2025/05/09

20250509-11_BTR Ultra 100k(レース前日編)

BTR Ultra公式ページはこちら

これまで、海外レースに出たいというモチベーションは特に無かったから、私をよく知る友人達は私が急に海外レースにエントリーしていて驚いたんじゃないかと思う。私にはまだ出ていないレースが国内に沢山あるし、別にエリートランナーでもあるまいし、お金と時間をかけて海外にわざわざ走りに行く必要もないと思っていた。なんなら折角海外まで行くならレースなんて走らずに泊まり装備を背負ってのんびり登山がしたい方だった。でも今回行ってみて分かったのは、世界にはこんなにもレースがあってそれに出ている人が世界中にいて、万人に門戸は開かれているということだった。レースに出ると、観光で訪れるだけでは絶対に辿ることはないであろう景色や長い距離を一気に短期間で、しかもエイドというサポート付きで気軽に楽しめるのもいい。これまで海外レースに参加してこなかったことを悔やんだりはしていないけれど、これからはもっと参加してもいいかもなぁと思った。友人や知り合いで海外レースに出ている人は数多く居るものの、一緒に行こうと誘ってもらったのは今回が初めてだったが、誘いにはできるだけ乗った方がいい。話を聴いて面白そうだからやってみたいと思えたのは、それに対して最適なタイミングだったからなのだろうと思う。

今回のレースは2025年が始まったばかりの1月15日に友人とご飯を食べに行ったことで動き出した。でもこれは実はまだ第一章が始まったにすぎない。何年も続けて出ているレース以外に特に新たに別のレースに出てみようとも思っていないままに始まった平凡な2025年が一気に鮮やかに彩られたのだ。彼女のお陰で今年は幸せなイベントが目白押しだ。
レース当日までGPXファイルに変更が加わり、そのたびに時計へのマップ転送を強いられるw
レースのコースはバリ島北部に広がるキンタマーニ高原エリア。
カテゴリは5つあって、100kが最長。
100kカテゴリは今年が初開催で前例がなく、タイム表を作ろうにも参考資料がないw
レースに向けたトレーニングとしては特別なことはしなかったけれど、唯一やったことといえば24時間以上で距離80km累積標高7000mくらいのルートを3月4月あたりで2回ほどやったくらいか。70kmを超えるレースはまだ分水嶺トレイルTGTしか走ったことがなく眠気対策も気がかりだったので、レース前1ヶ月くらいはカフェイン抜きもしてみた。あとは直前の悪足掻きで5/5-6で仙丈ヶ岳BCに行って高所順応的なこともしてみた。直前過ぎて疲労が残る可能性も高かったし行くべきではなかったのかもしれないけれど、行った方が高所順応になるよねとかいう解釈を無理矢理したという説もあるw(結果的には疲労も抜けたし高所順応できたんじゃないかという気もしているので、行って良かったと思っている。)

海外には何度も行っていて、バリ島も実は3度目だったのだけれど、最近は色々な手続きが電子化していて頭が追い付かない。しかし海外レース慣れした友人が一緒なので助けてもらいながら準備を進めていった。レースにエントリーして航空券を確保した後はとりあえず手続きに時間のかかりそうな空港ラウンジ用のパスを作ったり、ギリギリに買ったら届かなさそうなコンセントの変換プラグを買ったり。空港ラウンジは、パスを申し込んだお陰でフードもアルコールドリンクもすべて無料になったので、レース前だというのにあれやこれやと食べまくり飲みまくりwレース前に減量も結局できないまま当日を迎えているというのに、こんなことで大丈夫なのか。(美味しい。)友人も同じ感じで食べ続けてくれるのが嬉しい。
トランジットの香港で頂いた朝食フレンチトーストとベーコンにカクテル。
これ以外にビュッフェを3か所くらいハシゴし、8時間程のトランジットは不眠不休でフードファイトw(何をしているのか?w)だって美味しいんですもの・・・
バリ到着
15年ぶりくらいのバリ。現地に着くと、友人が以前別のレースで知り合ったというマレーシアのウェアメーカー・Ole Athltcの方々に出迎えられ、一緒にタクシーで受付会場へ向かう。
アジア感しかない車間距離とバイクの密度
事前に装備の写真をひとつずつ撮影してオンラインで登録、装備チェックが完了するとQRコードが発行され、それを見せることで受付完了となりゼッケンやその他参加賞が貰える仕組み
めちゃくちゃフレンドリーな受付のお姉さん達。
頑張ってねと盛大にエールを送られ一緒に撮影。
受付会場とスタート&ゴール地点は車で2時間近く離れた場所にあり、我々の宿はスタート&ゴール地点に近いため受付が終わってからOle Athltcの方々と別れて移動。レース当日の朝であれば受付会場からスタート地点までの公式シャトルバスもあったようだが、バスの時間に縛られて動くより、2人でタクシー代を折半して移動した方が割安且つ便利だった。

1泊目の宿はかなり早いタイミングで友人が手配してくれていた。しかし予約情報のメールなどを見ても宿の住所が何故か特定できず、タクシーを降りても目的の宿がなく、初日だというのにいきなり露頭に迷う。結局近くの商店のおばちゃんが宿の人とインドネシア語で電話で話してくれて事なきを得た。とりあえずお腹がすいていたので、我々は宿の車のお迎えを待ちながらご飯を頂く。白飯に目玉焼きや野菜炒め(多分空心菜)、テンペなどを乗せたものでひとり250円くらいw
レース前日なのに辛いサンバルソースを多めにかけてもらうメンタルw
そして食べ始める直前くらいに宿の人が到着したが、その人を待たせて完食w
安くて大きな部屋だけどこの界隈はハエが多く、窓を開けるとすぐ入ってくるので窓が開けられないw
この日は仲良くダブルベッドで就寝。マットレスが適度な硬さだったので、寝返りを打ってもお互いに全く影響せずぐっすり眠れた。1人3000円くらいで朝食付き。
翌朝、レース当日。
日本から持参した装備をとりまとめてレース用にパッキング
100kmなのに16:00スタートなので、制限時間の34時間ギリギリだとゴール時刻は翌々日の午前2:00となる。てっぺん越える前にはゴールしたいところだ。

<エネルギーと水分>

・エネルギー:レギュレーションで800kcalは常に携行するよう定められていたためスタート時には写真の量を持参。ひとつあたり100~140kcalのポーションだけれど、黒蜜だけは300kcal超えている。伊那のかんてんぱぱにて購入した黒蜜で寒天を含んでいる製品だけれど、思ったよりはゼリー状に固まったりはしておらず美味しかった。あまり自分で持って行ったものは食べなかったけれど、桜わらびと宇治抹茶わらび、黒蜜、トレイルようかんが美味しかった!

