2018/09/15

20180913-18_朝日連峰-飯豊連峰(3日目:大朝日小屋-五味沢+越後下関温泉巡り)

2018/09/15 (Sat)
5:45 大朝日小屋
 - 0:15
6:00 大朝日岳
 - 0:55
6:55 平岩山
 - 3:10
10:05 大玉沢出合
 - 1:00
10:55 角楢小屋
 - 1:00
11:55 大石沢小屋
 - 0:55
12:50 五味沢

**************

寝床がすべて二階にまとまっている大朝日小屋。5:00前に動き始める人は、身支度や炊事は1階でやるようにとの指示があった。私の起床予定は4時半過ぎだったので、前日のうちに大きな荷物は1階におろしておいた。朝日に誘われて人々が小屋を出たり入ったりしている。その幸せなそわそわ感に胸がときめく。
この日の午前中は雨予報だったから雲は多めだったが、朝焼けが見られただけでも万々歳だ。まぁ今日はもう下山するだけなので、しばらく晴れていてくれれば嬉しいけれど、そうでなくてもどうにでもなるだろう。小屋から大朝日岳を経て(これでかれこれ4度目の登頂w)、平岩山へ。
大朝日から平岩山に向かう稜線。
向かう先をずっと見ながら歩きたいと思うけれど、行く手を既に雲が覆っている・・・
(この後この雲がどんどん増える)
少し色づいていて綺麗
平岩山を過ぎて北大玉の分岐あたりに差し掛かった頃、雨が降ってきた。昨夜、明日は五味沢に降りますと小屋番さんに伝えたら「そこに降りるのか」と意外そうな顔をされたのが少し引っかかっていたのだが、歩いてみてちょっとその理由がわかった気がした。蛇引清水という水場のあたりから先の降りがかなり急なズルズルで膝にくる。雨だったこともあり、何度か滑った。そんな中ここを登りで使っている人に何組か出くわしたが、登りでこのルートというのはかなり辛そうな。。。

ところで、このルートについて、地図に「一本丸太の吊橋」という表記があったのだが、前日小屋にいた人が「あの吊り橋は結構びっくりしますよ」と言っていた。私は両腕で抱きかかえられる太さの丸太とかそういうのを想像していたのだが・・・目の前に現れたのはこれだった。
え?
幅にしたら10cmくらいか。しかも縦方向に何度も継ぎ足ししてあって、その隙間が20cmくらいあるところもある。丸太の吊橋は合計で2つあったのだが、1つ目は沢床も歩けるとのことだった。でも一旦降りてまた上がってくることを考えたら絶対に橋を渡った方が早い。というか、渡るな危険と書かれていないので、渡っても差し支えのない強度があるということだろう。いやそれにしても怖い。
ハーネスもないし、こんなの想定していないからスリングも1本しかない。とりあえず気休めでスリングをザックのウェストベルトに縫い付けられたデイジーチェーンのようなものに通してカウヒッチにし、カラビナを吊橋のワイヤーにかけて渡ることに。とはいえ2歩進むごとにカラビナはワイヤーを乗り越えなければならないので、付け替えのためにカチャンカチャンとやる。その行為だけでも十分怖い・・・。
渡り終わったところかな?
なんとか渡り終えてまたしばらく進むと再び吊橋。こちらは更に距離が長い・・・・・しかも沢床も歩けるとは書かれていないので、吊橋を渡るしかない。こちらもカラビナをかけてどうにか渡りきる。それにしてもさっきすれ違った人達は皆平気な顔してここ通って来てたのか?東北の人達すごすぎる。
因みに吊橋の縦部分は丸太だけではなくワイヤーも引いてあるので、いってみれば綱渡りみたいにワイヤーの上を歩いている感じだった。見た目だと、左右にぐわんぐわん揺れそうな感じがするが、実際はそこまで揺れない。

後で別の小屋番さんから聞いたところによると、朝日連峰は雪が深過ぎて普通の吊橋だと雪の重さで壊れてしまうという理由で、どこも基本的にこのタイプらしい。そして、二人以上乗ると結構揺れますよーとのこと。いや、こんな橋に二人以上とか乗らないでください・・・。自分が歩いている時に後ろから誰かに歩かれて揺れたら泣くわ。
手前の方、よく見ると最後まで丸太が渡されていない。ここはワイヤーを歩けということかなw
最後の吊橋はようやく丸太ではなくなったものの、ものすごいひん曲がり方。普通だとこれでも結構怖いと思うはずだが、最早これくらいでは寧ろ「幅もあって立派な吊橋だな」と思ってしまう程度には麻痺している。

