきたらしい。この強風であの稜線に居たら、進退極まっていただろう。彼の判断も正しかった。私が出会ったすべての人が無事で本当によかった。
バットレスを目に焼き付ける
二日間お世話になった幕営地にお礼をして、降ること一時間ほど。池山御池小屋はまるで秋の里山の体。三人組と再び合流し、穏やかな日差しに包まれながら一杯。
最終日のお酒は黄アーリーのお湯割り。
そして毎日すこしずつ消費してきたbacon smoked nutsとhoney loasted nuts、そして魚肉ソーセージをツマミに。
美味い!合う!! 
シュラフ干し、靴干し。
高度を下げたためかすこしずつ食欲が復活してきた。けれどもアルコールにやられて14時半過ぎに一旦寝落ち(早すぎるw)。シュラフにも入らず、ダウンも着ないでシュラフを掛けた状態で眠っていると、寝ているところすみません、こんにちは、と私のテントに声を掛けてくる人がいた。顔を出すと三人組ではないし、この人いったい誰だろう・・・

ほうとうあるんですけど食べてくれませんかと宣うこのお方、手には360g入りの茹で麺のほうとうがある。汁は大きめのジェットボイルに入っていて、仲には魚河岸揚げみたいな丸いがんもどきのようなものが浮かんでいる。や、美味しそうだし食べたいし。私が予定していた今夜の夕飯はカレーメシだけど、そんなの持って帰るわ。食べます、いただきます。食べきれなかったら明日の朝食べますっ!!と即答して、頂いたのがこちら。
汁は私のジェットボイルに移し替えてもらった
やーほうとう凄い量だし。無理じゃない?と思うも束の間、あまりの美味しさに二度に分けて完食。汁がすこし残ったので、上善如水を入れてきたペットボトルに移し替えて翌朝の朝食用とした。ほうとうは埼玉県のものだったけれど、汁は金沢名物のなんとか、とのこと。ニンニクが入っていてすごく美味しかったのだが、今調べたところによるとこれがおそらくとり野菜みそだと思われる。 前から食べてみたかったものなのだが、まさか山の中で見知らぬ人から配給を受けることになるとは。。。かなり美味しかったし、今度は自分でも使ってみたいなと思った。

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2017/1/3 (Tue)
7:10 池山御池小屋
↓ - 1:40
8:50 あるき沢橋BS
↓ - 3:25
12:15 開運隧道ゲート

ほうとうをいただく直前くらいに三人組から「明日は7時出発くらいで良いですか?」と声をかけられていたので、酔って眠いながらもきちんとアラームを掛けて対応。。。
朝焼けが美しい
朝も早よから撮影をする人々w
ここからは特にこれといって難しいところも何もないのでただただ林道を目指して降りてゆく。
林道に降りて振り返ると、遠くの山々には盛大に雲がかかっていた。このあと林道でも降雪があった。
今日は上の方きっと相当荒れているだろう・・・
Mさんザックでかいよね、Mさんは体大きいからわからないけど、俺が入りそうだよ!
と言ってHさんが並ぶとこんな感じ。ザックでかいw
ワイワイ喋りながら歩くこと3時間以上、ようやくゲートにたどり着いてこの旅は終わった。
このあと温泉に浸かって解散。私はMさんの車で甲府へ。
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行こうとしていた農鳥岳付近の登りは結構険しく、落ちたら止まらないと聞いていたので、もしも本当に行っていたとしたらかなり痺れる山行になっていたと思う。今回は強風という理由で三山縦走ができなかったのだと大腕振って言えるけれど、強風という理由がなかった場合はきっと駒を先に進めない理由はほとんど無くなっていて、先に進まざるを得なかっただろう。

そのまだ見ぬ雪の壁に立ち向かえるのかどうかについては不安があったので、強風という撤退理由があって良かったなと思っている自分がいるのも否定はできない。季節が進んで入山する人が減り、トレースがなくなれば、ここはもう私にとっては難しい場所になるだろうし、また暫くは挑むことさえ許されない厳しいものになると思うが、とても抗うことなんてできないと思えるほどの強風を体感し、白くうねりながら空を割く生き物のような美しい尾根を見ることができ、次にまた挑戦したいと思える対象ができたということが、今回の大きな収穫だったようにも思う。嗚呼、これだから雪山は楽しい。

またいつか会いに来よう。

2017/01/03

20161231-20170103_積雪期北岳(前編)

実にのんびりできた年末年始の山行だった。かといって何もなくぼんやりしていた訳でもない。歩きたかったルートは全然歩けなかったし、停滞を想定して持参した本なんて殆ど読まずに終わってしまったけれど、それでも良い山行だったなと思う。ここのところあまりガツンと重たい山行が無かったけれど、今回はそれなりに、私なりに"重いの"ができたと思っている。たまにこれくらいのをやらないと感覚が鈍るな、そう思わせてくれる山行だったように思う。

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性格というものは山をやろうが何をしようが変わりがないもので、優柔不断な私は相変わらず出発当日の12月30日まで行き先を迷っていた。ひとつめの候補は白馬岳、栂池高原からのピストン。この時期リフトが営業していないとのことで人は少ないかもしれないと踏んだチョイス。ふたつめは八ヶ岳、夜のうちに小淵沢から徒歩で観音平までアプローチして(約2時間)、キレットを超えて北上、可能なら黒百合ヒュッテまで歩くロングコース。みっつめは北岳、条件さえ良ければ間ノ岳、農鳥岳と周回できるかも知れないという希望拡がる夢と憧れのルート。