・水分:Innerfactの500mlフラスク×2 レギュレーション通り常に1Lは持って移動。

・塩分:硫黄塩(暑さ対策で持参したものの結局一度も摂取せず)


<服装、装備>

・ヘッドギア:HerenessのFOCUS CAP(チームのロゴ入りオリジナルデザイン)

・上半身:Finetrackのノースリーブドライレイヤー+Patagonia半袖T(Run or Dieロゴ入り)、ORのアームカバー、チャリ用グローブ

・下半身:知り合いがカモシカの刺繍を入れて販売してくれているバギーズショーツみたいな感じの短パン(3000円くらい)、ドライマックスのソックス(前半)+Goldwinのソックス(後半)、モンベルのショートゲイター(途中でゴムが切れたためMt. Agun下山まで着用)、cepのカーフサポーターみたいなやつ(防寒用に持参したが使わず)

・ライト:レッドレンザーH8R(予備は霧対策でGentos閃ハンドライトにフォグフィルターを付けたもの)
・ザック:The North FaceのTR10

・シューズ:SCOTT Supertrac Iltra RC

・その他(必携装備等):エマージェンシーキット、エマージェンシーシート、雨具(モンベルのストームクルーザー上のみ、スコール時に着用)、レッドレンザー予備電池、モバイルバッテリー(5400mAh×1)、COROS Pace2充電用ケーブル、Patagoniaフーディ二ジャケット(一度も着ず)、ヘリテイジのULトレイルポール、グローブ予備、ティッシュ&ビニール袋、Don’t Panic調光偏光サングラス、Fold-a-cup(マイカップ必携のため)、手拭い、LED赤ライト(ライトか反射板が必携装備だったが私はライトを選択)、食事用チタンカップ+カトラリー(必携装備だったが一度も使わず)、ゼッケンベルト(昔ハセツネの参加賞で貰ったもの)、ゴミ入れ(UTMFの参加賞だったもの)


2024/11/03

20241103_第8回甲州アルプスオートルートチャレンジ(70kmオートルート)

秋はトレランのシーズン。
何度も出走しているハセツネのここ最近のエントリーフィーの高騰がえげつないので、少し距離を置きたい気分になり(単にクリック合戦に負けたというのも理由のひとつではあるけれど)、かねてより気になっていた甲州アルプスオートルートチャレンジに参戦してきた。強烈なドラマがあった訳ではない気がするので、ブログはいつもより軽めにw

このレースに出走しようとした時にまず立ちはだかったハードルは宿問題とアクセスだった。短いカテゴリーもいくつかあるのだが、自分が出ようとしていた制限時間17時間のオートルートカテゴリーの場合、朝4時スタートで21時ゴールとなり、しかも前日受付が必須である。つまりはやくゴールできる自信がある場合を除けば、前泊に加えて後泊も必要なのだ。塩山で2泊もするの?宿とるの?近くにキャンプ場なんて見当たらないよな??問題は山積みだったのだけれども、時期とエリア的に紅葉は絶対綺麗だろうしこれはもう出たいし出るしかないでしょということで見切り発車的にエントリーしてしまった。

結構ギリギリになるまで宿もアクセスも決まらなかったのだが、直前に急遽宿も足も一気に決まって事なきを得た。もし会場の駐車場にテントを張ることになったとしてそこに2泊とか、しかも初めてだからどんな駐車場かよくわからないしそもそも他にテント張ってる人なんているんだろうか?と不安に思っていたところから、レースを1週間後に控えた頃にいきなりの急展開。レース前日は大雨だったので、宿があって本当に助かった。前日は当然のように宴会となったが、できるだけアルコールを控えて早く寝るよう心掛けた。皆は飲んでいたけれど、私以外の皆、たいそう強い方々だったし、オートルート出走は私ともう1人だけだったので・・・
4時スタートは初。早朝というかほぼ夜。
過去私が経験した中で一番朝が早かったのが奥久慈の5時半スタート。あとは分水嶺の24時(朝というか夜)なので、今回が過去一番早いスタートとなった。今回は2時起床、3時移動で、私と同じオートルートカテゴリに出走予定のY氏の軽トラに乗せて頂き現地入り。朝はもっと寒いかと思っていたが、表に出た瞬間からまったく寒くなくて拍子抜け。いやこの時期の山梨でこの気温ってちょっと暖かすぎるのでは。
朝2時から1000kcal以上食べられるのは強みだと思っている。カロリー的に準備はばっちり(食べ過ぎ)。ランチパック的なものとおいなりさん、薄皮シリーズのパンを数個食べたのだったと思う。
走っている間、ほぼずっと富士山が見え続けていてとても綺麗だった!紅葉も素晴らしい
走り出して暫くはロード。登りも勿論あるけれど想像以上に下りが多い。序盤に下りのロードで前腿に刺激が入るレースなんて経験したことがないので、これが変に最後に影響しないといいけれど・・・とか不安に思いながら進んでいく。このレースはコースがきつい割に制限時間が短いこともあってか選手が皆強者揃いのようで、ロードでダレてくる人が全然居ない。しかし自分も一緒になってこんなに突っ込んでいては潰れてしまう。多少温存しなくては・・・とはいえ70kmしかないしそれなりに飛ばすべきなのか?などと考えを巡らす。

