2021/02/23

20210220-23_新倉-伝付峠-二軒小屋-蝙蝠尾根-井川(蝙蝠岳敗退)後編

前編はこちら

Day2--2月21日(日)
5:40 二軒小屋
↓ - 0:40
6:20 蝙蝠岳登山口
↓ - 2:00
8:20 中電管理棟
↓ - 0:40
12:10 2216m付近幕営

初日の到着が遅かった割には頑張って起きたってことにしてほしい・・・いやもっと早く起て暗い中歩いても危ない場所でもなかったからもっと頑張るべきだったけれども・・・

二軒小屋界隈、何気にたぶんまだ2度くらいしか来たことがないので土地勘がなく、薄暗い中をうろつき偵察しながら蝙蝠岳登山口までのんびり40分ほど。途中で大井川の東俣はこちらとの道標に導かれて坂を下る。いつか大井川あたりは遡行したいと思っているエリアのひとつ。
登山口までの林道の脇の切り立った岩が崩落しまくっていて、登山口も崩落しているんじゃないかと一瞬肝を冷やしたが無事に登山口に到着。しかもこんな登り口直前にポストがあるとはご丁寧なことだ(今回はコンパスでお届け提出済)。登り始めるといきなり急登、ところどころ凍結しているが最初はアイゼンなしで登り始める(30分経たずにすぐ装着したけどw)。
この大荷物だと、降りる時ちょっと嫌だなぁと思いながら登る。9mのおたすけダイニーマを持参したので、最悪ゴボウで降る感じになるかなぁなどと思いながら登ってゆく。2時間ほどで中部電力管理棟に到着。雪がそこそこでてきた。
管理棟を過ぎてしばらくしたところでスノーシューに切り替え。下山時に思ったけれど、もっと手前からスノーシューでもよかった・・・大分沈みながら頑張っていた模様。
ずっと樹林帯なので雪の上にゴミがたくさん乗っていて全然美しくないw
向こうの山が見えてきた
そもそも、昨日疲れ過ぎていてちょっと頑張れなくなってきていたので登頂は難しいだろうなぁと思っていたのだが、それでも徳右衛門岳くらいは行きたかった。2216m地点の等高線がゆるくなっているあたりでまだ12時、予定から大幅に遅れていた訳ではなかったし徳右衛門までなら15時過ぎには到着できるだろうという見込みもあったのだが、そもそもあと3時間頑張るのがもう面倒になってしまっていて、あれこれ言い訳を考えて結局2216mで幕営することにしてしまった。ぬるい。

諦めた要素は色々あったが、まず足元がスノーシューであったことの不安。降りるとき滑りそうな斜面はスノーシューを脱いでアイゼンになるだろうし、そうすると下山ペースが落ちるのは必然だろうという点。(実際は下りでもずっとスノーシューで大丈夫だったし、ちょっと心配しすぎだったのだけれど。)
そして、初日に顔を怪我した時にどうやら左手をどこかについたようで、手首が内側に曲がらなくなっていたことへの不安。外側には曲がるのだが内側に曲がらず、曲げると激痛が走った(翌日には治っていたので結局大したことはなかったが、この時はちょっと腫れていて、指もパンパンになっていた)。不安要素を抱えてタフなところを登り続け、あれこれ作業がしづらい状況というのは避けた方がいいなと思った。
また、天気がわからないのも不安要素のひとつだった。一応事前の下調べでは天気は安定してそうだったのだが、初日の夜に予想外に雨がぱらついたため、万が一天候が悪化していたらまずいなとも思った。ラジオも受信できず、携帯の電波も入らない状態で突っ込まない方がいいなと。
あともう一点は、帰りに伝付峠越えをもう一度やりたくない=畑薙ダム方面へ歩いて帰ろう、と思っていたため、井川まで10時間くらい(←間違ったイメージ)&井川から家まで1日かかると考えるとデプローチに2日かかるから、あんまり標高の高いところまで登ってまた降りてくると時間が無いなと思ったことだ。日数があればもう少し頑張ったとは思うのだが、どうせスルーハイクじゃないし蝙蝠にも着かないし、ということで早々に諦めてしまった。たまにはこういうこともある・・・。因みに風はかなり強かった(とはいえ結構上まで樹林帯ではある)。
1時間ほど掘ってとりあえずのんびり
因みに、テントに入ってから無線機のラジオを付けたら普通に受信できて、翌日の天気も安定しているとの情報を得たw とはいえもうここまで幕営した後でまた撤収して徳右衛門を目指す気はないw