最後の最後まで気の抜けない下山ルートを終えると雨は止み、あとは舗装路歩き。大石橋から2時間40分と書いてあり、バスの時刻まで結構ギリギリだと思ってだいぶ頑張って歩いたのだが、なんだか1時間程度で着いてしまった・・・。

お風呂のある、白い森交流センターりふれという施設からほど近い五味沢バス停で待つこと30分ほどのバス待ちの間に、足を汗拭きシートで吹いてサンダルに履き替え、目の前の自販機でコーラを飲む。バス(小国町営バス北部線)は車内の電光掲示と車内アナウンスのバス停とが微妙にズレていたので、ちゃんと降りたいところで降りられるかドキドキしたが、無事小国駅で下りられてほっとした。乗り換え時間はわずか3分だったが乗り換えにも成功。トイレに行く暇もなかったが、トイレ付きですごく綺麗な新しい車両だった。
乗り換えにもし失敗していたら、小国の駅で3時間くらい待つ羽目になっていた・・・
この駅の周りには温泉なども何もない。
飯豊連峰へは、小国駅から梅花皮山荘まで(夏季は飯豊山荘まで)のバスも運行しているのだが、私はそのルートではなくもっと北から歩こうと思っていたので、小国から電車移動となったのだ。そしてついに目指していた越後下関に到着!
5泊の参考でお風呂に入らないのは私にとっては別にどうってことないのだが、一旦下山して次の山域に移動している途中に温泉地があるのならば行くしかないじゃないか!というわけで少し物悲しい町ながらも温泉がたくさん楽しめる越後関川の町を探訪。今回は借りなかったけれど、湯めぐり自転車も借りられるらしい。関川村の温泉詳細はこちら

行きたい共同浴場が2ヶ所あって、きっと共同浴場だから石鹸を使えなかったりするのかなと思ったので、まずは普通に体を洗うため桂の関温泉ゆ〜むへ。次は湯沢共同浴場
こちらは硫黄系でした。
ここで出くわした新潟のご婦人2人組は光兎山という山を登って来たとのことで、湯船につかりながら一緒に話をさせて頂いた。こちらも大きなザックを背負って温泉に来ているので、自ずと山の話になったのだが、これまでとこれからのルートと、この辺で食べ物屋さんありますかねなどと話したら、車だから送ってあげるわよと有難いオファー。でもまだ私もう1ヶ所温泉入りたいんですよと悔しながらもお断りした。
続いて少し塩っぱいお湯の雲母共同浴場へ。越後下関に着いたのが14:35で、そこから18時過ぎまでに3ヶ所をすべて歩いて移動したのでかなりタイトだったが十分楽しめた。わざわざ体を洗うためだけに、最初は共同浴場ではない普通の温泉施設にも行ったけれど、このあたりの共同浴場に石鹸NGなどの草津の共同浴場的なルールは無く、皆自分の石鹸やシャンプーなどを持ち込んで使っていた。
米どころ新潟の町をひたすら歩いて温泉を巡る
雲母温泉でもまたご近所の奥様と一緒になり、おすすめのシャンプーを強く勧められ(笑)、既に私は髪の毛洗ってから来ているのに何故か二度洗い。お風呂から上がって脱衣所にいると、先程の湯沢温泉の2人組が本当に追いかけてきて、ガラガラと扉を開けたw 追いつけたら追いつくわねって、口だけじゃなくて本当に追いついてきたのにはびっくりした。しかも一緒にご飯→大石ダムまで送ってあげるだなんてって言うじゃないの!いいんですか!!本当にいいんですか!!
焼肉定食!
高校時代のワンゲル部の友達で、当時は顧問の先生が厳し過ぎて、卒業後はまったく山に登っていなかったというお2人。歳をとってまた何故か一緒に登り始めて、今は低山藪山ばかりに行っているという(低山藪山の本を見ては突撃しているらしいw)。類友なのだろうけれど、なんだかそういう人ばかり寄ってくるなぁと思いながら、楽しくご飯を食べて、コンビニ立ち寄り付きで大石ダムへ。絶対虫いるよ!刺されるよ!蚊取り線香と蚊取り線香ホルダーあげるから使って!怖いからテント張りなよ!としきりに言われ、ダムの管理棟のところで彼女達をお見送りして就寝。私にしては珍しくアスファルトの上でテントを張って眠ったが、テントに網戸をつけてきていたため、網戸にして眠ったら涼しくてとても熟睡できた。
※ 便宜上、上の地図はすべて徒歩ルートとなっていますが、本文でも書いている通り実際にはバス、電車、車、徒歩で動いています。