序盤で源次郎岳を登っていると、二日酔いで気持ち悪いなどと言いながらもすたすた進むY氏に捕らえられる。二日酔いでその軽やかな足取りですか・・・(本人的には相当つらかった模様)。しかも私より10歳以上年上なんですが・・・。
激登りを終えて源次郎岳
CP1に到着しタイム表を確認しながらエイドの食べ物をいただく。オートルートはハセツネとほぼ同じ距離だがエイドが7回もあり(大体10キロに1回のエイドがあり)、そのすべてで食料や水分など十分なエネルギー調達ができるのが最大の違いだ。走りながら固形物をそんなに食べ続けるのは人によっては難しいことなのかもしれないが、胃腸の強い私にとっては何の問題も無かったので、最初のエイドからあんぱんクリームパンチップスターとぽいぽい口へ放って無心で食べまくった。ここまででまだそんなにカロリー消費してないだろ、と1人突っ込みをしつつ。
今回目標タイム13時間半~15時間半までの表を作ってきており、本命は14時間かなーなどと思っていたのだが、CP1の到着時刻と照らし合わせると既に15時間半想定くらいの時刻になっており愕然とする。いやいやここまで結構頑張ってきて、走れるところは走ってきていたのにここまで4時間弱、この感じでゴールしても15時間半かもしれないってことか??これはひょっとして関門アウトとかあり得るのか?タイムを狙うとか以前に、制限時間と闘わなくてはいけない系なのか?(やばい)
標高をあげてきたこともあり結構寒かった。CPではリタイヤを決めたらしき人がエマージェンシーシートに包まって震えていた。指切りグローブから飛び出した私の指先も冷えきっている。

とはいえ動き出せば体は暖かい。日も高くなりむしろ暑いくらいだ。滅茶苦茶良い天気。
小金沢山に向かう稜線にあがるところかな?8時半過ぎ
一緒に泊まったメンバーのうちの2名はTGT主催のA御夫妻だったのだが、このポイントで誘導のボランティアをしてくださっていた。前日に13時間台でゴールできたらいいな~なんて言っていたのが恥ずかしいような遅さで到着w 少しだけ会話して写真を撮って先を急ぐ。
富士山どーん
湯ノ沢峠CPまでの間はいくつかのピークを登ったり降ったりふわふわと進む。どこかの登り(黒岳だったか??)で6-7人くらいのパックができあがり、私はその後ろの方についていた。自分のペースよりも少し遅いかなというくらいののんびりしたペースで暫く進んでいたその時だった、木の根っこに乗ったのか軽く滑り、静かに前に倒れた。ストックを使っていたこともあったし、斜面が急だったこともあって、手を突くより先に胸から着地したらしい。ウッと声が出たと思ったら一瞬息ができなくなりその場にうずくまった。

同じパックに居た人が前からわざわざ駆け寄り、大丈夫ですかと声を掛けてくださった。本人もレース中なのにそんな私ごときのために立ち止まるなんて勿体無い!と焦りながらよくよくその人を見上げたら「救護」と書かれたビブを着ていらっしゃった。救護担当の方ならお言葉に甘えよう、ということで一緒に休んでからゆっくり先へ進むことにした。痛みが強くなるようなら言ってください!と言われて様子を見たが、痛みは強くも弱くもならなかったのでその旨伝えた。痛み止めは持ってますか?はい持ってます!じゃあいざとなったらそれを飲んでなんとかなりますかね?みたいなやり取りをしてその救護の方とは別れた。痛みを感じていたのは肋骨だった。パックにいた女性はすっかり先に行ってしまって見えなくなった。今自分が何位なのかもさっぱりわからなかったが、またここで順位が落ちたなと思った。

29km地点湯ノ沢峠CPに来ると、友人が応援に来ていた。あばらをやったかもしれないという旨を伝えて別れ、次のエイドである42km竜門峡CPへ駒を進める。牛奥ノ雁ヶ腹擦山の稜線は曲り沢や小金沢など、沢登りや釣りで詰め上がった後に歩いたことがある場所を繋いだようなところだったので「おお、あの時の詰め上がりのポイントだ!」なんて思いながら進んでいた。こういう、記憶をなぞるようなルートがトレランのコースになっているのは感慨深いものがある。次に目指すは竜門峡エイド。
42km竜門峡エイド。ミニサイズのカップヌードルが美味しい
竜門峡に向かって降っている時だっただろうか、いよいよ肋骨の痛みが鋭くなってきた。登っている間は特に問題はなかったが、降りで走り始めたら着地の衝撃がダイレクトに肋骨に響いてすこぶる痛くなってきた。着地が痛い、とりわけ上半身と下半身に捻りが生じた時が痛い。それ以外ではどの体勢になると痛みが出るのかがイマイチわからないため対策に困った。とりあえず体の上下に捻りが加わらないよう、そして上に跳ねないような走りを心掛けながら超早歩きみたいな感じで降るようにした。気を抜くとすぐみぞおちの脇に電気が走る。

何度か利用したことのある温泉施設(特別養護老人ホームがお風呂を解放している施設)を過ぎて竜門峡エイドに着くと、高校生くらいの女の子たちが誘導ポイントで出迎えてくれた。13:00頃。ああーようやく完全に半分は越えたぞーーという気持ちで、到着後真っ先にカップヌードルをいただく。美味しい。ひとつめを食べ終えて、もうひとつ食べたいなという気もしたが、のんびりしすぎてもいけないので麺は諦めた。正直ここでそこまで食べなくてもシャリバテしない程度には食べてきている。麺に続き、地元で作られたらしきよもぎ饅頭もぺろり。あとここのエイドでは「チップスターにチョコレートを乗せて一緒に食べると美味い」ということに気付いてしまって、それをバクバク食べていた。なんと背徳的な味か!ROYCE'のポテトチップチョコレートの下位互換といった感じw なんやかんやでここにも10分ちょっと留まり、ようやくここでロキソニンを投入し、羊羹をいくつか握りしめてエイドを後にする。因みに、各エイドで提供される食べ物を自作のタイム表に落とし込んであったというのに、何故か竜門峡でシャインマスカットが食べられると勘違いしていた。まるで偽ピークに騙されたような気持ち、誰も私のことを騙してなんかいない、ただの思い込み。。。
紅葉が綺麗!
11月とは思えない暖かさ
15:15頃、ようやく一旦登りが終わって深沢エイドに到着。ここからは他のカテゴリーのコースと重なるため選手が増えるが、よくよくゼッケンを見るとオートルートの選手は周りにあまり居ない。他のカテゴリーを走ってバテ気味な選手を見て安心していてはいけないのだ(急げ自分)。
沢山マスカットを食べたらお腹壊しそうだなーと事前に考えていたのに、あまりの美味しさに食べる手が止まらない。皮も気にならないほど薄く渋みもない。いやーシャインマスカットってこんなに美味しいんだねと驚いてしまった。フルーツというかスイーツ。甘い物欲みたいなものがおさまるレベルの、まるでシロップ漬けかと思ってしまうほどの甘味。パフェなんかで生クリームと合わせても絶対に負けない強さがある。この場で2-3房分くらい食べたんじゃないだろうか。滅茶苦茶美味しかったし一気にこんなにブドウを食べたのが人生で初めてだったのではないだろうか。でもエイドの人に「シャインマスカットとお味噌汁を一緒に食べると美味しいらしいんですよ」と言われて絶対嘘だろと思ったら、案の定全く合わなかった。謎の口コミを残していったの誰だよ(お味噌汁は普通に美味しかった・・・)。お腹は壊さなかった。
ようやく49km深沢エイドのシャインマスカット!
房から外してあるので食べやすく、水分補給とエネルギー補給が同時にできて
ビタミンもとれて最高のエイド!
ここから暫くは林道の下り。登っているときにはロキソニンの効果はよくわからなかったが、降り始めたら薬が十分効果を発揮してくれているのが判った。舗装路を駆け下りて着地の衝撃を受けてもまったく肋骨に痛みを感じない。しかも痛みのせいで温存させられていた脚が思い出したようによく回るようになって林道は快調に飛ばせた。テクニカルでもない走れるセクションで走れないと、情けなくてメンタルにくるので、今回はここで走れたのはとても良かった。そしてロキソニンの力を身をもって改めて思い知る。ロキソニン大事。寧ろ効きすぎて怖い。