Day3--2月22日(月)
7:15 2216m付近幕営地点
↓ - 1:45
9:00 中電管理棟
↓ - 1:00
10:00 蝙蝠岳登山口
↓ - 0:50(途中大井川東俣に降りて休憩)
10:50 二軒小屋
↓ - 6:45
17:35 畑薙大吊橋
↓ - 10:00
27
:35 大井川鐵道 井川駅
朝、せめて空身で徳右衛門をピストンくらいすればよかったなぁと思ったが気付くのが遅すぎた・・・どうせ下山すぐだろうしと思ってのんびり起きたので日の出もこんな樹林帯の中で見る羽目にw
今回はGregoryのDeva70
荒川岳とかそっちのほう?
淡々と降りながら、今回のヘタレな結果について自分を納得させようとして思考をめぐらせていた。上へ行くことを諦めざるを得ない要素が色々あったから仕方ないよねぇ、折角こんな遠いところまできたのに、そうそう来られないのに、こんな不甲斐ない結果になってしまったのもまぁやむを得ないよねぇ、とかなんとか。しかし空は穏やかに晴れ、風の影響をそこまで受けるルートでもなく、気温も高くて暖かく、それなのになんで私はこんな朝の時間帯に山を下っているんだろうか。嗚呼、撤退理由がこんなにあるならば理由として十分だよと自分を説得しようとしていたけれど、考えれば考える程こんなのただの言い訳じゃないかと思えてきた。私はいつだって言い訳が多いんだよなぁ、そんなことを口にしたら本当につらくなって涙が出てきてしまい、暫く嗚咽して立ち止まっていた。
このあたりは雪ほぼ無し
前日と比べても雪が大分溶けていて、心配していた「スノーシュー脱いだら滅茶苦茶沈んで難儀するんではないかと思われる斜面」も大して沈まず、3時間ほどで下山してしまった。早すぎるなぁ、これだと井川に早い時間に着いちゃってステビしづらいかもなぁ、なんて思っていたのだが、全然そんなことはなかった。ここから井川まで17時間かかった。
大井川東俣で水を飲む
蝙蝠岳登山口のすぐ手前の林道脇の崩落。ひどい。
以前GWに沼平まで車&そこからMTBで荒川岳に来たことがあったので、沼平から荒川岳登山口まで相当遠いことは理解していたのだが(26kmとかそれくらい)、まさかその先がそんなに長いと思っていなかった。そもそも普通に伝付峠に戻る気まんまんでいたので、井川までの正確な距離など事前に調べていなかったのだ(ちょっと反省)。携帯電話の電波が通じるエリアに入ってから調べてみても、この林道は車も通れないしあまり歩かれる道でもないため、現在地から井川までの距離を調べようとしても「到達できません」と表示されて距離がよくわからなかった。ようやく表示されたと思ったら、更にまだ25キロ以上あると表示されて愕然とした・・・。というか、ここTJARで山から下りてきて海までのロード区間の一部じゃんね。そりゃ長いわ。
埋めたばかりのコンクリートでふにゃふにゃなので、淵を歩いてください~と
爽やかに言われる(下は崖w)
遠い!
歩いていると、ふと体に違和感を感じて、ああ生理がやってきたのかと思った。COVID-19以降生理周期が不規則どころか一旦一切なくなってしまって2-3ヶ月止まっていたりもしたのだけれど、最近になってもそこまで周期が落ち着いていないので、正直次いつくるのかよくわかっていない。生理がやってくる直前の1日というのは、毎回という訳ではないのだが、私は無茶苦茶メンタルが落ち込む時があるので、昨日は丁度それに当たったんだなと思って合点がいった。頑張れなかったのはこのせいだ。言い訳ばかりの自分に涙が出たのもこのせいだ。ってまぁこれも言い訳なんだけれども、普段ならこんなことで泣きはしないので、生理のせいなんだな。ということでケロッとしてしまった。こればかりは仕方がない。

途中の水場で20時過ぎに一旦夕飯を作って食べ、再び歩き始めて結局井川に到着したのは午前3時半過ぎ・・・。本当に本当に長かった!この辺のどこかの家が望月将悟さんの家なんだろうなぁと思いながら歩いていたけれども、いやしかしこんな小さなエリアからあんな有名人が登場したらそりゃ地域上げて応援するわな・・・。
到着して駅の軒下に寝袋を広げると、ここまで降ったり止んだりしていた雨が急に本降りになった。間一髪!

