2026/04/17

20260417-19_Manjushree Trail Race 100mi(レース前編)

準備~前日編はこちら
GPXの距離と公式ページに書かれている距離が結構ズレていて、正しいCPの位置は走ってみないと分からないという状態でスタートする。とりあえず分かっているのはCP3、CP4とその次のWPが関門であるということだ。
朝4:00に部屋に持ってきてくれると言っていた朝食が4:20を過ぎても一向に届かないのでフロントに出向いて尋ねてみたところ、ビュッフェやってるから食べられるよ!とのこと(言ってよw)。日本出国前もかなり食べる量が多い日が続いていていた上、ネパールに着いてからも飲み食いし続けていたので体が浮腫んでいるというか体感として明らかに体が重い。それでもレース中の腹減りが怖くて4時台からあれこれカロリーを放り込む。
ひよこ豆のスパイシーな炒め物とサンドイッチ、茹で卵、バナナ、牛乳とジュース。
トマトジュースかなと思って飲んだらまさかのスイカジュースだった。美味しい。
スタート前に皆で記念撮影
ホテルのすぐ前がスタート地点ということもあって選手はギリギリまで集まらない。5:30からタイム計測用のチップが配布され、腕につけていざ出発。エントリーが70人、出走が50人程という100マイルの選手達。もっと短距離のカテゴリーもあったが、100マイル走るのは50人という少人数である。この人数のために160kmの距離にマーキングをし、コース整備をし、準備を続けてきてくれたスタッフの方々には感謝しかない。

GPXのデータではCP3の関門までの累積標高が4000m以上と出ていた。でもCP2 ~CP3はグラフだとどう見ても降りだし、その区間に1200m登ると言ってくるGPXは明らかにおかしい気がする。CP3まで結局どれくらい登らされるのかによって、関門を突破できるのかどうかの見積は大きく変わってくる。しかし真実はわからないし余裕が無いのは確かなので、可能な限り追い込んでいくしかない。温存という言葉の存在しない100マイルなんて、私はまだ経験したことがない。

のんびりしていられないので最初からグイグイ登っていくが、大したことないような登りでもびっくりするくらい呼吸がきつい。いやまだ1500m未満とかそんなもんなのにこれはなんなんだ。暑さといってもまだそこまで暑くもないし、乾燥のせい?土埃のせい?呼吸が荒い。早くも関門通過が怪しく思えてくる。
スタートからCP1までたかだか11kmしかないというのに、この僅かな区間で早くもY田さんと2人で盛大にロストし林道を300m近く降ってしまって登り返す羽目になった。更に少ししてからは降りで前に転び、いきなりTシャツもズボンも土色に染まった。色々と展開が速すぎる感はあるが、レース序盤に追い込むと脚がもつれて転ぶのはよくあること。明らかにオーバーペースなのだ、でも完走するためにはこうするしかないのだ。
加えて私はお腹を下し、CP1までの間に2度の青空トイレである。1度目はまだ「出し切れば落ち着くかな」などと呑気に構えていたが、2度目はいよいよ水溶性の下痢となった。早目に薬でなんとかした方が良いだろうということになり、ネパールで購入した細菌系の下痢に効くメトロニダゾールという薬と日本から持参したストッパをダブルでぶっ込む。どちらが効いたのかは分からなかったがCP1に着く頃にはお腹は落ち着いていた。タイトな関門を突破するにはトイレに行っている余裕など無い筈だったので、ここですぐに回復して本当に助かった。

CP1 Single Tree (11km) 7:56頃

CP1。事前情報通り、水とフルーツ(バナナ)しかない。
因みに、レース直前に公開されたエイドの提供フード情報に「スニッカーズ」が追加されていて大喜びしていたのだが、結局1ヶ所もスニッカーズは無かったw ヌカヨロコビにも程がある。

フルーツと水分くらいしかないエイドなので補給だけさっと済ませて先を急ぐ。神頼みで買ってザックに付けてあったマンジュシュリー(文殊菩薩)のリングは途中転んだ時に飛んでしまったのか見当たらない。リングが身代わりになってくれたから私が怪我せずに済んでゴールまで守ってくれると見るべきか、それともただ単に御守りを無くしたことは不吉だと見るべきか・・・(結局この後しばらく進んでから、思っていたのと違うところに指輪を付けていたことに気付いて一安心するのだけれども)。