ここから2時間ほどした17:10頃、最後のマロニエエイドに到着。森の中の暗さはギリギリといった感じだったがどうにかエイドまで持ちこたえたところでヘッデン装着。前日は「暗くなる前にゴールできるよ!」などと言われてまんざらでもなかったが、手前のエイドで既にすっかり暗くなってしまった。ヘッデンで走らなければならない時間はそこまで長くないとはいえ、明るいライトにしておいてよかった。ライトが明るいと、気分まで明るくなるものだ。ここのエイドでは午後の紅茶のミルクティーが初登場していて、これを3杯くらい頂いた。寒くないので温かい飲み物はあまり欲さず、常温のミルクティーは飲みやすくてとても美味しかった。行動食がずっと甘いせいか、甘い筈の午後の紅茶が全然甘く感じなかったのは不思議だった。むしろ紅茶の渋みを感じたくらいだ。

この後ゴール間際にもう1ヶ所ドリンクのエイドが設置されていたので、とりあえずコーラを頂いた。やっぱりコーラなんだね、コーラ大人気だ!なんて笑いながらコーラを注いでくれるボランティアの方としばし談笑。その後も地元のおじさんみたいな方が「よく頑張ったぁぁぁ!日本一きついレースを完走したあんたは偉いぃぃ!」などと過剰なくらいの声援を送って下さるのを聞きながらゴールを目指す。ていうかあのおじさん、4時台から居たよね・・・?おじさんも丸一日応援し続けていたのだろうか、それはそれで凄いわ。ハードコア応援(ソロ)。

最後の最後、公園に入って橋のようなものを越えたあと、ここまで過剰なくらいに丁寧につけられたマーキングや矢印がなくなった。一直線にゴールゲートめがけて階段を降りていったら「ここじゃないんですよー!あっちをぐるっと回ってゴールなんです!!戻って!!」と言われてまさかの登り返し。まじかよ。走って登り返せるくらい脚はまだまだ元気だったのは良かったけれど、結局後から来た人に先にゴールされたりなんかするのを眺めながらぐるっと回ってようやくゴールゲート。お疲れ様でした。
ゴール後はお代わり自由の具沢山の豚汁!美味しそうに見えない写真で申し訳ない・・・
宿に戻り次第宴会もあるので控えめに(といってもたっぷり2杯頂いて大満足)
一緒に出走したY氏は30分ほど前にゴールしていたが体育館で待っていてくれた。合流してお風呂行って買い出しして宿に戻って皆で打ち上げ。宿メンバーは数名入れ替わっていたが同じレースを走った人はみーんな仲間。あーだこーだ言いながら、私はレース前日に飲めなかった分を埋め合わせるかのように飲んだ。Y氏は二日酔いで走ったこともあって相当なダメージを食らい、殆ど飲まず食わずのうちにこたつで眠ってしまったzzzzz それにしてもゴール後すぐに現地で打ち上げまでできるのは最高だな。もし1人でテント泊だったら、夜お風呂も行かず(行けず)、汗拭きシートで体を拭いてから頑張って終電で帰るか、テントでもう一泊するか、または途中まで帰って漫画喫茶に泊まってシャワーを浴びるかだなぁと思っていたので、2晩にわたって雨風しのげる拠点があるなんて贅沢の極みだった。ありがたすぎる。
事前に作ったタイム表、結局15時間半ペースで進んで最後にギア上げた感じか。
今回一緒に泊まったメンバーのH女史は昨年オートルートの優勝者であり、そのタイムは13時間台だった。どれほどの人で13時間台なのだろう、自分はどれくらいでゴールできるのだろうと思って彼女の他の大会のリザルトを調べていたら、2023のハセツネのタイムは私より30分くらい遅いことがわかった。順位はさておきとりあえずオートルートも彼女と同じくらいのタイムで行けるんじゃないのかと思ったので、私は彼女のタイムを参考に計画を立てさせてもらうことにした。まぁ結局のところ13時間台なんてとてもとても届かなかった訳だけれども、エイド5か所で各10分は休んだとするとこれを半分の5分にすれば25分早くなるし、肋骨を折らなければ多分中盤もう少し走れるだろうし、次また同じコースで開催されるのであればまた出走してみたいなぁと思っている。たまには峠走とかもやっておかないと、走れる気持ちの良いトレイルで中弛みしそうなので、次出るなら事前に峠走はやりたい。あと一番大事だと個人的に思うのは、普通に毎週末山に行き続けておくことだな。その年によって出走者のレベルは違うから順位まではわからないけれど、次は是非14時間は切りたいなと思っている。