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2018/09/14

20180913-18_朝日連峰-飯豊連峰(2日目:天狗小屋-大朝日小屋)

2018/09/14 (Fri)
6:20 天狗小屋
↓ - 4:00
10:20 狐穴小屋
 - 0:35
10:55 北寒江山
 - 0:25
11:20 寒江山
 - 1:15
12:35 竜門山
 - 1:40
13:20 西朝日岳
 - 1:00
14:40(頃?) 大朝日小屋

*****

アラームの音で目を覚ますと外はまだ暴風雨だった。夜中から続いている風と雨は朝もなお続いていて、少し残念なような、でもまだ眠っていてもいいんだという嬉しいようなふわふわした気持ちのまま二度寝に入る。うとうとしていると外が少し明るく、静かになってきたことに気付いてようやくシュラフを出たのが5:30過ぎだったか。ご飯を食べてから雨が止むのを待った方が良いと頭ではわかっているのに、ついつい睡眠欲に負けてしまうんだよなぁ。雨が止んでから起き出してご飯を食べるものだから、相変わらず出発時刻は後ろ倒しになる。学習しない・・・
雲は重いがそこまで厚くはない
ようやく視界の開けた稜線に出ると、美しい山並みと幻想的な雲が!
(視界がひらけたのも束の間、この直後再び草木に視界を阻まれる)
なんとなく、ずっと尾根歩きで景色が良いようなトレイルを想像していたのだが、実際歩いて見ると天狗小屋から狐穴小屋までのルートは細かいアップダウンの多いトラバース道ばかりで、そこまで景色が良いわけでもなかった。本来縦走ルートとしてメジャーなのはおそらく私の選んだルートではなくて、車で大鳥登山口まで入り、以東岳を経由して歩くルートなのだろう。隣りからその尾根を眺めてみて、きっと向こうの尾根の方が景色も綺麗で歩きやすいのだろうなぁと思った。こちらは木々がその深緑色で地面を隠そうとしているかのようにもこもこしているのに対し、向こうは薄緑色の草木と白砂の地面が美しい模様を爽やかに描いていた。東北のたおやかな稜線を歩く、筈だったのに、キツイキツイと息を上げながら草いきれの中を歩いている私が、滝のような汗をかきながらものすごい勢いで水を飲み続ける。なんだろうこれは・・・
道幅がたまにとても細かったりして、しかも谷側傾いている・・・

そしてようやく!いわゆる稜線歩きに突入。そう、こういうのを待ってたんですよ・・・出てくるの遅くないか。
狐穴小屋が見えてきた。小屋の目の前にホースがあり、ドバドバと水が出ている。
小屋に着く前にも清水が流れていてそこでも水は飲めるが、小屋前の水場がかなりしっかりしているので
そこで汲んだ方が時間短縮に。
狐穴小屋では40-50代くらいのソロの女性と出くわして暫し談笑。どこぞの登山口に車を停めていらっしゃるとかで、その車で移動しながら一週間ほどの夏休みであちこち登っているとのことだった。私にとって、夏休みの遠征の間に一度ひとつめの山域から下山してまた別の山域に入る、という今回のスケジュールは新たな試みに近いものだったのだけれど、車の人にとっては結構普通のことなのだろうなと思った。車があれば不要な荷物や着替えなんかも車に置いていけるし荷物も都度軽くできる。でも私は公共交通機関利用なのでとにかくもう全部、着替えも、朝日連峰では一度も使わないテントも、食料も6日分全部担いでいるのだ(食料に関しては一旦下山したときに買えば良いとも思ったが、買う店がないとか、店が閉まっているとか、色々なリスクを考えて全部事前に用意しておいた)。車の人にとっては何てことのない計画だったとしても、全部公共交通機関でやるとなると結構大変なのだ。見ず知らずの人にそれを説明して理解してもらったところで何という訳でもないが、計画がとても大変だったという話を、それはもうしつこいくらいに聞いてもらった。(因みに朝日連峰から飯豊連峰に移動するときの電車とバスの乗り継ぎ計画が実に大変で、事前に何度もシミュレーションした。)