これは出国前に自宅で撮ったもの

WP Jamacho (15km) 9:14
次は急登からの2128mJamacho山頂WP。写真とか撮っている余裕はない、というか、写真を撮っていたせいで関門突破できなかった・・・みたいなことになりたくなかった。ここにはペットボトルや缶、紙パック入りなどの各種ドリンクがあり、サイズも様々で水分系がかなり充実していた。レッドブルもあった。私は紙パックのグァバジュースを1本とサイダーを少し飲んで、ファンタオレンジの小ぶりなペットボトルを1本持って出発した。次のCP2は少し遠いので水分は多めに。

CPでもないWPのドリンクがやたら充実していたのは一体どうしてだったのか・・・
この先のエイドがずっとこんな感じだったら、ドリンクでカロリー補給できて良いかも!などとこの時は思っていたが、こんなにドリンクが充実したエイドは後にも先にもここだけなのであった。

ここから階段で一旦降りたあとは緩やかな降りの走れる林道が続く。CP4~WPは走れる降りで時間を稼げるよ、なんて事前情報が来ていたのだけれどWP~CP2こそまさに「走れる降り」だろうよ。何故そのことは事前情報で言ってこないのだろう。謎は深まるばかり。気温は高く風は無く、しかし歩いている余裕は当然無いので黙々と走る。100マイルの序盤にこんなハイペースで林道の降りを走っていたら絶対に後半で前腿終わるよな・・・万が一関門突破できたとしても後半脚は大丈夫なんだろうか・・・とかもやもやしながらもペースは落とせないのでガンガンゆく。


CP2 Mudkhu Bhanjyang (29km) 11:11頃
そしてようやく辿り着いたCP2。スープの提供が予定されている大きめのエイドだった。到着すると、名前は忘れてしまったがAsia Trail Masterの人が待機していて写真を撮ってくれた。Youはこの間の香港の9 Dragonsを走っていたYasuyoだよね?と、着いてすぐそんなこと言われたらそりゃ嬉しい。なんやかんや話しながらスイカやらバナナを頬張り、お目当ての豆のスープをいただく。あれ?炭水化物はバナナしかないのね?米とかパンとかは無いんだね・・・。
豆のスープはスパイシーで美味しかったけれど基本的にはシンプルな塩味。
塩と豆の味という感じだったと思う。炭水化物が欲しい。
渡航前とスタート前にたらふく食べておいたから、レースでそのカロリーをじわじわ消費していたのだろうか、自分にしては信じられないほどカロリーを摂らずに進み続けていた。長いこと胃腸を動かさずに進むのはあまり良いことではないような気がしたけれど、エイドの食べ物もそんなに高カロリーの物がないし、持参のジェルを消費する以外にはどうにもならない。食べられないとか食べたくないとかではないので問題は無さそうだったけれども。

国立公園のentrance permitの紙を受け取ってCP2を後にする。どこかでこれを見せるのかなと思ったけれど結局誰かに見せるようなポイントはなかったし、個人的にはどこからどこまでが国立公園だったのかもよくわからかったw

暑さが増してくる。日陰のない炎天下の村落を進む。子供らにナマステと声を掛けて通り過ぎたが少ししたら追いかけてきて、薄い砂糖水を凍らせたようなアイスキャンディーをくれた。人懐こい顔して軽々と坂道を駆けあがってくる地元キッズの心肺の強さよ・・・

アイスありがとう!
ネパールはどこも建物の壁面の色がカラフル
扉の向こうに物凄い階段が見えて、まさかこれ登るのかなと思ったら本当に登らされた。ここで12時頃、スタートから6時間ほど。関門まであと2時間、500mほど登った後に少し降って関門だ。なんとかなるかもしれない。
どぎゃーん!
階段は10分ちょっとで登り切った
何ひとつ読めない看板w 左の階段をまた登るのか・・・?と思ったが実際は右へ進むルートだった。
走れるところは休まず走る!