掘りごたつで2晩にわたって宴会まで楽しめて本当に最高でした。ご一緒してくださった皆様ありがとうございました!おしまい

※肋骨は折れてました。

ゴール後の宴会は写真撮ってなかったのでこれは前夜祭
前日にナマモノを食べまくる一行w(寿司やら馬刺しやら)
以下、備忘録。

<エネルギーと水分>

・エネルギー:アミノバイタル顆粒2200mg×5-6本、ジェル類2-3本(昨年のハセツネの残りなどを流用、新規買い足しは無し)

たくさん持とうとする私を制してくれた仲間たちに感謝!ほとんどエイドの食べ物でいけたので、胃さえ問題なければ何も持たなくても行けると思う。エイドの食べ物を持ち運べるようジップロックも持参したが使わず。ひとくち羊羹や塩タブレットのような小分けのもののみいくつか持った程度。エイドでほとんど食べ切ってから出発していたが、エイド滞在時間を削るならジップロック作戦の方がいいかもしれない。

・水分:Innerfactの500mlフラスク×2 常に1Lは持って移動。全部飲みきったセクションはなかったので、次のエイドが近い場合や気温に応じて少し減らしてもよさそう。


<服装、装備>

・ヘッドギア:HerenessのFOCUS CAP(チームのロゴ入りオリジナルデザイン)

・上半身:Finetrackのノースリーブドライレイヤー+Patagonia半袖T(どこかのレース会場で買ったもの)、C3-fitのアームカバー(いつも使っていたORのものが現在行方不明のため)、チャリ用グローブ

・下半身:知り合いがカモシカの刺繍を入れて販売してくれているバギーズショーツみたいな感じの短パン(3000円くらいの)、CW-Xのボディバランスアップスパッツ・ショート(BCY101)、ドライマックスのソックス、cepのカーフサポーターみたいなやつ(厚手の方)

・ライト:レッドレンザーH8R
・ザック:The North FaceのTR10

・シューズ:SCOTT Supertrac Iltra RC

・その他(必携装備等):エマージェンシーキット、雨具(モンベルのストームクルーザー上下、一度も着ず)、ココヘリ端末、Finetrackのフラッドラッシュ長袖T(長袖必携のため持参したがこれも着ず)、レッドレンザー予備電池、モバイルバッテリー(Ankerの10000mAh必携装備ではなかったが持参。しかしケーブルを忘れたためただの荷物になってしまった)、ONのゼロジャケット(ウィンドシェル、一度も着ず)、ヘリテイジのULトレイルポール、ワークマンのメリノグローブ、ティッシュ&ビニール袋、モンベル熊鈴(小)、Don’t Panic調光偏光サングラス、Fold-a-cup(マイカップ必携のため)、手拭い(顔から汗が垂れるほど暑くならず、結局持ち運んだだけで一度も使わず)

2024/10/14

20241012-14_新倉-伝付峠-二軒小屋-蝙蝠岳-塩見岳-鳥倉山(後編)

前編はこちら


Day3--10月14日(月・祝)
5:05 三伏峠
↓ - 1:40
6:45 鳥倉登山口
↓ - 1:45
8:30 鳥倉山取り付き(仮)
↓ - 1:35
10:05 鳥倉山山頂
↓ - 3:40
13:45 大河原BS
↓ - 1:15(道の駅・歌舞伎の里 大鹿しばし物色)
15:00 桶谷BS
こんな早朝に三伏峠から下山する人なんて誰も居ないw
折角泊まりで山に来ているというのに毎晩展望のないところで眠っているせいで朝晩の良い時間帯に大した景色を見ていない(残念)。あれもしたいこれもしたいと思っても、なかなか全部盛りにするのは難しいものだ。とりあえず隙間から見えるこんな景色を自分なりに楽しみながら降る。すれ違う人からは何度も「塩見小屋からですか!?」とか「下山早いですね!?」と声を掛けられた。
Innerfactのシャツの柄みたいな色w(伝われ)
登山口着。車の人もここまで車が入れる訳ではないため、皆チャリを使っているようだった。登山口にはチャリがいっぱい。積雪期前ラストスパートの執念のようなものさえ感じる。
チャリは10台以上あったと思う(写っているのは知らない人)。
さてここからは今回の山行の第二部。舗装路歩きを経て鳥倉山を目指す。変な時間なので車もほとんど通らないし、通ってもこれから入山する人の車が数台といったところ。鳥倉山はなんだかお手軽そうな山のイメージだったので登山口もわかりやすいだろうと高を括っていたが、地味すぎて分かりづらかった・・・というか自分が取り付こうとしたところには何のマーキングも道標もなかった。
実際に歩いたのは赤線ルート、鳥倉山は左下のピンク〇から登り始めて時計回りでぐるり
一番一般的なのは赤線で右から歩いてきて黄緑の林道を歩いて赤〇の登山口からの周回らしい(ピンク〇のところで出くわした地元の方に聞いた)。
ピンク〇のところから取り付いて赤〇ポイントまではルートでも何でもなかったがとりあえず尾根道をゆく。踏み跡もあり顕著な尾根だったので特に問題はなし。本当は周回せずに黄色のルートを歩きたいと思っていたのだが、黄色の取り付きポイントにマーキングもなく不安すぎたので諦めた。鳥倉山で迷ったりして想定以上に時間がかかってしまうとこの後のバスに乗れなくなり、即ち家に今日中に帰れなくなる可能性があるからだ。低山というほど低山でもないけれど、塩見と比べたら低い山なわけで、しかし標高が低いからと言って侮ってはいけない。こういうところほど迷う可能性があるし、何より自分はこの山域にそう慣れているわけでもない。安全牌でいこう。しかしこの黄色ルートにあるP1903‐P2082をつなぐ尾根は遠目に見てもとても美しくて素直な斜度だったので、できればいつか歩いてみたいなと思った。
ここがピンク〇地点の取り付き(ちょい崖w)
こちらが赤〇の取り付き。こちらは道標もある
このあと鳥倉山山頂までは遊歩道といった雰囲気を装った道標がちらほら設置してあったが、気軽に入ったら絶対普通の人は迷うだろ、、、という感じのルートだった。特に登り始めて暫くは顕著な尾根道というわけでもなくのっぺりしているせいか、どこを歩けばいいのか微妙で、しかも踏み跡もそこまでしっかりついていなかった。勿論、普通に山歩きしている人なら問題ないレベルではあるけれども。そしてなんだかんだ、三伏峠から降りて再びここを登るのは案外面倒かもしれない。キノコ観察などしつつ、荷物も全部背負ったままデポもせずで1時間半ほどで山頂に到着。例の手拭いを颯爽と取り出して記念撮影。これがやりたかったのである。一人遊び極まれり・・・
ビジターセンター的なところで売っているらしいが、鳥倉山に登った写真を見せると1000円から300円に値引きしてくれるそう。
私は何故かプレゼントに応募していて当選したため自宅に送られてきた。
この手拭い、当選者は僅か5名だったみたい。当選した5人のうち、手拭い持って山頂行ったのはきっと私が最初だっただろうな。そして2024mだから2024年に大々的に手拭い作ろうう・・・みたいなことだったのかもしれないけれど、山頂標には2023mと書かれていたのは結構ミステリーである。小数点第一位四捨五入or切り捨て的な問題だろうか。