まずはじめに候補から消えたのは白馬。候補の中で一番天気が悪そうだったため。そして当日まで迷っていたのは八ヶ岳と北岳だった。北岳のアプローチに使うバスはすでに押さえてあったが、キャンセル料が100円だったのでキャンセルするのに抵抗はなかった。小淵沢までは高速バスだと底値1500円くらいなのだが、既に日程が迫っていたのと年末年始なのとで価格が高騰しており、電車で行くのとほとんど変わりがなかったので、もし八ヶ岳に決めるのであれば電車でアプローチしようと思っていた(もうね、この頻度で山に行ってるとコスパ物凄く大事ね)。

17時に天気予報を確認すると八ヶ岳も北岳も天気は似たようなものだった。さてどちらへ行くのか。バスのキャンセルのリミットは19時、仕事を18時に終えてそこから1時間みっちり悩む。天気とか、交通費とか、山行そのものの難易度とか、アクセスの良さとか、勿論どれも行き先決定のための重要な要素だったけれど、私が今本当に「行きたい」のは北岳だ。自分にとっては少しだけ難しいかもしれない、だからこそ到達できないかも知れないピーク。でもそろそろ手が届くかも知れない憧れの場所。そうだ、北岳、行こう。
冬靴はGreat Cossy Mountainの10 FATBOBに入れて持って行く。
本当はこれ10 FATBOBではないんだけど、以前買ったキューベンを渡して作ってもらったもの。
正規品よりも少し分厚い。
仕事納めの12月30日はザックを担いで会社に来ていたのでそのまま会社で時間を潰す。8:55新宿発の高速バスに乗り込んで身延にほど近い飯富バス停で下車すると、昨年と同じ場所でビバーク(ただの道路脇です)。
道路向かい側にコンビニがあって便利。あれこれ買出しに行ってはトイレを拝借。ありがたいです。
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2016/12/31 (Sat)
9:00 奈良田温泉
↓ - 3:10
12:10 あるき沢橋BS
↓ - 0:15 (休憩、装備交換等)
12:25 あるき沢橋BS
↓ - 2:01
14:26 池山御池小屋
↓ - 2:19
16:45 幕営地2700m付近

持参する食料はほとんどがアルファ米とフリーズドライ食で、年越し蕎麦的なものがないので、下界で最後のご飯は特盛りどん兵衛に。ひとつで684kcalという暴力的な蕎麦を食べ、7:35のバスに乗って奈良田温泉へ向かう。
後乗せサクサク!w
バスがやってくるとほぼ満席だったが登山客は少なめだった。そして奈良田に降りたのは私含め3人のみ。いずれも私と同じか年下と思われる男性で、ひとりは私と全く同じルートを行くとのこと、もうひとりは相当この界隈の山に詳しそうなマニアで、お休みが全然取れなかったから笹山ダイレクト尾根をピストンするとのことだった。笹山ピストンてかなりの物好きだと思うが・・・。

3時間程度を見込んだ林道歩きのスタートは、このゲートを乗り越えることから始まる。笹山ボーイに「乗り越えるの大変なんで、二人で協力して行くといいかも!」と言われたものの、なんとゲートの一部が解放されていたので、そのままそこを潜って第一関門突破。何故この扉が空いていたのかは不明。
右下が開いている。
ゲートより手前の駐車スペースにはたくさん車が停まっていて、ああ二人だけじゃなくてよかった、
と胸をなでおろす。踏み跡はきっとあるはずだと一安心。
単調、且つ、雪など一切ない林道歩きが続く
ここから突然はじまる激登りw
夏に一度池山吊尾根を歩いたことがあったので最初の急登の心構えはできていたつもりだったが、それにしても急だ。誰かが落ちてきたら下にいる人全員巻き添いを食らいそうな斜度。(リンク先の過去のブログ記事の作風が今と大分違うのはご愛嬌ということで・・・)

同じルートを歩こうとしていた小林くんという男性とは途中まで抜きつ抜かれつしていたが、結局私が途中からブチ抜いてしまって先に池山御池小屋に到着。まだ時刻は14時半、CT3時間のところ2時間で到着してしまった計算になる。これはもっといけそうだな。
池山御池。雪が全然なくて水が作れない。。。
逆に、ここから往復1時間かかる水場は凍結しておらず使えるとのことだった。
中はもういっぱい・・・
事前に調べたところによると、砂払の下あたりに幕営地があるとのことだった。いずれにしても、まだ先に進んでいる人は何人も居るだろうし、どこの幕営適地がどのくらいのパーティーでどのように埋まっているかわからないので、地形図を見ながら幕が張れそうなポイントを探りつつ登ることに。