CP3 Gurjey Bhanjyang (41km)  13:37頃(関門23分前)

ネパールまで遠征してきて40kmの関門に引っかかってレースが終わってしまう、という恐怖から奇跡的に逃げ切った。というか、案の定GPXデータが間違っていて累積が3000とか4000mも無かったので助かったというだけ。それでも滅茶苦茶嬉しい!とりあえず駒を先に進められる。次は64kmと76kmの関門だが、これもGPXだと57kmと71kmにありそうで、まったく先が読めない。兎に角ごちゃごちゃ考えず、データも信じず、無心で進むだけだ。

関門の割に落ち着いているCP。関門突破です!おめでとう!!みたいな盛り上がりもないw
私がひとりで盛り上がっている感じだった
次はひとつめの大きな登りで2700m越えのShivapuri Peakを目指す。関門突破のためにここまでもそこそこ心肺に負荷をかけているということもあって呼吸のつらさが尋常ではない。延々と続く階段を2-3歩ずつ上がっては一呼吸置くという信じられないくらいのペースでのろのろと進む。それでも息が上がってしまって数十秒おきに呼吸を整えないと進めない。日本の2700mよりもずっとしんどくないか??
レース後に調べてみたら、ネパールは空気が乾燥している上に土埃などの刺激で鼻や口のコンディションが悪くなっていることが多いため高所での呼吸が苦しくなることもがあるのだそうだ。でもそんな気のせいみたいな理由だけなの?もっと決定的な原因があるんじゃないのか?そんな風に感じる程度に息苦しかった。周りの選手も階段の脇に潰れてうずくまっていた。
自分も結構ボロボロになりながら登っていたつもりだったがそれでも周りの選手のペースよりは速かったようで「君についていってもいいか、君のペースをモチベーションにする!」とか言われて後ろにつかれたりした。その彼は数分で撃沈して遠く離れてしまったけれども。いやはや酸素が足りない。
ようやく到着した平らな山頂はガス。タルチョが飾られている
長い長い登りだったという記憶はあったけれど、こうして写真を振り返ってみて初めて、CP3から山頂まで3時間も登り続けていたことがわかった。そんなに長いこと登っていたのか!

WP Bagdwar (53km) 16:37頃
公式HPにはすべてのCP/WPのクローズ時刻が書かれていたが、その時刻が何を意味するのかよくわからないまま一応自分のタイム表にも転記しておいた。このWPは16:00クローズとのことだったが、万が一16時になってエイドが撤収を始めてしまって水も食べ物も補給できないのだとしたらどうしよう、もしそうなっていたら時間的に次の関門に間に合うとしても水切れで破綻してしまうのではないか??
ようやく到着したWPは本当に撤収しはじめている感じなのかもと思わずにはいられない程地味で小規模だった。水が貰えたことに胸をなでおろしつつ恐る恐るスタッフに確認してみると、別にCPはクローズしてないよとのこと。良かった・・・・・。じゃあ一体CP/WPのクローズ時刻って何なのだろう。
とはいえここにはフルーツすら無かったと思う。水と電解質系飲料のみ。

CP4 Chisapani (64km) 18:30頃 (関門30分前)
40kmと70kmの関門のことばかり考えすぎて60km関門のことが頭から抜け落ちていた。60kmの関門に余裕があるのかどうかもイマイチわからなかったが、そもそも40km関門も20分しか余裕が無かった上にBagdwarのクローズ時刻にも間に合ってはいなかったということを踏まえると結構ギリギリなはずだ。のんびりしている暇はない。
降り基調のコースを粛々と進んでなんとかCP4 に到着すると先に到着して休憩中のY河内さんに会えた。レース中、日本の皆には誰にも追いつけないままだろうと思っていたのでここで会えて凄くホッとした。ここで少しばかり羽を休めるも、大本命の最終関門が次に控えているのでそんなにのんびりもしていられない。ここでヘッドライトを装着しY河内さんを追って出発。

10kmほどの距離を3時間弱で進めば最終関門Jhule、しかもCP4から走れる降りがあるとの前情報だったので、これは本当に関門突破できるのかもしれないと思ったらわくわくとどきどきが止まらなかった。緊張と興奮、驚きと喜びで瞳孔が開く。全身がギラついて感覚が鋭くなる一方で、何かしようとすれば小刻みに指先が震えた。いける、これはいけるかもしれないのか!第一章ゴール(=76km関門突破)が次第に具体的にイメージできるようになってきて、到着するより先に1人で感動してうるうるし始めていたのだが、ラスト2kmちょっとの降りに差し掛かると状況は一変した。踏み跡は薄く藪がちでルートが不明瞭、マーキングは藪に覆われてよく見えずにロストを繰り返すようになった。進んでは戻り、ヘッドライトの照度を上げてマーキングを探しては進む。道が細かすぎて時計のコースアウトアラートも鳴ってくれない。気持ちだけが焦る。1分間に合わなくて関門アウトみたいな可能性が出てきた。

