酉谷で追いついてきたイケダさんは、私より後に酉谷を出発したけれど途中で私を追い抜き、雲取山荘で今度は私が追いつき先に出発したけれど、山頂に着くまでにまた追い抜かれた。私が山頂を過ぎた頃、鴨沢からスタートのAコースのトップ選手が石尾根からあがってきて私を追い抜いた。私とイケダさんはしばらく一緒に走っていたが、イケダさんのペースについていったら私は潰れるだろうなぁと思い、ついていくのはすぐ止めた。
Aコースのトップが来たのであれば、そろそろカノッチが上がってきてもおかしくはない。しばらく気にしながら進んでいると、薄暗いトラバースの途中で後ろからカノッチがくるのが目に入った。二言三言交わし、先に行ってもらったが、このあと暫くの間ぽつぽつとAコースの速い人達に抜かれる時が続いた。自分のペースが落ちてきているんだろうかと不安になるのだけれど、Aの文字が書かれたゼッケン代わりの札を見てほっと胸を撫でおろす。
山荘到着から休憩込み3時間弱で飛龍権現を通過。前飛龍のあたりの景色の良いところは通過しないので特に面白味はない。淡々と進んでいるので眠くなりそうなものだが、特に眠気もない。途中、ヘルメットを被りハーネスをつけたおじさん二人組と抜きつ抜かれつを繰り返しながら将監小屋へ向かっていたのだが、どこの沢に入っていたのですかと聞くと飛龍界隈で行方不明になっている方の捜索に出ていたののことだった。
将監小屋は特に立ち寄らなくてはならない小屋というわけではなかったが、おそらくほとんどの人が水補給のために立ち寄っていたと思う。時刻は16:55、多くの選手で賑わっていた。イケダさんにまた追いつき、再びサキさんに追いつかれて、Aコースで参加のハルオさんもやってきた。なんだかんだ知り合いに殆ど会っている。皆そこそこペースに差があると思うのだが、それでも不思議と会いまくる。私は捜索にでていた小屋の方から冷えたプラムを頂き美味しく頂いた。もうひとつ食べなよと言われて食べそうになったが、プラムって繊維多かったよなぁと思い返して食べるのを止めた。お腹をよく壊す私がレースの最中に食べるには危険すぎる。食べたい気持ちをこらえ、水を汲んで飲んでトイレ行って出発。ここから尾根に戻る登りがまたスキーのゲレンデを登るようでえぐい。
将監小屋でハルオさん捕獲 |
これまでは山ノ神土からトラバース道を行けば良かったが、今回は崩落のため赤矢印をつけた尾根ルートと なった。笠取山の山頂は踏まなくて良いし笠取小屋に寄らなくても良い。 |
今思い返すと、やっぱり黒槐の尾根上にいた時は疲労が出ていたのかもしれない。 |
20:00、雁峠に到着。想定していたタイムと比較して遅くはない。とはいえ、途中までCT×0.6より大分速いペースだったものが、ここへきて0.6より遅くなり始めているのは理解していた。この場所にこの時刻なら、このまま雁坂峠まで行ってしまっても悪くはない。
0.7で歩いていると雁峠に着くのは22:30のはずだった。眠り始めるのを21-22時台に設定して予定を組んでいたので 20:00に眠り始めることには若干の抵抗が。まだ頑張れるんじゃないのか? |
あまり風のない夜だったが、それでも峠は風が抜けて寒い。シュラフも防寒用のダウンも持参していなかった私は、キャプ4とレインウェア上下を着てエマージェンシーシートに包まっても寒く、さらに上からツェルトを被ったがほとんど眠れず、幕を結露させただけで3時間経ってしまった。サキさんはシュラフもダウンもあったので、どうやらちゃんと熟睡していたらしい。羨ましい。。。荷物を軽くすることによる睡眠の質の低下。このあたりのトレードは経験値なのか。というか、眠る場所をもっと選べばよかったか。。。
23:20になり再スタートをすると、懸念していたキツい登りが我々を待ち受けていた。いやぁ、やっぱり一旦寝て良かったよ!とかなんとか言いながら再び歩みを進めたが、眠れなくても休む前後での脚の軽さが全然違うのがわかった。変に頑張って雁坂峠まで歩いていたら、逆に余計に時間がかかってしまっていただろう。実際、雁峠から雁坂峠に向かう途中で行き倒れてシートに包まっている人を何人も見かけた。