しかしここはどうかな、と思うところにはほぼ全て既に先客があり、なかなか割り込んで張るのには勇気のいる感じ。そうこうしている内にどんどん高度は上がっていってしまう(寒いんじゃないか?)。
富士山どーん!なポイントも張れそうだったけれど、もう少し上へ。
樹林の隙間から間ノ岳と農鳥岳の様子がちらほら見え始める
2700mを越え、ここが最後だろうと思われる平場で手を打つことに。ここを過ぎたらすぐボーコン沢ノ頭だろうし(実際ボーコン沢ノ頭まで歩いて15分ほどだった)、これより上に行ってももう平らなところは無いはずだった。トレイルを挟んで左側、丁度曲がり角の外側には既に誰かが幕を張った跡があったので、そこに張る方が楽そうだったが、人が一晩過ごしたであろうことが窺える黄色いシミ(ご想像ください)が点在していたのが気になり、トレイルを挟んで右側、曲がり角の内側に穴を掘って今宵のお宿とした。
担いで来た青鬼で乾杯!寒い、けど美味い〜
写真奥側は割と掘ってある。
手前はトレイル(というか、踏み跡)で踏み固められていたのと、特に風もなかったのでブロックは積まず。
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2017/1/1 (Sun)
12:00 幕営地
↓ - 0:15
12:15 ボーコン沢ノ頭
↓ - 0:50
13:05 八本歯のコル
↓ - 1:00
14:05 北岳山頂
↓ - 2:02 (写真を撮りながらのんびり)
16:07 幕営地

新年を迎え、日の出は6:50頃とのことだったが、少し起きるのが遅くなりボーコン沢ノ頭に到達する前に日が昇ってしまった。まぁ、天気が良くてしっかり初日の出を見られただけでも十分だわ、とも思ったが、日の出のタイミングでボーコン沢ノ頭まで行っていれば北岳バットレスが赤く染まるのを見られたのだなぁ、と思うとちょっとだけ残念でもあった。

予定ではこの日、北岳のピークを踏んでから間ノ岳方面に向かい、北岳山荘の冬季小屋(避難小屋)に泊まる予定だったので、テントを畳んで全て背負った状態で登り始める。私よりも標高の低いところで幕営していた人達は、私よりもずっと早起きをして山頂を目指して進んでいたので、私が歩き始めた頃には私の前に何人もの登山者がいた。わざわざ大晦日に上まで上がっておきながら、私は何をしているんだか・・・(ただの朝弱い人
ナイスビュー!!
少し高度を上げると、そこには間ノ岳と農鳥岳のピンクに染まる姿が!息を飲むほど美しい。
暫し撮影に興じた後、ボーコン沢ノ頭に向かって更に高度を上げる。しかしふと前方を見ると、幕営装備一式が詰め込まれたであろうザックがいくつも転がっていた。これを背負ってここまで上がってきた人達が、その荷物を打ち捨てて空身でボーコン沢ノ頭へ向かっているのだろうか???頭の中にクエスチョンマークが並ぶ。そして上を見ると耐風姿勢でじっと堪える男性がひとり。え、まさかそういうこと?
最後僅かに斜度のきつくなった登りを上がり切り、見え隠れしていた道標の全容が明らかになってボーコン沢ノ頭に飛び出すと、そこには雄大で威厳のある、荘厳な北岳バットレスの姿があった。うわぁ、これは素晴らしい。。。と思ったのと同時くらいに突風に襲われる。体を後ろへグンと押してきたのは、他でもない風だった。そう、ものすごい風が吹いていたのだ。

ひとりだけ、北岳山頂を目指すアタックザックの男性が視界に入る。彼はバットレスに見向きもせず淡々と先へ進んでいた。結局彼がこのとき山頂に届いたのか、それともこのあと引き返したのかはわからないが、彼以外に先へ進む人はひとりも居なかった。彼が進むのを見て、私も少しだけ先に進もうと試みたものの、5mと進まぬ内に諦念。。。これは無理だ、こんな平らなところも真っ直ぐ歩けないようでは、まだ見ぬ難関である八本歯などとても越えられはしないだろう。今さっき畳んだテントを再び張るのは悔しいし面倒臭いけれど、致し方ない・・・仕切り直すしかない。
来た道を戻る・・・
戻ってくると既に自分がテントを張っていた場所には先客があったので、再び私は要塞を作ることに。昨夜と違って今日は風が強いので、しっかりした要塞を築かなくてはなるまい!ということで、暇に任せて頑張ること1時間半ほど・・・。黄色いシミがーとか言っていられないので汚いところは掘って遠くにポイ!
ブロック切り出せるほどでもなかったけれど、どうにかこうにか要塞が完成。
奥は前日まで私がテントを張っていた場所に現れたお隣りさん。
風で歪む我が家、とその向こうに富士山のナイスビュー。
今回一度も履かなかったスノーシューは、この場所での幕営時にアンカーとして活躍。なんと重たいアンカーなのだろう・・・。今日はとりあえずここで停滞だなぁ、しかし明日からはもっと風は強くなるだろうし、はてどうしたものかとぼんやりしながら雪を溶かして水を作りつつ午前中をやり過ごしていた。

ちょっと長くなったので後編と分けます。
後編へ続く

2016/10/10

20161009-10_第24回日本山岳耐久レース・長谷川恒男CUP(後編)