Day4--2月23日(火)
7:45 井川駅発 井川自主運行バス乗車
↓ - 2:27(横沢にてしずてつジャストラインに乗り換え、乗り継ぎ約10分)
10:12 静岡駅着
駅前でステビ(といっても5時くらいまで起きてて小一時間仮眠しただけだけど)
本当は大井川鐵道で千頭~井川間を走るアプト式に乗りたかったのだが、始発が11時半くらいと遅すぎたので、ネットで教えていただいた井川の自主運行バスとしずてつジャストラインのバスを乗り継いで静岡まで。アプト式は大無間山のバリエーションをやった時のお楽しみにとっておくことに。
乗り継ぎポイントの横沢。ここまでに峠越えで1100m以上までバスで登るw
なかなか楽しい(けどちょっと寝てしまった)。
運転手さんと話していたら、将悟さんの1コ下の後輩なんですよ僕!とのことだったw
調理師免許をお持ちらしく、某山小屋でご飯作ったりしていたこともあったとのこと。
それにしても、はるばる峠を越えてこの時期に二軒小屋までやってきた割にはあっけなくどこにも辿り着かずに終わってしまった。しかし蝙蝠岳に厳冬期に登るための課題は色々見えたし、なんだか個人的には登れるような気がするのでまたチャレンジしたいなとは思っている。とりあえず、初めての蝙蝠岳は厳冬期でした!って言いたいわけでもないので、状況が許せば夏に行ってみて様子を見ることにしよう・・・。

いつかの登頂に期待!

2021/02/20

20210220-23_新倉-伝付峠-二軒小屋-蝙蝠尾根-井川(蝙蝠岳敗退)前編

敗退したので次回に向けて備忘録的に。

蝙蝠岳に憧れるようになったのは工場長さんのブログがきっかけ。工場長さんというのは相互リンクさせていただいている「山ばっかり、、、酒ばっかり。。。」というブログ(現在は「続・山ばっかり、、、酒ばっかり。。。」に移行)を書いていらっしゃる方なのだが、山を始めたばかりの頃に色々な記事を読ませて頂き大変お世話になった。これだけたくさんあちこち登っている人がこれほど良いと言うからには余程良い山に違いない・・・と思うこと数年、自分もそれなりに山に詳しくなり始めてしまい、行くなら塩見から登りで使いたい!とか、越年山行でピークを踏みたい!とか、できることなら三伏峠まで抜けたい!とか余計な欲が出てきて数年。年越しの度に計画しては年末の大雪や悪天候で計画倒れし続けて更に数年が経った。年越しならまだしも、2月の厳冬期真っ只中は流石に塩見までは無理にしてもとりあえずどこかまで行ってみないことには何も始まらない。とりあえず①お天気良し、②直前の豪雪なし、③日程も3泊4日確保できた、というわけで乗り込んできた。