いつ頃からかは忘れてしまったが、私は食べ物をあまりきちんと食べられなくなっていた。逆にサキさんは食べるペースが早すぎて、最後まで行動食がもたないかもしれないと心配をしはじめていた。雁坂峠は関門だし、雲取みたいにカップヌードルとかまた置いてあるかもしれないよ、と話をしていたが、地図をよく見ると峠と小屋は少し離れていたので食べ物補給の望みは消えた。
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7/16 (Sun)
1:06 雁坂峠の関門に到着。数名がシートに包まって眠っていた。 食べ物はやっぱりなかった・・・ |
雁峠も雁坂峠も、確か水の補給はパスしたんだったと思う。次に目指す大きなピークは甲武信ヶ岳、甲武信小屋には水があるけれど万が一その前に水が足りなくなったら破風山避難小屋の下の水場に汲みにいこう(片道20分)。でも涼しいしなんとかギリギリ足りるはず!多めに持つのは安心だけれど、少しずつでも荷物の負荷をさげて体力を温存しないと、先はまだまだ長いのだ。我々が眠っている間にAコースの人達が何人も抜いていったようで、通過時刻記入用紙の欄はだいぶ埋まっていた。
ここから甲武信もかなりある。しかも、後になって思ったが、雁坂峠から甲武信ヶ岳の間って今まで歩いたことがなかったかもしれない。西沢渓谷側からナメラ沢という沢を詰め上がってどこかに抜けたことはあった筈だが、この稜線を歩いたのは今回が初めてだったような気がする。ひたすら真っ暗、しかもなんだかAコースの人達のボリュームゾーン的な位置だったようで人とよく会ったし、場所によっては詰まったりもした。月は明るかったが木が生い茂っていて森の中は暗い。東破風山から先は岩場になって、まるで小さな金峰山みたいだった。サキさんもこのあたりは過去に来たことがなかったのか、それとも記憶がなかったのか、「破風って、こんな山なんだっけ??」とそればかり言い合って進んだ。夜間の岩場はいつも不気味で怖い。
3:30、ようやく破風山避難小屋に到着。まだ外は暗い。小屋を見ても記憶がないということは、おそらく本当に私はここに来たことがなかったのだろう。避難小屋を見て、ああこの中で眠ったら寒くなかったんだろうなぁと咄嗟に思ってしまったが、それでもまだ私は眠くなかった。眠くなくても条件のいいところで効率よく質の良い眠りを確保する技術というのも、ロングレースを闘い抜くために必要なものなのだろう・・・(とはいっても一般登山客で満員の場合は小屋は使えない。そのあたりの見極めは難しい)。
水はまだ残っていたので、水場へ降りずにそのまま甲武信小屋を目指す。この登りをやっているうちに空が白み出した。丁度サイノ河原のあたりだったのだろうか、後ろを振り返ると、これだよ・・・
一気に疲れが吹き飛んで体が朝に切り替わる。夜通し歩いていようがそんなことは関係ない。不思議なもので、人は朝がくると体が朝になるようにできている。この人の体の仕組みは、体が疲れていればいるほどよく機能するように感じる。こんなに僅かな太陽の光にも反応して鳥が囀り始めて、つられるようにしてたくさんの鳥が歌い出して、あっという間に賑やかになる。朝がきたんだ。
別に生きるか死ぬかのレースをしている訳じゃない。でも何故か、嗚呼、生きている、生きて朝が迎えられたんだ、と、太陽の光を受けたときに強く思うのだ。隣りにはずっと一緒に歩いてきたバディもいる。色んなことを思いながら、否、何も思わずに、ただただひたすらにひろがりのあるこの世界を感じ揺蕩うていた。幸せだなぁと思った。
水場! |
虫が多いくせに寒い。休憩していたらすぐに寒くなってきたので雨具を羽織る。なんだかんだここは標高も高いから寒いのだ。
地図チェック中のサキさん(何をチェックしてたんだろう?) |
後編へつづく
雁峠に着いた瞬間は、ベンチで寝ている人がいるのに気付かず、やっとここまで来た〜!と、大きな声を出してしまいましたが、まさかあれがヤスヨさんだったとは・・・!
返信削除後編を、首を長〜くして待ってます♡
返信遅くなりました!なんかその声聞いたような記憶が!w そのまま先に進んでましたよね?しかしほんとに長い旅でしたなー、ようやく後編書きました・・・(遅
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