塩見目指して鳥倉登山口まで車やバスでアプローチする登山者にとって鳥倉山はおそらくただの通過点で、そこまで展望が良いわけでもなく、わざわざ車から降りて何時間もかけて、奥の有名な山々をさし置いて登るような山でもないだろう。正直私だって、これまで登ってこなかったということはそういうことなのだ。でも最近、遠方の低山や里山みたいなところを歩きたい欲が出てきているということもあってか、とても楽しく歩くことができた。3000m級のような派手さはなくとも森は豊かで各種キノコもあちこちに顔を出しており、植生も独特で楽しめた。派手な稜線を歩いた後にこういうところを歩くクールダウン風情みたいなのも良い。

山頂をすぎて尾根を抜け、東に高度を下げると小ぶりな池があり、その後砂利の林道を経由して再び取り付きに戻る。
鳥ヶ池。鳥はいなかった・・・
林道におりたところから上を見上げての写真。時計回りだとここが降りになるが、反時計回りのルートをとった場合はここから登ることになる。道標も何もないところから闇雲に登らせるのか・・・ 遊歩道を名乗るにはあまりにも道案内が雑すぎるw(本当に何もない)
赤〇ポイントを過ぎてピンク〇ポイントまで戻る途中
赤〇まで戻ればあとはひたすら舗装路歩きを続けるだけ。あわよくば誰か後ろから車がやってきて~なんて多少期待したりもしたが、結局全部歩き通した上、バスの時刻より早く大河原バス停に着きすぎてしまって暇だったので、更に先の桶谷バス停まで歩き続けてしまった。
夏期は鳥倉登山口-伊那大島駅間のバスがある
鳥倉登山口-伊那大島駅区間のバスがシーズンオフになってしまったら自分の足で進むしかないのだとずっと思い込んでいたが、今回調べて初めて大河原‐伊那大島間のバスがあるということが分かった。この区間は18kmもあるので、バスが使えることには大きな意味がある。今後も覚えておきたい路線だし、どうか廃線にならないでほしいと祈るばかりである。暖かい時期なら荷物軽量化して走るとかいうのもあり得るけれど、冬装備を背負って31km走るのは苦痛すぎるのでね。

<参考>
鳥倉登山口‐伊那大島駅 31km
鳥倉登山口‐大河原 13km
大河原‐伊那大島駅 18km

伊那大島駅はすぐ近くにセブンイレブンがあるので、下山後のアルコールやらおつまみやら買い出しをしてから各駅停車の旅で家路についた。飯田線スタートで埼玉の自宅までの帰り路は相変わらず長旅だったが、そもそも電車移動が嫌いではないというのも自分の強みだろう・・・。道中、下諏訪の乗り換えが45分くらいあったので途中下車して温泉も入って帰れたのも最高だった。

たぶん久々の2泊3日、公共交通機関利用のちょっくら遠方ソロ山行、原点回帰というほどのものではないにせよ、矢張り自分にとって最高に楽しい時間だなと再認識できてよかった。忙しかったり準備にかける気力体力が足りなかったり、毎日天気をチェックするだけのモチベーションを失ってしまったり、ちょっとしたことで山に行けなくなり始めると悪いループにすぐ陥ってしまうものだけれど、どうにかこうにかメンタルに火をつけていざ動き始めてしまえばこんなにも素敵な時間が私を待っているのだ。この多幸感を、どんなにしんどい時も忘れないようにしたいし、いつでもここに戻ってこられるんだということを信じたいなとつくづく思う。

山に行き始めてもう15年以上経つけれど、いまだにこんなに楽しいだなんて本当にとんでもない趣味だなとつくづく思う。この趣味と出会えて本当に良かった。

2024/10/13

20241012-14_新倉-伝付峠-二軒小屋-蝙蝠岳-塩見岳-鳥倉山(前編)

全然大した山行ではないのだけれども、自分にしてみたら久々に少し距離長め。
散々年末年始に計画しては悪天候に阻まれるってのを繰り返し、ようやくチャンスがやってきても結局到達できなかったり、なんだかんだで中々辿り着くことのできなかった蝙蝠岳にようやく辿り着いたのでとりあえず記録に残しておく。ルートはざっくり言うと東西横断。数年越しの憧れの蝙蝠岳に何故急に行こうと思い立ったかというと、鳥倉山の手拭いプレゼントというのに当たって家に水曜か木曜に手拭いが届いたからだった。そうだ、鳥倉山に行こう。ついでだから蝙蝠岳も行っちゃおう。そんな感じだった。

伝付峠を越えて二軒小屋に入るルートは過去1度だけやったことがあったが、その時は冬で荷物が22kgくらいあり、序盤の登りが兎に角きつい上に、その登りのザレで手古摺ったし危なかった記憶が強かったので、今回は兎に角軽量化を心掛けた。具体的にはテントをダブルウォールのエスパースではなくクロスオーバードームにしたことと、ザックは自分が持っている大きめザックの中でも一番軽いグラナイトギアのものにしたこと。あとシュラフも本当は夏用にしたかったのだが、これは3シーズン用にして正解だった(2晩目は3シーズン用シュラフでもかなり寒かった)。今回は厳冬期のチャレンジではなかったので、特に軽量化を考えなくても前回より重くなるとは考えにくかったけれど、今体力が充実しているという自信もなかったので、無理のない範囲で軽量化した。