小屋を出発して途中までは私も彼女と同じルートだったが、ペースが異なるため抜かせてもらい、寒江山を登り切る頃までに彼女の姿は見えなくなった。
振り返って(かな?)
しばらく美しい景色を眺めることができたのでまぁ良かったが、途中から矢張り予報通り天気が怪しくなってきてしまった。そもそもあまり良い予報でないのはわかっていたから、日中に雨に降られず景色を見ながら歩けただけでもかなりラッキーだったなとは思った。竜門小屋に到着すると水場で顔を洗い手拭いで首を拭き、ガスの中ながらも気持ちをリセット。まだお昼くらいだったが、天候悪化も手伝って早々に小屋に吸い込まれていく人も数名いた。

大朝日岳は百名山でもあるので、比較的短いルートを利用して上がってきて、ピストンだけして帰っていく人も多いらしい。そのため大朝日小屋は混雑することもあるようなのだが、竜門小屋はまず混雑しないそうだ。
竜門小屋。もうどこの小屋もとても綺麗。
雪深い東北の過酷な環境で、こんなにどれもこれも小屋が綺麗なのは本当にすごい。

その後もガスが切れたり、再びガスがかかったりを繰り返した
小屋より手前の金玉水(きんぎょくすい・・)という水場で水を調達して小屋へ。のちに聞いた話によると、小朝日岳方面にある銀玉水の方が美味しいらしい。私のルートだとそこは通過しないため、自ずと金玉水を選ぶことになるのだが。

小屋番さんが私の荷物を持って、よーくこれ担いでそのルート歩いてきたねーお疲れ様、といって招き入れてくれる。宿泊手続きの後、小屋利用についての注意点等を説明されたのちに二階の長方形の一区画を使うよう言われた。ご飯の提供がないため宿泊者のほぼ全員が自炊なのだが、ストーブ使用の際に下に敷くアルミの板はたくさん用意してあった。炊事以外にも、冷たい水の入ったボトルを置く時(ボトルが汗をかいて床が濡れる時)などもその板の上に置くよう言われた。床を濡らさない、傷めないための細やかな工夫あってこその美しく清潔な小屋なのだろう。普通の避難小屋や営業小屋の炊事場もアルミ板が設置されているところはあるけれど、2-3人で1枚使えるくらいの数を用意してあるのはすごいと思った。そして登山者それぞれに対して時間をかけて細かく説明をする労力を考えると本当に頭が下がる。