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<今回課題だと認識していた点>
  1. 伝付峠越え
    何年も前から崩落が激しいことで有名、直近で行った友人がいたため通過可能であることは確認済だったが、そもそもこの峠越えを成功させないと蝙蝠尾根に乗れないw
  2. 蝙蝠尾根のラッセル
    数年前に友人が越年山行でトライして猛ラッセルになっていたので、今回どれくらいのラッセルになるかの不安と期待があった。(&日数が足りるかも不明だった)
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<次回に向けた再考すべき課題>いまのところ(今後適宜reviseする予定)
  1. ルート
    沼平ゲートまで車(タクシーまたは友人と相乗り)&MTBによるアプローチが良いのか、それとも伝付峠に通いまくって歩き慣れておくのが良いのか。→以前MTBで荒川岳登山口まで漕いだことがあるが、距離25km以上ある上に装備背負って漕ぐのはかなりしんどいため、MTBが最適解かどうかも怪しい。そもそも冬期装備にMTBを輪行するのがかなりしんどい(総重量30kg以上になる...)。
  2. 荷物の総重量をどれくらいに抑えるか
    今回ザック重量22.5kgでの伝付越えは相当辛かったが、本人はそれほど余計なものを持ったつもりはなく、何を削れば良いかわからなかったので、次回行く時に向けての装備見直しは必須。
  3. エマージェンシーキットの見直し
    今回木に激突して顔を負傷し、エマージェンシーキットの中身をかなり使って使いにくさ、あると良いと思ったものなどがいくつか出てきたので、キットの中身を練り直したい。
  4. ワカンorスノーシュー
    最後まで悩んだ装備のひとつだったが、矢張り多少の機動力の悪さに目をつぶってでもワカンが良いような気がした。ワカンの方が下りの不安が減る。当たり前だがスノーシューで降ると沈まない代わりに滑るので怖い、やはり多少沈むのはやむを得ないとしてワカン&アイゼンの方が良いかも。つい楽をしたくてスノーシューにしてしまった。(ワカンなら矢張り紐よりラチェットにしておくのがベター、森林限界に出た後での装脱着があった場合のスピード感を重視)
  5. 日数の見積り
    ルート取りにもよるが、いずれにせよ3泊4日では多分足りない。何泊にするかは積雪具合との兼ね合いも含めて要検討。メンバーを募ってもよさそう。
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Day0--2月19日(金)
夜発の高速バスで飯富へ。飯富ふれあいセンターに21時過ぎには到着してしまいダラダラと飲んだり少し遠くのコンビニへ散歩に行ったりしてから就寝。いつもは24時頃到着の便で現地入りするのだが、バスが減便されていて21時着が最終だったため。到着が早すぎて、いつもなら閉まっているドラッグストアがまだやっていた。

Day1--2月20日(土)
7:35 飯富
↓ - 0:41
8:16 伝付峠入口
↓ -  3:56
12:12 東電管理小屋(保利沢小屋)
↓ - 1:36
13:48 出合
↓ - 2:37
16:25 伝付峠
↓ - 1:50
18:15 二軒小屋