Day0--10月11日(金)
仕事を1時間早退して高速バスで飯富まで。最近ステビスポットがマンネリ化しつつあるがここはマンネリというか安心・安定のステビポイントで地味に気に入っている。向かいのローソンに夜も朝も世話になる。
見慣れた光景w

Day1--10月12日(土)

7:35 飯富
↓ - 0:41
8:16 伝付峠入口
↓ - 3:11
11:27 東電管理小屋(保利沢小屋)
↓ - 2:03
13:30 伝付峠
↓ - 1:15
14:45 二軒小屋(このあと彷徨う)

奈良田行の始バスに乗って伝付峠入口下車。こんなところで降りる人は居ないだろうなーと思いきや、自分含め3名が下車。皆バラバラに出発した上に大した会話もしなかったので、一緒に下車した2人がどこに向かってどんな計画の山行だったのかはわからない。

歩き始めて割とすぐ、前回一番過酷と思えた激登りポイントの取り付きあたりで落石に備えてヘルメットを装着する。しかし登り始めると、荷物が格段に軽いせいか思った以上にラクで危ない区間の距離も短く感じた。前回太腿がミシミシいって壊れるんじゃないかと思いながら登った斜面、今回はいとも簡単にすいすいとこなす。落石も大したことはない。一安心。
前回からまた数年経っているので状況が悪くなっているかと思ったけれどそうでもなかった
今回足元はトレランシューズ。
徒渉的なところもしばしば。足元が濡れることはない程度。
ぼちぼちヘルメットを外そうかというあたり。
前回途中で木に激突したりしてヘルメットにはお世話になったので今回も持参したが、今回はそこまでヘルメットの必要性は感じなかった。一応塩見の辺りでも被ったけど。
前回の記憶を辿るように伝付峠に向かって登っていく。このあたりは前回は雪が深くなってきてスノーシューを履いたのだっけ。こんな感じの道だったんだなぁ、雪がないとめちゃくちゃ普通で平和だなw
笹の道
5時間ほどで伝付峠に到着。時刻はまだ13時半。前回ここに着いたのは16時半頃だったので冬場どれほどきつかったかがよくわかる。今回はあっさりすぎてなんだか拍子抜けしてしまった。途中でご夫婦の登山者を一組抜いてきたけれど、それ以外では人に会っていない。人は極めて少ない。連休にこういう人の少ないところを選び取れるというのは我ながら素晴らしいと思うw
穏やか~
この後は下り。部分的にちょっと行きすぎたりルートがわからなくなったりもしたけれど大きな問題もなく1時間ちょっとで二軒小屋に到着。
犬が複数いてめちゃくちゃ吠えられた・・・
二軒小屋の今年の営業は終わっているからテントも張るなと書かれていたので、蝙蝠尾根に取り付いて少し登ったところでテントを張ってもいいなと思った。蝙蝠岳登山口までは特にわかりづらいルートであるはずもなかったので何も考えず淡々と進んでいったのだが、地形図にひかれたルートを辿ると何故か沢沿いの謎の崖のようなところを歩くよう促され不意討ちを食らう。こんなところ歩いた記憶ないけれども・・・ルートが崩れたのかな・・・とか思いながら、ロープを掴みながら沢沿いを進んでみたがいよいよルートがおかしい。よくよく考えて、こんなところを通過しないと千枚岳にさえ登れないなんてありえるだろうか。仮にルートが崩れていたとしてもここまで酷いとは思えない。戻ろう。ザックの中に仕舞っていた9mのダイニーマテープをひっぱり出し、クライムダウンが厳しければテープを使って降りようとまで考えて準備を整えた。結局テープは使わずに戻れたけれど、戻った後もあっちでもないこっちでもないとうろついているうちに、伝付峠までの登りで追い抜いてきたご夫婦に追い付かれてしまう始末。結局何が悪かったのか見間違えたのかよくわからなかったが、とりあえず正規ルートに復活してようやく蝙蝠岳登山口に到着した。実に二軒小屋で1時間半くらい彷徨っていたことになる。もう今更蝙蝠尾根に取り付くつもりもないので登山口近くに幕営を決め込む。ここなら脇の沢水も使い放題でいい。先行者は2名。尾根からの落石を避け、少し離れた平場に張る。
先行者はソロ男性×2。色が綺麗に3色揃って信号みたいw
手前で一番とっ散らかしている緑が私w
赤テントの方と少し情報交換&お話をしたが、私の到着が遅かったこともありお二人ともひととおりの夜の支度が済んでいるようだったので私も静かに飲み食いして就寝。明日も早い。今回は軽量化も踏まえて野菜だ肉だ酒だお菓子だと詰め込まずに来たのでご飯はシンプル、初心にかえってラーメン。
この日は辛ラーメン(賞味期限切れw)+卵+にんにくの芽。

Day2--10月13日(日)
5:20 蝙蝠岳登山口
↓ - 3:55
9:15 徳右衛門岳
↓ - 2:00
11:15 蝙蝠岳
↓ - 2:05 
13:20 塩見岳
↓ - 3:00
16:20 三伏峠