ガスってしまって、もう山頂に行っても何も見えないのは分かっていたが、それでも明日の天気よりは今日の方がマシだろうと思ってとりあえず登ってみる(一度目)。
15:10頃。ガス。それでもたまに尾根筋が見え隠れしたり・・・9割何も見えない
小屋に戻って外のテーブルでちびちび飲み始めると空が明るくなってきたので急いで山頂へ(二度目)。取るものも取らずに登ったのでiPhoneも持たず、足元は小屋のサンダル(便所サンダル)。テーブルには飲みかけのウィスキー水割りも放置したまま・・・
でもやっぱり雲が多くてよく見えない。16:20頃
諦め切れない私と、同じく諦め切れずにしつこく山頂にとどまるソロ男性2人でしばらく待機。見えたり、隠れたり、、、
同じく16:20頃
そして10分ちょっと粘って時刻は16:30頃、翌日は午前中ずっと雨だという予報にも関わらず、青空が現れた。そして、写真にうまく写せているものは残念ながらほとんど無かったけれど佐渡島も見えた。こんなに山の中にいると忘れてしまうけれど、海が見える場所にいるんだよなぁ。
さらに追加で10分ほど留まって、16:40頃
日の入りまではまだ時間があるので、一旦小屋に戻って腹ごしらえ。夏の遠征は期間も長く荷物が重くなる上にナマモノは傷むおそれもあるため、食料計画は基本的にフリーズドライの炭水化物(montbellのリゾッタ、カレーメシ、カモシカスポーツの山飯など)がメイン、それに汁物や卵(前半で消費)などを加えたシンプルなものだ。だからご飯を作ると言ってもお湯を沸かして注ぐぐらいですぐにできてしまう。それにひきかえ周りはほとんど一泊二日だから重い食料を担いで登ってきた人が多く、ご飯が豪華だった。そもそも朝日連峰を6日間も歩く人はいないし、食料6日分担がなければならず一食の重量を軽くしなければならないような人というのも私ぐらいしか居ない。
一緒に山頂で粘っていた2人。黄色い人はこの後下味をつけてきた鶏肉とがんもどきと大根で煮物を
作り出した。山で煮物って初めて見たw
黄色い人の左手のあたりに置いてあるフライパンに乗っているのが、切ったばかりの大根
(かつらむきを終えたところ)。お裾分けありがとうございました!美味しかったです。
しかも、山行二日目にして結構飲んでしまっていた私のボトルを見かねて、
ウィスキーを追加してくださいました。。。
結局小屋はキャパ27名のところ21名ほどが宿泊したようだった。多分15人近くの人と交流したような気がする。営業小屋に泊まることはほとんど無いから、こういった形で夜までわいわいやるのは新鮮だった。そして最後に再び山頂へ(三度目)。
なんだかんだ矢張り雲が多かったので星はそこまで綺麗に見えなかったけれど海には漁火が見えていて、それがまるで水平線に沈もうとしている大きな星の光のようにも見えた。

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2018/09/13

20180913-18_大朝日岳-飯豊縦走(1日目:原BS-天狗小屋)

公共交通機関でのアクセスが可能な行き先ばかりを選んできた恒例の夏休み山行。毎年土日祭日を含んだ5-6日という期間が多いのだけれど、国内で一度も下山せずに縦走できるルートを考えるのは結構苦労する。これまでには北アルプスの栂海新道や読売新道、大雪山(このときは夏休み9日間)、南アルプスのほぼ全山縦走などを試みてきたが、今年は家から遠すぎず、そして5泊6日のルートが取れる行き先ということでターゲットエリアを東北に決めた。

++++++++++++++++++++++++
<今回のルートの特徴>
今年の2月頃に膝を痛めて以来未だ完治せず、爆弾を抱えたような状態。しかも半年以上まったく走っておらず体力は落ち気味。この状態で長期間山に入るのは少し不安があったので自分なりの工夫を。
1.
今回は連続した縦走にこだわらない「一旦下山して再び山に入る」という二部構成ルート(2泊3日×2)。稜線歩きで繋ぐよりも累積標高を多く獲得する気もするが、前半で膝がダメだなと思ったら下山したまま後半戦に突入しなければ良いし、エスケープルートを予めデフォルトで組み込んでおくようなイメージ。
2.
CTの計算はゆるめ。ソロで長期だと最近は休憩込0.8くらいで計算しているが、今回は0.85くらい、到着時刻もだいぶ早目に設定。
++++++++++++++++++++++++

はじめは南から朝日連峰に入って北上し、後半は月山に抜けるルートを考えていたが、夏休み直前に発表された予報によると期間後半の天気は北よりも南が良いようだった。結局、朝日連峰から飯豊連峰への南下ルートに切り替えることにした。

■朝日連峰セクション
【1日目】
月山口BS-原BS-竜が岳の水場-天狗小屋
【2日目】
天狗小屋-狐穴小屋-寒江山-西朝日岳-大朝日小屋
【3日目】
大朝日小屋-平岩山-角楢小屋-大石沢小屋-五味沢-(バス・電車移動で)越後下関-大石ダム


2018/09/13 (Thu) くもりのち雨
8:30 月山口BS
↓ - 1:40
10:10 原BS
↓ - 0:55
11:05 南俣沢出合
↓ - 2:15
13:20 竜が岳の水場
↓ - 1
:30
14:50 天狗小屋