はじめは暫く林道歩き。ここからトレイル?へ・・・(トレイルと呼べるのか)
いきなり崩落してます。
このコンクリのへりまで道だったんだと思うけれども崩落している(特に危険ではない)
で、私の手元の山と高原地図(2011版)だと下図ピンクのラインで内河内川をはじめから遡行するルートが赤実線で書かれていたのだけれど、現在の正規ルートは一度南側の沢に入ってから尾根に乗って沢を乗り換えて内河内川へ入って行くようだ。実際は山と高原地図をあまり見ていなかったので、地形図との差異に気付いたのは内河内川に入ってからだったのだけれども。。。
ピンクの線の終わりあたり、ゴルジュの抜け際に大滝があるらしい。内河内川に降りた時「大滝は越えたんだろうか?」と思って山と高原地図と地形図を見比べてみてやっとルートが違うことに気付いたw 地形図しか見てなかった・・・w
沢の乗り換えの登りがえぐい。無理矢理道つけてみましたという感じ、というか道ではない・・・作業道なのか・・・うーん作業道だとしても危ない。
ロープが何本も垂れているけれど、使っていいのは真ん中のだけ(って登り終えた上に書いてあっても、下からはわからないからどれも掴むよねぇ・・・)。落石もすごいし滑落したら怖いのでヘルメットも被る。なんとなく虫の知らせで今回たまたま持参したヘルメットがガチで役に立つとは恐ろしい。帰りはここを降るのか・・・嫌だな、嫌すぎるな。
重くのしかかる大荷物をヒィヒィ言いながら太腿で担ぎ上げてから今度は沢へ降りる。
ようやく東電管理小屋(保利沢小屋)へ到着。管理小屋と保利沢小屋という山小屋が別々にあるものだと信じ込んでいたけれど、管理小屋のことを保利沢小屋って呼ぶらしい・・・(今知った)。
因みに、管理小屋までは道がある程度整備されているけれど、そこから先が酷い・・・なんてレコを読んでいたのだが、ここまでも相当荒れていたのにこれより酷いって大丈夫なのか・・と一抹の不安がよぎる。
この橋は渡らず、右へ。
綺麗な瑠璃色の瓶を手に取ると「ロート目薬」って!目薬デカすぎるし昔は瓶だったの!?
保利沢取水場、こぢんまりとしているが形がかなり特徴的
ここから暫く沢沿いのトラバースみたいな道が続いたがこれも結構面倒で、たまに差してくる沢筋がガチガチに凍っていたりしてそこだけアイゼンを履いては再び脱いだりを繰り返していた。13時を過ぎた頃になり出合の手前あたりから今度は氷ではなく雪がつきはじめる。落ち葉の上に雪が乗っていて滑るのでいよいよここからは完全にアイゼンを履く。とはいえ岩場もあるし渡渉もあるので厄介。
渡渉と言ってもこの時期なので凍っているであろう沢の上に雪が積もって、どこなら足を置いてよいのかよくわからない。ドボンしないように慎重に足の置き場を選びながら渡渉する。
出合にわずかながら人の気配(ケルン)
ここからは沢を離れてぐいぐい登る・・・
尾根筋は遠い・・・
雪が増える
16時頃、いよいよどうにもならずアイゼンを外してスノーシューに履き替えることにする。一気に快適になった!しかしこれ、またここに戻って来なくてはならないとなると、スノーシューで降るには嫌な感じだし、アイゼンで降るには大分潜りそうだなぁとか、序盤のザレ急登に続いて再度帰りの心配をする。
ようやく終わりが見えてきた頃に後ろ(というか横?)に目をやると富士山がぼんやりと浮かんでいた。絶景!
もしかすると今回唯一の絶景がこれだったんでは・・・
もともとこの日の計画はCTの1.0で計算していて、でも絶対少しは遅れるだろうなぁと思っていた。途中まではほぼ1.0で推移していたのだけれど最後の雪と急登で一気に予定が崩れて峠に着いたのは16:25、予定より遅い到着となった。峠で幕を張ってもいいかなと思いながら登っていたのだが、風がかなり強くなってきており寒そうだったので、CT1:10なら降りてしまおうと思ってこの時間からの二軒小屋までの下りルートに入ることに決めた。尾根とか谷筋とかのシンプルではないルートであることは理解していたが、それにしても手を焼いた・・・
ようやく着いた伝付峠!長かったー
そして案の定ルートがとりづらくてルートファインディングに時間がかかってしまう。地形図のライン通りに行こうとしても積雪のせいで微妙にルート通りに進めなかったりするので、久々のスノーシューで足をもつれさせながらなんとかルートを切り拓くこと暫し・・・(勿論終始トレースなど無い!)。一旦尾根乗ろ!いや乗ったはいいけどこの尾根藪濃くて降りられないからやっぱりトラバースかぁ、、戻るか、、とか言っていると、次の瞬間足元の倒木に躓いて、下に向かってつんのめり、バランス崩したと思ったら木に激突。頭も打って一瞬脳震盪みたいにクラクラしたけれど、そこはあれですよ。ヘルメット様様ですよ。やっぱりヘルメット大事ね。
打撲にもなっているのだけれど傷の方が痛い!この日は何故かまぶたも腫れた・・・
17:06頃。綺麗などこかの稜線w
日の入りが17:30くらいのはずだったので、ギリギリで下山できるかなぁと思っていたけれど、ギリギリアウトw 怪我トラブルでのタイムロスはそれほどではなく、どちらかというと矢張りルーファイに時間がかかったのが原因かなぁと。その後は途中から雪も落ち着いたのでアイゼンに履き替えなどしつつ二軒小屋を目指す。風もあまり吹かないエリアに入った時点で、万が一迷いそうになってきたら一旦ビバークしたほうがいいかもなぁ、落ち着いて行動しよう日数には余裕があるのだから、と気持ちを切り替えて淡々と進む。
真っ暗になってようやく二軒小屋に辿り着いたのがもう18時過ぎ。登山客は誰もいなくて、というか高速バスの時点から一人も登山の人になんて会っておらず、二軒小屋界隈ではひとりだけ小屋の人???よくわからないがおじさんが一人歩いているのを見かけただけだった。土木工事の車が停まっている近くの建物の脇にテントを張って、凍結防止で出しっぱなしになっていた蛇口の水を頂き(ラッキー!)22時過ぎ就寝。いやはや先が思いやられる。