昨夜は物静かだった黄色のテントの方が朝は会話をしてくださったので少しばかり話をしてから出発。昨日丁度ここからピストンで蝙蝠岳に行ってきたとのことで、今日はまた伝付に戻るのだという。蝙蝠の山頂までは6時間くらいはかかったと教えてくれた。自分の見立てとしてもそれくらいは想定していたので、まぁきっとそれくらいはかかるんだろうなぁ、と自分の手書きのメモを見ながら思う。出発して間もなく、手拭いをテン場に忘れたことに気付いて戻り、無事手拭を回収してようやくスタート。この時は「また手拭い無くすところだったよ!!危ない!すぐに思い出して良かった!」と思ったのだけれど、実はこの翌週に静岡にこの手拭いを持っていき結局無くしてしまったのだった。。。もうこの手拭いとは別れるべき時期だったのかもしれない。。。涙
朝焼けが綺麗
序盤の急な登りを終えて中電の施設を過ぎ、斜度が落ち着くと穏やかな稜線が続く。前回も途中までは行っているので何となく記憶はある。しかし前回幕営したポイントのマーキング箇所までなかなか到着しない。22kg以上背負ってよくもまぁ雪の中そこまで登ったものだよ、と我ながら感心してしまった。前回の幕営ポイントよりも手前にいくつだって幕営適地はあったのに、そしてあの時絶対に蝙蝠山頂に届かないと分かっていた筈なのに、それでも随分頑張ったんだな。そしてマーキングの場所を過ぎると、いよいよ初めて足を踏み入れるエリアに突入だ。わくわくが止まらない。
張ろうと思えば結構どこにでも張れそうな尾根。
期限切れや期限間近のアルファ米をたまに安く買えるので、
これを行動食にするのが一番安上がりだったりする。コンビニおにぎりより安い!
しかもこの時は、飯富のローソンで貰って使わなかった辛子マヨネーズがあったので、アルファ米のチキンライスに辛子マヨネーズを入れて食べた。滅茶苦茶美味しかった・・・
以前幕営するならここかなーと思っていた徳右衛門岳に到着しアルファ米を食べる。テントを張ろうと思えば張れなくもないけれど、地形図で思い描いていたよりはちょっと狭い山頂だった。木に囲まれているので風の影響はなさそう。
地味な山頂
ここは頂(いただき)なのか?と思わずにはいられない徳右衛門岳をすぎて少しすると、木の隙間からようやく、蝙蝠岳が現れた。塩見から眺めたことはあったけれど、蝙蝠尾根の下からこの角度で見るのは初めてだ。鳥肌が立って耳の奥がグビグビいった。久しぶりだ、この興奮は。一瞬で釘付けになってしまって、瞬きを忘れて目が乾いて涙が出てきた。

なんて美しい形をしているんだろう。蝙蝠岳に魅了されて繰り返し訪れてしまう人がいるのも頷ける。こんなところに、こんなに穏やかで美しく穏やかな山が鎮座しているだなんて。嗚呼、南アルプスって本当に色々なメンバーを取り揃えていて私達をいつまでも飽きさせないんだよなぁ。うっとりだ。美しい形を際立たせるかのような紅葉の様子も見事だ。(写真がいまいちなのが心苦しいのだけれども。)
お天気も最高
2715m付近で森林限界。ずんずん近付いてくる蝙蝠の山頂。遠くからずっと眺めておきたいタイプの山のような気がして、山頂に到着したくなくなってくる。
尾根独り占めできるのがまた最高に良い
ようやく!
山頂に着くと、塩見からピストンしてきたらしい人達が5-6人いた。本音を言えばこの山頂も独り占めしたかったところだがこればかりは仕方がない(連休だしね)。しかし先に到着していた彼等はそのうちに撤収していき、最終的には私ひとりになった。贅沢なひととき。
ひとたび山頂につけば蝙蝠岳の姿は見えないわけで、またここを離れて塩見に向かえば蝙蝠岳の姿が拝める。蝙蝠を後にし塩見を目指しながら何度も振り返っては蝙蝠岳の御姿を楽しませてもらった。仙丈ヶ岳のような女王の風格がある。とても良い山だ。

何度目かの塩見岳は何故かガスの中で展望はなかったため、さっさと山頂標を写真に収めて塩見小屋に駒を進めた。既に三伏峠小屋は今年の営業が終わっていると誰かから聞いたので(赤いテントの人に聞いたのだったかな?)、私は当然その手前の塩見小屋も営業が終わっているものと思い込んでいた。だから蝙蝠岳の山頂で会った人達は皆塩見小屋でテントかなと思っていたのだが、到着してみると小屋は営業しており、しかも塩見小屋はテン場を設けていないためテントは1つも張られていなかった。
標高の高いところで夜を明かせば翌朝の景色も良かろうと思っていたので、営業終了後の塩見小屋付近でテントを張るのもいいなと思っていたが、小屋が営業しているとなるとテントは張れないので、私は諦めてそのまま標高を下げることにした。
営業中の小屋。物販してるよ!とお客さんから教えてもらったけれど
ビールを買いたくなる気持ちはぐっとこらえるw
塩見新道、廃道なんだろうか?気になる。
あんなに晴れていたのに塩見から雲が多くなってきて森の中もガス。
まぁずっと晴れているのも芸が無いし(?)ガスも風情があっていい
三伏山のあたりまでくると、夕方にありがちな雲の切れ目が現れてこの空だよ!最高だな。
三伏峠に降りる途中で思ったけど、三伏山の山頂でテント張っても良かったな・・・
最終日も結構長く歩く予定だったので鳥倉登山口まで降りて舗装路でテントを張ろうかとも考えたけれど、矢張りそれでは味気ないので三伏峠で2日目の行動を終えることにして幕営。人は結構いたが、人が多いと逆に会話しないものなのよな(人によるかもしれないけれど)。因みに、小屋の軒下にごろ寝する人や、普通に転がってビビィ寝の人もいた。こういうの割と少数派だと思っていたけどそれなりに居るのね。
小屋から少し離れたところにある水場は、小屋の営業終了とともに撤去されていて水はとれなかった(更に谷の方に降ると水が出ていると後で聞いた)。私は蝙蝠の登山口で3.5Lくらい水を持ってきていたので特に足りなくなることはなかった。
かなり寒かった・・・
サバをつまみにホワイトラムをお湯割りで。合う訳じゃないけど合わないとかでもない。
地面の湿度がかなり高く、テント内にあがってきそうだったのでシートはテントの内側に敷くことに。
最近ハマっているZUBAANシリーズの豚骨。
ゆで時間1分というのもいいし何より美味しい。
前日に続きトッピングはにんにくの芽と卵。そして前日見当たらなくなっていた市販の
乾燥ラーメンの具と、昨年採ったシャカシメジを乾燥させたものも追加。
想像以上に寒くて、この日はレインウェアを含めてありったけの服を着てエマージェンシーキットに入れてあったホッカイロを使った。何の警戒心もなくテントの外に放り出していた水は、明け方には部分的に凍っていた。ろくに夏山に行かぬうちに、もう冬が始まったなと思った。