2026/04/24

20260421-25_Gosaikunda Trekking(day4)

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2026/4/24 (Fri) day4 Tharepati-Golphu Bhanjyang
(15.8km/349mD+/1852mD-)
すぐ近くのやぐらから日の出を見ると綺麗だよとのことだったので朝食前の散歩がてらNgimaと一緒に登る。6:30頃やぐらに登ると、小屋から見えていなかった太陽はすっかり上の方にあった。

こんな環境の3960m地点に木製のやぐら、丈夫なものだな。松の木らしい。
この日も霜が降りていた。
3日目の朝にイスラエル人が食べていたチベタンブレッドというのが気になったので頼んでみた。チベタンブレッドとは「主にチベットやネパールなどのヒマラヤ地域で食べられている、無発酵のパン。小麦粉、油、ミルク、ベーキングパウダーを混ぜて生地を作り、油で揚げたり、焼いたりして作られる。」とのこと。遠目で見ていて結構茶色いパンだかナンだかのように見えていたが、揚げてあるものだった。朝から揚げ物とはなかなか。パンのようでもナンのようでもなく、パイ生地をカリカリに揚げたスナック菓子のようで、これはこれで美味しい。上にシュレッドチーズが乗っていたが、生地からもチーズの風味のような香りがしていた。スプーンとフォークが出てきたが、およそスプーンとフォークで食べるような物体でもない。
色々なものが食べられて楽しい旅だ
Tharepatiを去る。ここもスペルがTharepatiではなくThatepatiになっていた。
それと、山の中ほとんどの表記がWelcomeではなくWel comeなのも謎w
今日は降り基調
毎日2回くらいお茶休憩がある。私は大体コーヒーか紅茶、後半はジンジャーティーとかを頼んだりなど。小屋によって生姜風味が強いところと弱いところとある。
咲き乱れるシャクナゲ
少し曇ってきたが、白っぽかったりうっすらピンクがかっているものがすべてシャクナゲ。咲きまくっている
途中、何の変哲もない葉っぱを指して、これは日本で紙幣になるんだよと説明を受ける。Ngimaも日本人から聞いて知ったのだそうだ。アルゲリっていうんだよとのことで、電波が繋がってから調べてみたらミツマタだった。花しか知らなかったけれどミツマタの葉ってこんななのか、そして紙ってもっと太い木みたいなのから作られるものだと思い込んでいたけれどミツマタからできているのか!色々と驚き。
よく枝を見ると確かにミツマタだ
大分降りてきた
ここでまたパスポートとentrance permitを見せて手続き。(何日の何時に公園から出ました、みたいなことを書いているのだと思う。多分w)
ぼちぼち民家が出てきた。最終日の5日目はバス停のようなところまでの道路歩きが2時間くらいあるとかでトレッキングではないと事前に聞かされていたので、実質今日が最後のトレッキングとなる。とはいえここは一旦通る集落で、ゴールはまだ先だ。
民家が出てきたのでもう終わりかと思いきや途中の集落だった
時間が13時近かったこともあってか、営業していそうな小屋が少ない。ふらふらと小屋に近付いては様子を伺い、やっていなさそうなら次の小屋へ、というのを数回繰り返してようやくランチにありつく。この日も13時過ぎくらいになった。ここも当然のように、ご飯が出てくるのは遅い。いや、本当にどこから作っているのだろうと不思議に思ってしまう。1から作っているとしか思えないんだよなぁ。作り置きしているものってあるんだろうか?青菜くらいか?
街が近くなってきてご飯の価格が安くなってきたw
これまで食べたダルバートの中で一番ダルのスープにとろみがついていた。付け添えの青菜が美味しい!何の葉っぱだったのかはわからない。
ヤギたちが可愛い。おじさんが近くにいて、このヤギを率いている。
ランチから2時間ほどで宿に到着。向かい側に中学校があり、近くに小さな商店がいくつか並んでいた。山から降り、ここはまた土埃の激しいエリアだ。国内の登山で4泊5日というと割と長い部類に入るし初日は大抵夜のうちに移動したりするから登山時間を長くとれるが、ここでは初日と最終日の日中帯がほぼ移動日になってしまうので、矢張りあっという間だったなぁという感じは否めなかった。とはいえ、レースを怪我無く終えて、レース翌日の謎の不調も乗り切ってどうにかトレッキングまでしっかり来られたのだから、我ながらよくやったとしか言いようがない。何ならこの標高でしっかり酒まで飲んでいるのだから天晴れである。これ以上何を望むというのか。