長くなってしまったので分けます・・・

後編へ続く

2020/09/22

20200919-22_尾白川水系 黄蓮谷右俣(後編)


Day3--2020/09/21 (Mon)  曇り
北海道某所からやってきたU氏は、こんなに歩いてきてもまだ街が見えるなんて流石本州だ!としきりに言っていた。言われてみると確かに。本州の人間からしてみれば、いくら歩いても街が見えるのは興覚めで、できればできるだけ街の見えないところまで行きたいと思うのだが、これは無いものねだりみたいなものか。夜は結構冷えて顔が冷たかったので、頭まですっぽりとシュラフカバーに潜って眠った。風も少しあったので、潜って眠っていてもカバーは結露しなかった。

ところで、K氏は2日目の沢のトラバースで滑落しそうになった時に実は足を捻っており、鎮痛剤を飲みながら歩いていた。私は私で、前をゆくU氏の足場が崩れ、割と大きな落石を左足首にくらっていた。この日の夜、眠っている間に足を動かさずにいたら、朝はびっこをひきながらしか歩けず「いやこれはやばいかもしれない、登れるのか?」と焦った。鎮痛剤を飲んで動き始めたらまぁ問題なく動けたので良かったけれど、後でK氏にこの話をしたら「自分も実は朝足首動かなさすぎてびっこひいてました・・・」とのことだった。3人中2人が足のトラブルとはこれ如何に。でも、怪我の直後といい翌朝といい、沢で足が冷やされていると大分痛みは和らぐような気がする。(因みに足はもう全然平気です。案外骨って折れないものだね。)
上段に集まって朝食、とっくに夜は明けている
ピーマンと玉ねぎが残っていて、カルパスと炒めてトマトペーストを入れたらナポリタンの具みたいなものができた。カレーメシのトッピングとして、チーズと一緒に乗せまくる(カレーメシもはや見えず)。この後さらにハヤシメシも食らう。結局1度に2食
例の5人パーティーが出発準備を始めるのを上から眺めつつ「彼等準備始めてからもうだいぶ経つけど全然出発しないねー」とかなんとか言っていた我々だが、いやお前ら出発準備もしてないのに何を宣うのか・・・

暫くすると彼等が登ってきてこう言った。「今日は停滞ですか・・・?」いや?いやいや行きますよ!全然天気悪くないし停滞なわけないじゃない?でもまぁ普通に考えて9時半過ぎてダラダラしてたら停滞かなって思うよな。寒いので、沢に日が差してからじゃないと嫌だよねぇって話していたらなんだかんだ遅くなってしまっただけなのだけれど。
すぐ先の滝に取りついた彼等だったが、何度見ても一向に進んでいない。その滝そんなに難しそうに見えないのになんでそんなに手古摺っているのだろう?と思って観察しているとロープを出し始めた。えええ!?そんなに?と思いながら見守ること暫し、突破してそのまた次の滝からも全く進む様子がない。昨日彼等に聞いたところによると、彼等と我々とで進んだ距離と時間にほとんど差がなく、おそらく似たようなレベルのようだったので、きっと我々もあの滝をそんなにスルスル登れないんだろうなぁと思った。我々の出発は10時・・・実際自分らもなかなかこの滝を突破できず、一本目を終えるのに20分くらいかかった。先が思いやられる。
ぬめっていて中々すんなりいけない
この日は「嫌ってほど滝が続く」との前情報だった。うん、いや、昨日も十分嫌ってほどの滝だったけど、もっとなんですかね?
私がトップで登っている(たまにはね)
午前中はかろうじて日が差した
この日、本当は一日中晴れ予報で、キラキラ輝く滝を全力で楽しむ気満々だったのだが、結構あっという間にガスってしまい、あまり景色らしい景色は楽しめなかったのが残念。ぐいぐい高度を上げていく系の立った滝の連続だったから、後ろを振り返るとこれまで歩いてきた沢とその向こうに北杜市!みたいな絶景が楽しめる筈だったと思うのだけれども。
ロープの時は私は基本的にトップは行かない(行けないw)。
ロープ出してるけどこれどこだろう?
午後になりガスが濃くなってくる。稜線が見えないどころか、そもそもこれから取り付く滝の終わりが見えないくらいの視界。どのルートをとればいいのかよくわからないまま取り付く、みたいなことを繰り返していく。途中、2400mの幕営適地も通過したけれど、何故か誰も写真を撮っていなかったので写真がない。4テン3張くらいできそうな広さだった。
なんだかうつむいてしょんぼりしているように見える私w辛そう(そこまででもないけど)
12時半頃、左の草付きの方を登るか右の一枚岩のようなところと岩場の境目のクラックのようなところを登るかで選択を迫られる場所にやってきた。U氏は左の草付きへ這いあがったが、後ろに控える私とK氏は「右のこの岩の上、結構フリクション効くんじゃないのか?」と言って右の岩場を進むことにした。このガスなので上部の様子はわからないまま取り付いてしまったが、少し進むとフリクションが効かなくなりだした。落ちたらまぁ命はなさそうな感じ。バイルを溝に引っ掛けたら結構効くんじゃないかな?とK氏に言われ、斜面の途中でバイルを取り出し打ち込んでみるも、岩がボロボロと崩れるばかりで一向にうまくひっかからない。信用しきれないフリクションに命を預けながら騙し騙し進んでいると、私の目の前にハーケンが現れ、スリングがついていた。