0:00新宿発の高速バスで山形へ移動、山形からは庄内交通の高速バス(予約不要)で月山口へ。山形駅での待ち時間は1時間半ほどだったが、駅前にはコンビニもあり、駅の待合室もあるので特に問題なく時間潰しができる。
多分初めて降り立つ山形駅!向かって右側の方に月山行バス停(1番乗り場)
山形駅から月山口まではバスで小一時間、平日ということもあり月山口で下車したのは私のみ。そもそも車内は通勤みたいな方ばかりで登山客自体私しかいなかった。
月山口から原の区間はバスも運行しているのだが午後しか動いていないので歩くしかなかった。
ここで左折したらひたすらまっすぐ
麓の村のおばあちゃんから何か声を掛けられるも、方言がきつすぎて何を言っているかよく聞き取れない・・・。熊に気をつけろみたいなことを言っているのがわかったので、熊鈴持ってきましたとお返事して先を急ぐ。
午前中のバスが無いってことはひょっとしてここから登る人少ないのでは?つまり登山届の投函ボックス無いのでは?と遅ればせながら気付き、電波の届くうちに山形県警へ登山届のメールを送信。バスを降りて1時間半ほど歩くと原バス停に到着、右折してさらに林道をゆくと登山口に到着。
ここからスタート(地味)
案の定登山届の投函ボックスはなかった。これを綴っている今、まだ一週間ちょっとしか経っていないのにすでにもうどんな感じの登りだったか覚えていないけれど、急登だったと思う。暑かった。
何を撮ったんだろう?雰囲気が良いから撮ったのかも
ところどころ色付いていて良い雰囲気。けれどガスが降りてきて展望はイマイチ。しかも時期的には花も終わり、紅葉にはまだ早い。中途半端なタイミングだったのだと思うけれど、人が少なかったのは良かった。
初日は荷物も重いし、尾根に乗るまではひたすら登りなので、行程は控えめに。天狗角力取山(てんぐすもうとりやま)の小屋までで行動終了。
山頂は砂地で、まるでテン場のように平ら。
山頂から小屋方面(東)
基本的にいつもテント泊である私は、今回も例に漏れずテントを持参していたのだが(しかも天気予報がそんなに良くなかったので、軽量化度外視でダブルウォールのいつものエスパース)、朝日連峰はテント設営禁止とのことだった。しかもそれを知ったのは山に入ってから。さらに、東北の避難小屋システムについても不勉強かつ未経験でまったく理解していなかったため、山と高原地図だと天狗小屋は営業小屋と書かれているからきっと素泊まり5500円くらいだろうと、関東甲信越の営業小屋みたいなものを想像した。テントじゃないとなると全体的に予算がかわってくるなぁ、と思いながらおそるおそる小屋へ。
とても立派な小屋。
小屋の前にはテーブルとベンチも。歩いて30秒くらいのところに水場。
二階建て。外のベンチのあたりと、二階のベンチに近い窓側はdocomoの電波がよく入る
東北の避難小屋というのは基本的に関東の避難小屋のように無人ではなく、たまにやってくる管理人というのがいて、小屋によって異なるようだが管理人も山岳会メンバーなどが持ち回り制で担当していたりするらしい。トイレも紙付きで水洗。完全な無料ではない分とても綺麗なのだが有料の営業小屋ほど高くもないというこの東北の小屋システムは、私にとってはかなり新鮮だった。この日は管理人さんはおらず、料金箱に利用料1500円を入れて利用させていただく。
到着して間も無く雨が降り出した。ウィスキーをちびちびやりながら本を読んだり、ラジオを聞いたり、たまに雲が切れると写真を撮ったりしながら過ごす。贅沢な時間。
歩いてきた稜線
天狗小屋ということで立派な天狗様が壁にかけられている

小屋にはサンダルまで置いてあるし、岳人のすごく昔のバックナンバーなんかもあった。
停滞してもまったく退屈しなさそう。
壁についている時計みたいな丸いものは、換気用のフィルター。下についている紐を引くと換気できる。
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2017/10/08

20171008-09_第25回日本山岳耐久レース・長谷川恒男CUP

コンディションのせいじゃない。なぜなら、同じコンディションでもPBを更新した人がいるから。
年齢のせいじゃない。なぜなら、ずっと年上の人が上位にいるのがトレランだから。