前編はこちら

「私は去年ちょっと実力以上に速すぎました、今年調子が悪いのは完全に練習不足だと思います、おそらく調子に乗っていたんだと思います」第2CPの月夜見第二駐車場で給水を終えた直後、チームRun or DieのKMDに向かってこんなことを言ったと思う。認めたくはなかったけど認めざるを得なかった練習不足という理由。そう、きっと昨年は幻を見ていたんだろう。きちんと積み重ねたものがなければ、毎年毎年タイムを更新することなんてできないんだ。勿論、同じレースに繰り返し出ることでコースに慣れて速くなっていくことはあるだろうけれど、ある程度から先は、きちんとトレーニングを積み重ねなければ前の年と同じタイムでゴールすることでさえも難しくなっていく筈だ。きっと私の去年と今年の間に、その「ある程度」というポイントがあったのだろうなとぼんやり思った。

水と食料を補給して、仲間の声に励まされて後にした月夜見。体に必要なものが入ってきたからなのか、仲間に会えて精神的に救われたからなのか、自分のダメだった部分をきちんと認めて受け入れてわざわざ口に出して人に伝えて形にしたことで、情けないながらも楽になれたからなのか、はたまたその全てがあったからなのか、理由はわからない。ただ気付いた時には、女性ランナーの姿を見つけて咄嗟に「抜いてやる」と思えるようになっていた。

ああ、これ、この意識は自分だ。自分が戻ってきた。確かに私は今年練習不足だったかもしれないけど、そうでもなかった。そうでもなかったんだ!別に練習不足を誰か他人に咎められた訳でもなかったけれど、走れる自分が戻ってきたことで物凄く安心した。誰かに向かって、ほらね大丈夫でしょう?とでも言いたいくらいだった。さあ、こうなったらいけるところまでいこう。さっきまでは14時間を切るのも厳しいかと思っていたけれど、この自分が戻ってきた時点で、もう13時間台は手堅い気がした。

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そのとき私の周りには、脚が売り切れになり始めた人達や、元々のゴールタイムが14時間前後だろうと思われる人達が沢山走っていた。CP1からCP2までの間、私はその人達に抜かれ続けてきたけれど、今は違う。全員抜き返せる。すぐにどこかのパックに追い着くと、そのパックごとさっさと抜き去りたいのに、しばらく続くシングルトラックのせいでなかなか前に出られない。いちいちこうして前が詰まって走れずもどかしい。もっといける、でも周りとペースが合わない。今まで、どうしてこの人この期に及んでこんなに脚が残ってるんだろう??という人が自分の周りにいて不思議に思ったりすることがあったけれど、きっとこういうことだったんだろうなと妙に納得してしまった。どこかでトラブルがあったり力が出せない理由があって、偶々順位が極端に落ちてしまった人が、無駄に温存してしまった脚を持て余して後半でブチかましていたのだろう。そして今回は完全に自分がそちら側の人だった。

御前山の長い登りに差し掛かるも、自分が元気すぎて案の定あっという間に山頂に辿り着いてしまう。御前山からのガレた下りをこなし、大ダワではアキちゃんがスタート前にわけてくれたういろうを頬張って、その後間髪入れず一気にTop Speedを飲み込んだ。大岳山からは走れる区間が多くて、昨年はかなりずっと走っていた記憶だったのだけれど、今年は坂道を上り続けるような練習をあまりしていなかったので、ところどころ休みながら(自分の感覚では昨年よりも走れなかった印象で)進む。但し、結果的には去年より区間タイムは速かったので、人の感覚なんて曖昧なものだなと思い知らされる。

綾広の滝の水場で喉を潤した後ぐらいだったか、見たことのある真っ赤なウェアの男性が前を走るのが見えた。前半三頭山で私を抜き去った友人に、再び追いついたのだった。彼もとても速いランナーなので、追いつけたことは本当に嬉しかった。そこから少し喋りながら並走していたが、暫くするとゆるい上り坂で置いていかれてしまった。私はというと、今回新たに導入したGentosのヘッドライト(300lm)の明かりが次第に暗くなってきたのを感じて、CP3で電池の交換をすることにした。最後の金毘羅尾根はヘッドライトの明るさ不足など気にせず全力で進みたいと思ったからだ。(おそらくここで電池の交換をしていなければもう1人女性ランナーを抜くことができて、来年の招待選手枠に入れただろうと思うのだが、後の祭りだ。)

脚はどこも痛くなく、疲労もなく、空腹をしのぐだけの食料も残っていた。荷物も重くなく、水は豊富にあり、好きなだけ飲めた。日ノ出山では相変わらず素晴らしい夜景が広がっていて、私は確かここで浅間峠からずっと出しっ放しにしていたストックを1本畳んだのだったと思う。過去のハセツネのこの区間で出会った人達との会話のことを思い出したりなんかしながら走っていた。あの時は14時間半以上かかってゴールして、その後ぜんぜん物が食べられない程ぐったりしていたんだっけなぁ、と。

ハセツネは「⚪︎km地点」というような表記が少ない気がするのだが、最後になって残り5kmの看板が現れた。おお、もうあと5kmか。その時点で何時だったかは覚えていないが、残り2kmの看板が出てきた時点ではサブ13まであと14分だった。まだ微妙に山の中にいるし、ひょっとしたら間に合わないかもしれないけれど、ここまできたら死ぬ気で12時間台に滑りこんでやろう、そう思って最後は本当に気が狂ったように猛スピードで走った。今年はログをとらなかったので、最後どれくらいのスピードだったかはわからないけれど、瞬間的にはキロ3分半とかは出ていたかもしれない。