「K君!ここにハーケンがある」
後ろにいるK氏にそう伝えると、ハーケンについたスリングをとりあえず握った。手がかりが出てきて安心したのも束の間、いやハーケンあるってことはそういうところってことよな、と理解し冷や汗が出てくる。スリングを掴んで体を引き上げ、今度はそのハーケンに足をかけて更に登ると上に再びハーケンが出てきた。まぁここ登るなら確保しますよね。した方がいいですよね・・・

ガスの奥に、この岩場の終わりがようやく見えたと思ったら結構遠く、しかも次のハーケンがどこに打たれているのかはよく見えなかった。いやぁ、これ今あっちとこっちで全員登っちゃってるし、U氏が詰んでいたら結構やばいね、とかなんとか言いながら、岩場の向こうのU氏に向かってK氏が声を掛ける。幸いU氏は草付き側を突破し上に回り込めたので、しばらくしてロープが垂れてきた。命拾いした。
ゴボウで大丈夫です!とK氏が言ったのでゴボウで登ることに。個人的にはゴボウじゃなくて普通に確保してほしい!!と思ったりもしたけれどとりあえず大丈夫だった。今回アッセンダーは持たなくて大丈夫と言われて持参しなかったので、U氏のタイブロックを借りて登る。
13時半くらいになってようやくこの岩場を突破。稜線はまだか(まだだ)。
とっくに水の涸れた谷をぐいぐい登り続けること2時間半。荷物は初日と比べて軽くなっている筈なのに全然軽くなっていっている気がしないのは、自らの疲労ゆえだろうなどと言い合いながら、登りの強いU氏の背中をK氏と私が追ってゆく。私はといえば天候のせいもあって2500m足らずのところからとっくに高度障害が出始めていて息も絶え絶えであった。できれば山頂直下に詰め上がりたいからということで、分岐らしい分岐は可能な限り右へ右へとルートを取った。なにやら左の方から声がしていたので登山客かなぁと思っていたのだが、後で聞いたところによると例の5人パーティーが左の方に詰め上がろうとしてハイマツ漕ぎを強いられていたらしかった。
これまで登ってきた沢の行程を想い起こしながら荒い呼吸でフィナーレに向かうこの感じ、嫌いじゃないんですよみたいなことをK氏が言っていて、私は静かに、しかし猛烈に共感した。
登山道に出るところでU氏が先頭をかわってくれた
ようやく登山道!といっても鋸岳側だし時間も時間だし誰もいない(15時半)。
お疲れさまでしたーーー!
わざわざ北海道からきているU氏の初めての甲斐駒ヶ岳登頂ということで、U氏に先に山頂を踏んでもらう。私はといえばもう山頂は5回も6回も来ているので・・・。
最後の急登でちょいちょいお日様が見え隠れしていたので、ひょっとして山頂でワンチャンあるんじゃ・・・?と思っていたが真っ白で何も見えず残念。。。と思いきや、雲がちょっと薄くない・・・?薄くなってきてない・・・・?
あ、稜線見える・・・・・・見える!
まさかここまで晴れると思わなかったのだけれど、山頂に来るとガスが切れたり、夕方になったらガスが消えたり、よくあることと言えばまぁよくあることだ。歩みが遅くて登頂が遅くなってしまったのも予定外とかじゃなくて予定調和なんですよ。ええ。
山頂には結局誰もやって来ず、3人占めだった。ハーネスやら何やらの装備解除とカロリー補給と撮影会で1時間も山頂に長居してしまい、16時半を過ぎてようやく黒戸尾根方面へ向かう。元々は尾白川本谷を下降する予定だったが、2日目の終わりくらいにはもうほぼその計画は諦めて黒戸尾根下山になるだろうねと話していた。
七丈小屋の時点で17時半くらいだったが、テン場も小屋も予約制のため泊まることはできない。水を買って途中でフォーキャストビバークを決め込むか、それとも水を追加せずにこのまま下まで下山して尾白川のキャンプ場で泊まるかについて話し合う。幸い全員体力的に問題がなかったので、この日のうちに一気に下山することにした。そこそこ長いしナイトハイクになるし疲れもそれなりに溜まっているだろうからということで、これ以上怪我をしないように気を付けながら進む。