4度目のハセツネにして2番目に遅くゴールした2017年のハセツネ。調子がいいときはいつも、お前は大丈夫だと言ってくれる自分が自分の中にいたけれど、今回はそいつが居なかった。精神と肉体の互助関係が成り立っていなかったのだろうと、一週間経った今振り返っている。
いつもは朝一番に会場に乗り込んでいる。チーム全員がゆったりできるスペースを控え室である体育館に確保するためだ。しかし今回は特に集合時間の連絡も調整も何もしていなかったので、到着はのんびり11時過ぎ。武蔵五日市の駅に着くと既に日は高く、しかも夜間にまた雨でも降ったのか、ところどころに水の跡が残っていた。蒸し暑さの中、セブンイレブンの前で昼食を済ませて会場に向かうも、控え室である体育館の中が暑くなっているであろうことは容易に想像できた。入口近くにチームメイトではない友人の姿を見つけ、一緒に荷物を置かせてもらった後は、手早く準備を済ませてアップをし、12時過ぎにはすぐ列に並ぶことにした。毎度の悩みの種である腹痛は、予め正露丸を飲むことでねじ伏せた。

一昨年のタイムを更新できるとは思っていなかった。かといって、水不足に悩まされた昨年のタイムより遅くなるとも思えなかった。なので、12時間22分(一昨年)〜12時間56分(昨年)の間でゴールできたらいいなと思っていた。それでも優子さんに追い付いたらいいなとか、サキちゃんに負けたくないなとか、そんな対抗心だけはギラつかせていた。きっとそんなのは最も速かった一昨年の自分が今ここに現れたとしても無理なことなのに、分不相応な期待を持って前の方に並んだ。ジワジワと前に詰めながら、しかし心は後ろ体重で不安なままだった。

浅間峠までのタイムの決め手となるかもしれない広徳寺までのスタートダッシュでハセツネがはじまる。一昨年はきっちりお寺まで走りきり、昨年は走りきれずに途中で歩いた。走りきった一昨年は速すぎるパックに入って浅間峠まで無茶苦茶走らされたが、少し温存しようとした昨年は遅いパックに入ってしまって走りたいところも走れなかった。今年は一昨年と同じパターンでいきたい、そう思って広徳寺まではなんとか走りきってからトレイルに入ったのだが、ほんの少し進んだあたりのいつもは渋滞しないはずの登りでピタッと列が止まってしまった。一昨年蜂が出て複数の選手が刺された、道が二つに分かれているところが今年は一本道になってしまって人が詰まったのだ。人が流れるのを待ちながら、ここで優子さんやタケさんと一緒になったが、その後のシングルトラックですぐに離ればなれになった。タケさんの姿はこれ以降一度も見ることはなかった。

変電所の脇の下りで優子さんを抜き、また会いましょうと声を掛ける。調子は良くも悪くもない。強いて言えば、よくわからなかった。今熊神社の登りに差し掛かった頃、今度はサキちゃんと一緒になった。たしか私が追いついたのではなく追いつかれたんだったと思う。途中で私が岩場を使って何人もごぼう抜きし、私とサキちゃんの間にはたくさんの人が入りこんだ筈だったけれど結局またすぐに追いつかれた。彼女に前を譲って私は後ろを追ったが、この日の彼女は分水嶺のときの彼女と違ってレース仕様で、とてもじゃないけれどもう追いつけないし一緒の土俵で闘う相手ではないなと悟ってそのままその勇姿を見送った。重力を感じさせないあの登り方はタダモノではない。

一方、彼女の重力も引き受けてしまったかのように自分の体はめっぽう重い。入山峠には1時間10分くらいで着いたと思うが、ここから先が本当にきつかった。多分、初めてのハセツネでも浅間峠まで立ち止まることはなかった気がするのだが、今回は何度も何度も立ち止まっては息を整えた。途中でいろんな人から大丈夫ですかとか頑張ってとか声を掛けられ、その声の主のひとりは優子さんだった。いつだって脈がすぐにあがってしまうのは自覚していたが、今回は特に酷い。歩いているのに心臓がバクバクいっている。脚は大丈夫なのに呼吸がついてこない。
17:08、ようやく浅間峠に到着
ライトを点灯させようかと思う程度に日が傾いてきた。浅間峠に着く前にライトをつけたことはこれまでに一度もなかった。ちょっとしたアップダウンを気にせずゴリゴリ進み続けた一昨年の自分を今年の自分を重ねては情けなさが込み上げる。どうにか浅間峠に辿り着いて仲間の姿を見つけると、まだ第一CPだというのに泣けてきた。やっと浅間峠、しかしまだ浅間峠。昨年より約20分、一昨年より40分遅い到着だった。そこまで練習していなかったつもりもない、けれど勿論練習したと言えるほど練習したわけでもなかった。とはいえここまで遅くなるのも想定外だった。いろんなものが一気に崩れた。多分もう13時間を切ることも難しいだろうとこの時思った。