もう何日も食べていない野生動物が獲物を見つけてがむしゃらに追うかの如く、それはもう夢中でルートファインディングをした。進みづらい細い岩場をこなし、転ばないよう気をつけながら時間内になんとか関門を突破しなければならない。100マイルのレースの中盤にまったく相応しくない出力だが、ここでこの出力が無ければ先に進ませてもらえないのだ。

WP Jhule (76km) 21:21 (関門9分前)
格闘すること数十分程度だったのだろうと思う、どうにかこうにか舗装路に飛び出すといきなり足首を捻る。いやしかし痛いとか落ち着くまで歩くとかそんなことを言っている余裕もない!緩やかな坂道を必死に駆け上がるとエイドの明かりが見えた。関門のすぐ手前にY河内さんとM月さんの2人もいたので追いついて、3人で関門突破を称え合いながらしばらく休むことにした。21:21、関門9分前滑り込み。こんなに痺れる展開のレースは久しぶりだ。

休んでいると関門締切まであと2分になったが、あまりにもスタッフがまったりしているので「あと2分で関門ですね」と言ってみたところ「ここ、関門じゃなくなったよ☆」との返事。それ先に教えてくれ!脚の無駄遣いしたじゃんか・・・

CP Nagarkot (82km) 23:30頃 (30-40分程休憩) 
関門ではなくなった関門を越えて10kmほどでドロップバッグのあるCPに到着。かなり大きな施設を貸し切っており、仮眠部屋も複数用意されていたようだった。まだ仮眠をとるほどの眠気はなかったので着替えをして行動食の詰め替えをしたり、エイドのダルバートを食べたりなどして過ごしていたらあっという間に時間が経った。下着や靴下まで丸々着替えることにしたが、唯一迷ったのはCW-Xのバランスアップスパッツを引き続き履き続けるかどうかだった。前回チェンマイのレースで最初から最後まで履いていたら股が擦れて大変なことになったのだが、今回も既に擦れの気配があって股やお尻の溝にプロテクトJ1を塗りたくっていた。まだレースも中盤、このまま履き続けていると擦れが悪化しそうである。でも脱いだら脱いだで太腿の内側が擦れるかもしれない。悩んだ挙句に脱ぐことにしたが、これは結果的に良かったようでゴールまで擦れに悩まされることはなかった。

ここまで時間を気にして進んでいた分の反動でのんびりしすぎたかもしれない。ここでは再びY河内さんと一緒になったが、彼は胃腸がやられ気味だったようでくたくたになった麺の入ったスープもほとんど食べられないようだった。私が着替えを終えて戻ってくると彼の姿は無かった。少し仮眠すると言っていたから、どこかの部屋に入ったのかもしれなかった。
階段を上がったところに木製のきちんとした椅子が乱雑に置いてあり、適当に座って過ごす。着替えスペースは一応個室がいくつか用意されていたようだったが、私が着替えようとした時は個室で眠っている人がいて部屋を使えなかった。結局外の暗いところで全身着替えた(全裸w)。
綺麗に盛り付けられたものではなく、ライスにダルスープをばさっとかけただけの雑なダルバートが提供される。しかしスタートしてから始めてのまともな炭水化物!ご飯!ということで美味しくいただく

私の胃腸はまだ元気だった。ダルバートを貰うと物凄い量のご飯が盛られてきた。軽く1合はあっただろう。食べ進めていくと次第にダルが足りなくなってご飯とのバランスが崩れてきた。見かねたスタッフがダルを追加してくれたが、それでもまたご飯が残り、またダルをかけられそうになる。これでは量が増えるばかりなので途中でもう食べ切れないとお断りをした。最初からこの量を盛ってくるということは、割と皆その量を平らげるということなのだろうか・・・。
食後はお湯を貰い、ドロップバッグに入れておいたカフェオレを溶かして一杯啜る。

床に置かれた鍋はヌードルスープ。テーブルの上にはご飯とダルスープ、フルーツが置かれていた。座ってあれこれ準備していたらダルバートはスタッフの方が持ってきてくれた。ありがたい。

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