結果は12時間56分14秒、女子21位。浅間峠から月夜見までに抜かれた11人のうち、9人は抜き返したようだった。10人抜かれて10人抜いたかなと思っていたけれど、、、だいたい記憶は合っていたようだ。応援部隊が想像していたよりも早くゴールしてしまったようで、ゴールシーンは誰にも見てもらえなかったwそして以下は昨年のタイムとの比較。

Year
CP1
CP2
CP3
Goal
2015 3:30:403:40:487:11:283:22:3210:34:001:48:0212:22:02
2016 3:49:314:15:048:04:353:14:3311:19:081:37:0612:56:14

比較してわかる通り、CP1までは少し抑えようとした結果周りのペースに飲まれて遅くなりすぎ。その後具合悪くなり失速して大幅にタイムを落とす(昨年より35分近くかかっている)。CP2で復活を遂げてそこから先は昨年よりも速いペースでゴールまで突っ走れたという感じ。とてもわかりやすい・・・
昨年三頭山付近でトレインを組んだナガイくんは月夜見でDNFとなったとのことで、すでにゴール地点にいた。全然ダメだった、辛かった、と言っていたけれど、その気持ちはとてもとてもよくわかった。去年12時間台でゴールしていて、スタート前調子が悪そうでもなかった彼が、そこまで辛いと感じてリタイヤしたということは、私と同じように辛い区間を過ごしたであろうということは容易に想像ができた。

あとになって改めて、三頭山の上りのあのつらさはなんだったのだろうと考えてみると、矢張り脱水が一番の原因だったのではないかなと思う。普段食べているのと同じだけ食べていて、これまでにハンガーノックになったことがなかったので、今回だけハンガーノックになるとは考えにくかった。仮にハンガーノックだったとすれば、レース前に食べたもののカロリーが不足していて、体内の蓄えがいつもより少なかったかもしれないということぐらいだ。しかしハンガーノックも脱水も、いずれも私は経験したことがなかったから、自分の体に何が起きているのかわからなかったし、結局のところ何が真の理由なのかについての答えは闇の中だ。ふらふらして貧血のようになったし、走ろう・登ろう・抜こう・進もうといった意思が消えて無気力になった瞬間があったのが印象的だった。
私は山を始めて半年くらいの頃に友人と2名で遭難未遂をしたのだけれど、あまり水のない状態でビバークし、夜が明けて暫く進んだあとルートファインディング役を私が交代した。あとになって友人に話を聞くと、朦朧として先に進む気力が失せていたしよくわからなくなってきていたと言う。今回の自分の状況とあまりにも似ているし、あれはきっと脱水だったのだろう。もちろんその時も食料は不足していたし、ハンガーノックもあったかもしれない。でももしかしたらハンガーノックよりも脱水の方が辛いのかもしれないという気もする。あと、これは想像でしかないのだけれど、脱水状態を抜け出すには当然水を飲むことが必要で、しかし飲んでしまいさえすれば案外あっという間に回復するような気がする。

一度折れた心でも、どうにか戻すことはできる。但し、そこには折れた心を戻そうとする意思や気力が必要で、それさえも失われてしまえばもう折れたまま戻ることはない。それから、折れた心のまま進み続けなければいけない状況がどれほどしんどいか、実際に経験してみて初めて知った。2013年、とてもしんどくて最後は全然走れずに歩いて終わったハセツネ。2014年、応援側から見てみていろんな闘い方があるのだと知ったハセツネ。2015年、思い通りに走れた夢のようなハセツネ。そして2016年、これまで見たことも経験したこともないような自分に出会ってそれにどうにか立ち向かい、対処し、まとめたハセツネ。出会ってから4度目、出場して3度目のハセツネとなったが、二度として同じハセツネは無かった。まったく同じコースを走らせているのに、毎回色々な姿で魅了するこのレースに、10回・20回と出場して完走している人がいるというのもなんだか分かるような気がした。やっぱりこのレース、楽しいんだよ。
コース上では誰とも会わなかったけれど、いつも心は繋がっている。
今回チームフラッグを持ってこなかったのだが、山と道ミニマリストパッドを掲げたところに
後日、ひらどんがロゴをぶち込んでフラッグ風にwナイスアイディア!
私にういろうをくれたアキちゃんは、初のハセツネをサブ16で完走した。その後ぐったりして横になっている姿を見て、まるで数年前に初ハセツネを走った自分を見ているかのようだった。ただ走っているだけなのに、気持ちよくなったり悪くなったり、興奮したり落ち込んだり、実に不思議なものだなぁ。未だ見ぬ感覚を求めて、きっと私はこれからもこのレースに出続けるだろう。

夜通し応援してくれたチームの皆、そして一緒に走ってくれた仲間、ありがとう!

20161009-10_第24回日本山岳耐久レース・長谷川恒男CUP(前編)

どうして走れないんだろう。どうしてだ。
なんで?なんなの?どうしてなの?