下界に近いこともあって宿の内装も綺麗で、なんとこの日は無料でシャワーも浴びることができた。シャワーを浴びるつもりなどなかったのでシャンプーやら石鹸の類は一切持参していなかったが、それでも汗を流し頭皮にお湯を当てられてとても気持ちが良かった。髪の毛がたくさん抜けた・・・(まぁそんなものだよね)。
ロビーというか食堂というか、リビング?の什器が美しい
周りの売店でも見る?とNgimaが言うので、おすすめしてくるくらいだから面白いのかなと思って一緒に宿を出ると「僕はちょっとこっちに・・・」と言って宿の裏山を降りようとしていた。手にはトングとレジ袋を持っている。面白そうだから私もそっちに付いていくと、なにやら草を摘んで収穫し始めた。なんですかそれはw
トングは宿の奥さんに借りていた。真剣な眼差しで草を取るw
草の名前は聞かなかったが、なにやら汁物に入れて食べたりすると美味しいのだそうだ。日本で見るアイコに近いものだろうか(ちょっと葉の形が似ているような気もする)。私は山菜取りなんかもするけれど、まさかネパールまできて野草の収穫にお付き合いすることになろうとは思ってもみなかった。類友というか、なんというか・・・。見た目はトゲトゲしている。触れないからトングを使って取っているようだ。カトマンズやタメル界隈にも生えていることは生えているらしいのだが、ここの個体の方が質が良いらしい。
結構下まで降りていくようだったし私は足元がサンダルだったので途中で離脱して周囲の商店を散策。アルコールも売っていたが、流石に小屋持ち込みは良くないかなと思ってそのまま何も買わずに撤収。ちょっとしたスナック菓子くらい買ってみても良かったな。
トゲもかなり立派で触れない。
さて、山岳エリア最後の晩餐、夕飯は何にしようか考えた挙句に春巻きをオーダーしてみた。メニューには1つあたり幾ら、と値段が書かれている。いくらビールのツマミにしたって春巻き1つじゃ足りない気もするが、どんな春巻きなのかもわからないのでとりあえず頼んでみることに。万が一滅茶苦茶少なければ追加させてもらえばいい。
とか思ってビールを飲みながら待っていたらとんでもないものが出てきた。カルツォーネのような・・・巨大揚げ餃子のような。
伝わるでしょうか、このサイズ感。そしてこの形状w
ビールは今日はまた別の銘柄に。
中身は野菜やら卵やら、色々ミックスといった感じ
中身がスパイシーだったし良いおつまみにはなったけれど、矢張り1人より2-3人でちょっとずつ色々なものをシェアしたい。ひたすらこの「春巻き」というものを食べてこの日のご飯は終わった。後で聞いたところによると、別にネパールの春巻きが皆こんな形のこんなサイズな訳ではないようだった。何故ここの小屋はこれを春巻きとしてメニューに載せたのだろうか・・・。

春巻きを食べ終えてビールも飲み切るくらいになった時、もう寝るかとNgimaに聞かれたが、最終日ここですぐ眠ってしまったのではなんだか勿体無い気がして、小屋のご夫婦とNgimaがまったりしていた薄暗いキッチンに混ぜてもらうことにした。言葉は何言ってるかさっぱり分からないけどそっちに混ざってもいいかと尋ねると勿論だよと言って快く迎え入れてくれた。

初日も3日目も小屋で飲ませてくれた地酒、今度は焼酎ぽいものではなく白濁した地酒(おそらくチャンという酒)を飲ませてもらった。私はお酒も食べ物も全く好き嫌いがないから、どこへ行っても何でも食べられて飲めるのがいい。私が何の抵抗もなくすいすい飲むからか、相手もニコニコしてくれる。この晩他のお客さんはいなかった。夕飯は私だけが春巻きを食べて、小屋の人もNgimaも皆ダルバートを食べていた。結局ダルバートに始まりダルバートに終わるんだな。もう他の物を食べない方がより現地の人に馴染めるんじゃないだろうかという気がする。壁に作り付けの棚には整然と並べられた調理器具があり、銅の鍋なんかもあってとても美しかった。この空間は写真を撮り忘れていて、動画ばかり撮っていたのでここに掲載できないのが残念だ。Ngimaはどこの小屋に行ってもすぐに小屋の人達と馴染んでいたけれど、何度も会っているという訳でもなさそうだった。Gosaikundaエリアは年に2-3回来るくらいと言っていたし、使う小屋だって毎回違う可能性があるということを考えたら、小屋の人から完璧に顔を覚えられているということも無いだろう。ネパール人というのがそもそも全体的に皆人懐っこくフレンドリーな気もするが、それにしても彼は心の距離を縮めるのが上手すぎる。小手先の上手さではないところがまた凄い。少なくとも傍から見ていた私にはそう見えた。振る舞い酒でふわふわと気持ちよく酔いながら、彼等の穏やかな輪の中に混ぜてもらえていることを有難く思った。トレッキング中、結局一度も日本人には会わなかった。

眠ってから少しした22:30頃、窓から差し込む閃光で目が覚めると外は激しい雷雨だった。日中これにやられなくて本当に良かった・・・。

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