5人組に追いつくと、水がたくさんあるからよかったら差し上げますとのことだったので遠慮なく3Lほど頂き、幕も張らずにビバークすることにした。下まで行くぞーと気合を入れて七丈小屋を出発したのだが、まぁそこまで急ぐわけでもない。夕飯はU氏が海外から買ってきたフリーズドライのカトマンズカレーなるものと、最後まで運び続けた卵2個をブチ込んだ麻婆春雨と鴨のスモーク。お酒はもう私の100mlか150mlほどしかないウィスキーだけしかなくなっていたが、3人で少しずつ分け合って飲んですぐに眠った。明日はU氏の飛行機の関係で10時には車に戻らなくてはならないので朝はそれなりに早い。

幕を張らずに横になると、木々の間から星がこぼれた。

Day4--2020/09/22 (Tue)  晴れ
朝は軽めにお味噌汁だけ飲んで出発し、樹林帯を抜けて9時半前くらいに下山。計画通り。この後天下一品を食べて甲府で13時半くらいに解散し、4日間の旅が終わった。

K氏がキラキラした動画にまとめてくれたので見てね。↓(序盤の私のへっぴり腰が酷いけど終始こんなだったわけではないです・・・w)

長く山の中に入っていると段々日常が逆転してくるよねーという話をしていたけれど今回もちょっとそれに近いものがあった。山が日常みたいになりかけた時に稜線に出て、夢みたいな時間は七丈小屋のあたりでしゃぼんのようにぱちんと消えた。下山してからも暫くその夢のような時間の余韻は続いていて、写真を見たり動画を見たりすると、確かにあれは現実だったんだと思いはするものの、どこか微妙に信じられず、ふわふわしたままもう何日も過ぎてしまった。

こんなひりひりするうようなことばっかりやってると身が持たないけど、たまにやるとやっぱりいいよね!とK氏が言っていたのが忘れられない。いやほんとそれ。でも、身が持たないなんて言っても、締めるところ締めてそれなりに確保もしたし、これまでに私が経験してきた泣きそうなくらい危ない山行と比べたら安全マージンは取っている方だったと思う。矢張り確保大事。とはいえ、ある程度の勇気や思い切りも必要だし、それがないようだと全然進めなくなってしまうのだけれど、本当に失敗が許されないところでは確実さを優先すべきだし、その絶妙なバランスを探りつつ個人としてもパーティーとしても進化しながら沢を詰め上がっていくのは楽しくてとても幸せだ。どんどん色々なことがぴたっと嵌っていく。だからこそ、詰め上がりが美しく輝かしく喜びに満ち溢れたものになるのだろう。

初めて組んだ3人で、私が一番実力に欠けていたとは思うが、それでも怖い目にたくさん遭いながらなんとかこれまで生き延びてきた者として、それなりに機能できたかなぁと思っている。バランスの良い楽しいパーティーだったな。来年もまた是非このメンバーでどこかの沢へ入りたい、そしてその頃までにはもう少し登攀力を上げておきたい。

2人の仲間に最大の感謝を。