みんながどんどん抜いてゆく。私を置いて、黙々と山を登ってゆく。

私は少し進んでは立ち止まり、またちょっと進んでは脇へよけて休んだ。辺りを覆う濃い霧の中に消えてしまいたいくらい恥ずかしくて、こんな自分の姿は誰にも見られたくなかった。情けなくて仕方がなくて、脇へよける度にヘッデンを消した。乱れた息を整える振りをしながらぽろぽろと涙をこぼし、どさくさ紛れに鼻をすすった。泣いているのを隣で休んでいる人に気付かれそうになるとそっと逃げた。

まるで何らかの辱めを受けているようだった。屈辱的だった。逃げ出したかった。
けれど逃げ出さなかった。辱めだと思っていたものは全然辱めなんかではなかった。

ハセツネというレースが両腕を広げて、大きな愛で私を受け止めてくれたんだと思う。甘やかさず、叱らず、自分で考えなさいと聡いやり方で私を育ててくれた。終わってみて、より一層このレースに対する想いが深まっているのが、何よりの証拠だ。

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9月下旬、私は初めての100マイルレースとなるUTMFにエントリーしていた。40時間程かけて169kmを走るはずだったこのレースは、悪天候のため44kmに短縮となってしまった(エントリーフィー36000円だったのに!w)。翌日、緊急措置として走らせて貰ったSTYも72km→17kmに短縮となり、使わなくなってしまった大量のエネルギージェルの在庫が家に残された。最早ハセツネ用として買い足すものもないし、もう三度目の参戦だからコースもわかっている。大して事前準備に時間はかからないだろうと高を括り、直前までほとんど準備をしていなかった今年のハセツネ。とはいえ、使おうと思っていたザックに自分の持っているストックを付けようとすると仕舞い寸が長すぎて付けられないとか、そもそもストックをつける機構が無いとか、やれアレが見つからないとか、やれヘッデンの電池はエネループじゃなくて乾電池の方が良さそうだけど乾電池の在庫切らしているとかでレース前日はそれなりにバタつく。しかもパッキングが出来てからもなんやかんや時間を食ってしまった。土曜日まるまるお休みだったにもかかわらず、結局睡眠時間は3時間くらいという・・・
過去2回はUltrAspireのomegaを使っていたけれど、今回はUltimate DirectionのAK vestに。
シューズは3回ともinov8のTrailroc255、ストックはこのために調達したニューアイテム、
ヘリテイジのULトレイルポール。
武蔵五日市駅7:34着の電車で仲間達数名と一緒に現地入り。そして外は雨。例年通り、駅前のコンビニで買い物をして会場入りすると、体育館の奥の方に敷物を広げて人数分弱程度の場所を確保する。受付を済ませ、ゼッケンやICタグ、ハイドレーションの準備などを一通り済ませてから朝食をとり、一旦横になって一時間ほど仮眠。ガヤガヤしているのでそんなに熟睡できるものでもないけれど、体力の無駄使いを控えつつスタート時刻が来るのを待つ。雨は一度本降りとなり、体育館には激しい雨音が鳴り響いていたが、予報通り昼には止み、曇り空の下でのスタートとなった。
昨年のタイムは12時間22分。昨年の時点でもう少しいけると思ったこともあり、今年の目標タイムは11時間半としていた。ちょっと無理かもしれないけどもしかしたら手が届くかもしれない、そして手が届いたらいいな、という少し欲張りな目標。スタート直前に応援部隊の某氏に目標タイムを聞かれ、躊躇いがちに答えてはみたものの、嗚呼言っちゃった、どうしよう、でも口にしたから叶うかな?という感じでスタートの列に並ぶ。レースってのは何回出てもやっぱり緊張するものだ。
スタート時は毎度テンション高めw
トレイルに入ってからの渋滞をできる限り回避するため、スタート地点から広徳寺までの舗装路は目一杯ダッシュするのが掟。去年はどうにかトレイルに入るまで足を休めず走り切ったのだが、今年はあとちょっとのところで力尽きた。去年、CP1の浅間峠までは兎に角死ぬ気でいけと言われて死ぬ気で行ったら3時間半で到着してしまったのだが、これは自分の目標タイムから計算するとちょっと早すぎていた。今年は序盤にそこまで頑張らなくていいだろうし、その方が後半もっといいパフォーマンスが出せるかもしれないなという思いがあった。とはいうものの、蓋を開けてみると矢張り目一杯ダッシュした時に自分の周りを固めるメンバーと、ダッシュしなかった場合のメンバーとでは全体的なペースがまるで違って、想像以上に列が詰まりヤキモキさせられる。自ら「序盤、去年よりも少しだけ温存しよう」と決めていったのに、想像以上にのんびりになってしまったことで心が乱された。変電所を過ぎ舗装路が終わって、今熊神社の登りを進んでいると、すぐ後ろでハァハァと息をあげる女性がいて、振り返ると、あらゆるレースで入賞しているベテラントレイルランナーの野間陽子さんだった。私は息が上がるのがすごく早いのだが、こんなに強い人でもこんなに息が上がるんだなということに何故か少し安心感を抱いた。当然ながらあっという間に抜かれ、抜かれたと思った直後に彼女はするすると10人くらいごぼう抜きにしていき、一瞬で見えなくなってしまった。

1:05くらいで入山峠に到着。去年よりは少し遅いけれど許容範囲。流れに合わせつつ、抜けるところは抜きつつでその先もまろやかに進んで行く。明らかに去年より遅いペースなのに汗が止まらない。物凄く暑いというわけではないのだが、午前中降っていた雨のせいか湿度は異常なまでに高いのがわかる。暑いのだろうけれど、あまり暑さを主張してこないとでも言うべきか。これがジワジワと体力を奪っているということにこの時は気付ける筈もなかったのだが。

ただただ喉を潤し続けておきたいという感じだったので、一度に飲むのはハイドレーションの管の部分だけと決めてチビチビ飲む。管の中の水は外気に晒されて冷たくなっているので、ぬるいところが出てきたら飲むのを止める。私が持った水分は、麦茶が1.3Lと、マツモトキヨシオリジナルのゼリードリンク(ウィダーインみたいな感じ)をボトルに詰め替えたもの0.5L強の合計1.8L。去年も同じだけ持ったのだが、月夜見CP到着時に0.3Lほど余っていたと自分でブログに書いていたので、時期の違いや気温差などを考慮しても同じだけ持てば足りなくなることはないだろうと思った。不安だからといって多めに持つことは簡単だが、持ちすぎても体力を削られるしタイムに響く。

醍醐丸を過ぎた頃だったかその手前だったか、荷物に押されてパンパンになったハイドレーションから伝わる反発がないことにふと違和感を覚えた。意識を背中に移すと、確かにザックの背面はしっとりと体になじんでいるのが解る。おそるおそる腰のあたりからザックの背面に手を入れて触ると、トロンとして張りがない。この圧の無さは・・・信じたくはない、けれどひょっとしたらひょっとするのか。いやどうなんだ?気のせいか?
3時間49分で浅間峠に到着。
仲間内で最も早く到着したタケさんは既に浅間峠を出発していた。
私の後ろもだいぶ離れていたので、誰とも会えず。
本当は3時間40-45分で到着したかった浅間峠、実際の所要時間は3時間49分だった。こんな僅かな違いでも、積み重なれば大きな違いになってくるということは自分が一番よくわかっているので地味に焦る。応援に来てくれた仲間に一言かけてまずはトイレ。続けてジェルの入れ替え、ポールやヘッデンの準備とタスクをこなしてゆく。そして一番確認しなければならないこと、でも一番知りたくないことを確認する。ハイドレーションを目視すると明らかにもう半分以上の麦茶がなくなっているのが判った。ボトルに入れたゼリードリンクももう残り200mlを切っている。どんなに多く見積もっても両方合わせた水分量は800ml、サブ12のペースで駒を進められたとしても補給ポイントまであと3時間半はかかる計算だ。その間、レース最高地点である三頭山(P1531)もある。もうじき日が暮れて涼しくなり、水分摂取は少なくなると判ってはいても、好きに水が飲めるという状況でないのは明らかだった。10分くらいの休憩ののちに浅間峠を後にしたが、気にしなければならないことがひとつ増えてしまったということそれ自体が私に大きなダメージを与えた。ここからは頭脳戦になるのかもしれないと思った。

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西原峠までの細かいアップダウンではストックを使って脚を温存しながら進む。毎時00分にジェルをとり、30分にアミノバイタルを飲むようにしていたのだが、18時半にアミノバイタルを飲んで麦茶で流し込もうとした時が最後の麦茶だった。残された水分は100ml程度のゼリードリンクだけとなった。手元のタイム表を見ると、サブ12ペースで浅間峠〜西原峠は1時間半程とあるが、麦茶がなくなった時はまだ西原峠に到達していなかった気がする。おかしいな、いつまで経っても三頭山の登りが現れない。西原峠で固形物を補給しようとしていたので早く着いて食べたいなぁと思っていたが、なかなか着かないので食べられない。痺れを切らしてフライング気味にグミを頬張り、もぐもぐしながら進む。ようやく現れた西原峠で残っていたグミを更に口に放り込むと三頭山にとりついた。しかしどうだろう、別にそこまで暑くもない、具合が悪いわけでもない、なのにどういうわけか進めないし進まない。

調子おかしいかな?
おかしいのかな?
いや、おかしいな。
おかしいよな・・・

私は結構本番に強くて、普段出せないような力が本番で出せる傾向があるということを自覚していた。信じられないほど頑張れたりすることも結構多くて、無理かなと思っていても大抵出来てしまった。でも今はまるでその逆で、できる筈のことができない。去年より走力が上がっているかどうかはわからないけれど、著しく下がっているということもない筈だった。なのに、登れない。浅間峠から西原峠間の細かなアップダウンでも感じていたのだが、下りはそれなりに走れるのに登りが辛いのだ。三頭山の登りが現れて、ダウンがなくなりアップのみになった途端、本当に全然進めなくなってしまった。

ほら、8月は山には登っていたけれど、ほとんど走らなかったじゃん。
8月下旬〜9月の頭にかけて行った夏休みの大雪山縦走は、結局台風にやられて3日も避難小屋に停滞して運動できなかったじゃん。
UTMFがハセツネ直前にあって、脚がいい具合に熟成すると思っていたけれど、結局距離短縮になってしまったからあんまり走っていないしね。
去年より体重も増えてるし体脂肪率も上がっている。
ハムストリングも相変わらず違和感あるままでしょう。直前に追い込みすぎなんだよ。限度ってものがあるだろう。
サブ11.5が目標ですなんて言ってたけど、去年の方が走り込んでいたし、大体からしてサブ11.5を達成する為に具体的になにかした訳でもないのだから、速くなるなんてことはあり得ないんだよ。
大体、浅間峠までのタイムが去年より20分も遅いのに、去年よりも50分も早くゴールしようなんてもう無謀なわけよ。

とにかくツライ。ぼんやりした頭が、なんでこんなにツライんだろうかとその理由に思いを巡らせる。もう一人の私が、ほらお前今年こんなだったじゃんか、ツライに決まっているだろう、調子乗ってたんだよ、ハセツネ甘く見るなよと罵る。怒られて悲しくなってくる。脚はますます動かず、登れないし進めない。息が上がってすぐ止まる。ナニクソと堪えながら顔を歪めてゴリゴリ登るいつもの私はどこかへ消えて居なくなってしまった。ネガティブをお団子にして握りしめたような醜くて情けない大きなカタマリは、幾度となく立ち止まり、腰を下ろした。これまで走ってきたハセツネで、CPや山頂などの場所以外で途中で腰を下ろしたのは初めてだった。体が動かないのは明らかだったしそのこと自体は受け入れなければならないと思ったけれど、何よりも衝撃的で受け入れ難かったのは、兎に角「負けないぞ」「登るぞ」「もっと頑張ろう」というような私の中のアグレッシブな思いがきれいさっぱり消えてしまったことだった。気持ちがなくなるってこんなに辛いものなのか。何のトラブルもないのに気持ちが折れてリタイヤする人の気持ちなんてほとんど解らなかったのだけれど、実際に自分がこうなってみてようやく少しわかった気がした。

こんな筈じゃない。けど、私なんか結局こんな程度なのかも知れない。段々頭が働かなくなってきた。私は浅間峠を女子19位で通過していたようだが、ここからじゃんじゃん抜かれて月夜見では30位まで順位を落とした。参加人数の少ない女子の、しかもボリュームゾーンより速い12時間前後のタイムの人達に10人抜かれるというのは相当のことだ。このレースに限らず、ほんの数時間の間にこんなに一気に抜かれたことはおそらくなかったと思う。もう順位も、タイムも、何も狙うものは無くなっただろう。悔しいけれど、完走だけはしよう、と気持ちを切り替えてじりじりと進み、やっとのことで三頭山の山頂に着いた。月夜見に20時に着くことができればサブ12は手堅いと思っていたけれど、山頂の時点で既に20時近かった気がする(たぶん)。

去年、一緒に三頭山の登りからトレインを組んで暫く一緒だったナガイくんは今どこを走っているだろう。そういえばここでナガイくんは足を捻ったんだっけ、と思い出して慎重に足を置く。登りは完全にダメになっていたけれど、下りは割と普通に走れたのでマイペースに進んでいった。あんまり飛ばして喉が渇いてしまっても水もないので控えめに行くことにした。

CP2の月夜見に近付き、一旦道路に出されてから再びトレイルに戻り、また道路に出てくるとようやくCPの大きな明かりが見えてきた。水を求め、そして会える筈の仲間を求めて必死に走る。去年ここを走った時のあの余裕は一体どこへいってしまったのか。こんな時間になってここに到着するなんて、と思ったら本当に情けなく、恥ずかしくて、もうサブ11.5なんて言うんじゃなかったなー格好悪すぎるなーという気持ちと、もっと根源的な安堵感とが入り混じってぐちゃぐちゃになった。応援に来ていたJackieboyslimの顔を見て、全然走れないんだよ、と口にした途端、堰を切ったように涙が出てきた。つらかった。ひとまずハイドレーションに500mlずつの水とポカリスウェット、ボトルに水500mlの水を注いで貰い、腰を下ろして休憩。ボトルの水を思わずその場で一気飲みすると、いつも通り補給食の入れ替え作業に取り掛かった。
黙々と補給
コバちゃんと私の、補給についての一問一答が暫く続いた。

コバ「ちゃんと食べてるのか?」
ヤスヨ「食べてる」
コ「何食べてるの?」
ヤ「ジェルをコンスタントにいつも通り食べてる」
コ「ペースは?」
ヤ「1時間に1本、メダリストとかを(1本105kcal程度)」
コ「少なすぎだよ!ハンガーノックだろ、まとめてジェル何本か食え」
ヤ「いつもと同じ量だし、ハンガーノックになったこともないし、ジェル以外にグミとかも食べてる」
コ「とにかく食え」
ヤ「今そんなに食べたら後半食べるものなくなっちゃう」
コ「いいから食え!(怒)」

こちらは精神的にだいぶやられているので、怒られて若干泣きそうだった(※コバちゃんは年下です)。とりあえず唯一カフェインの入ったレモン味のマグオンを飲む。初めて飲むのでどんな味だろうとちょっと楽しみにしていたのだが、夢中で摂取したので味の記憶が全然ない。私の固形物袋を眺め、羊羹食え羊羹!と指示を出すコバちゃん。言われるがままにチョコ味のえいようかんを頬張る私(これも初めて食べた。結構美味しかったけれど羊羹ぽい弾力感はなかったなぁ)。さらにグミを半袋くらい食べてからトイレへ行くと、いよいよ月夜見を立ち去る瞬間が近付いてきたのを感じる。ここ数時間眠り呆けていた、私の体の中の私の魂が、この時やっとほんの少しだけ目を醒ましてくれたのかもしれない、と今になって思う。仲間が起こしてくれたんだ。少しでもボタンを掛け違えていたら、きっとこのブログはここで終わって、後編は無かっただろう。

幸いにして、後編へ続く