大分前に私を抜いた筈の優子さんがまだ浅間峠で休憩をしていた。ここでリタイヤだわー、と彼女に告げられ、私もトレラン人生初のリタイヤが今回のハセツネでもいいんじゃないかという迷いが生じた。「私もとりあえず休んで、少し考える。こんなきつい浅間は初めてだ」と私がいうと、優子さんは「私ももう少し考えよう・・」と答えた。私は優子さんがなんだかんだ言ってきっと先へ駒を進めるのだろうとどこかで期待していたのだけれど、目眩が止まらないからやっぱりリタイヤするといつもの明るい声がそう言った。

私は友人が闘いを止めなくてはならなくなる瞬間を目の当たりにすると、その人の代わりに何としてでもゴールしなくてはならないと思ってしまうようにできているらしい。今に始まったことじゃない。優子さんと固い握手を交わし、長めの休憩を終えて私は彼女の想いを勝手に背負うと月夜見を目指した。

水不足の昨年の教訓を踏まえ、今年は昨年より500mlほど多い2.2L程の水分を持った。1.8Lに塩梅水3袋を溶かしたもの+400mlのマツキヨオリジナルゼリードリンク。ゴクゴク飲むには足りないが、重すぎることもない適当な量だったと思う。浅間峠を出てしばらくはまだ調子が出ず、立ち止まっては休み、1ヶ所どこかで木にもたれて座り、ライトを消して目を閉じたりもした。気温は一向に下がらず、じっとしていても寒くないので、もうこのまま眠って休みたいと思ったりもしたが、そこまでの諦めもつかずに結局1分くらいで再び立ち上がって先を急いだ。もう自分がどこを走っていて次に登りがくるのか下りがくるのか全然わからないぐらいの適当な走り。でも次第に調子はあがってきた。例年以上にガスが出るのが早く、月夜見がまだまだ遠いうちからガスに覆われてハンドライトが必要になった。今回ヘッドライトは初投入のNao初号機と、ハンドライトはいつものGentos閃という構成だったがバッテリーの予備を持たなかった。ヘッドライトとハンドライトのどちらかが生き残るだろうから、金比羅尾根でいずれかの光量が減っても、いずれかのライトで下れるはずだと思っていた。しかしこんな手前からヘッドライトを使う羽目になるとは想定していなかったので、不安がよぎる。

昨年は水切れを起こして辛く長かった三頭山の登り。今回はいつも通りグイグイと人を抜きながら登り切ることができた。浅間峠で諦めなくてよかった。
21:18すぎ、ようやく月夜見に到着。途中でタイムは諦めていたし、今自分のタイムが早いのか遅いのかよくわからなかったし特に調べようともしなかった。仲間からは「まだサブ13いける!」と言われたけれど、感覚的にはまぁ無理だろうなとも思っていた。全然無理していないので顔色も良く、何と競っている訳でもなかったので気が楽だった。普通に楽しいなと思った。浅間峠でトイレに行ったので月夜見ではトイレをパスしてそのまま先へ進むことに。序盤で切れたスパッツのゴムが鬱陶しいので外したい外したいと思いながら、結局浅間峠でも外し忘れ、月夜見でも外さずにまたスタートしてしまったけれど、まぁまた途中で立ち止まって外すのも億劫なのでそのままにした。

水500mlとポカリ600mlをハイドレーションに、水を手元のフラスクに400ml入れてもらって水切れの不安もなくなった。フラスクには再び塩梅水を入れて少し濃い目のを美味しく飲んだ。塩梅水は飲みづらいように作られているらしいが、自分にとってはとても美味しくてついグイグイ飲んでしまってよくない。すこぶる元気な私は御前山もあっという間に登りきってしまい(何か別の小さなピークかなぐらいの感じで到着したら御前山だった)、あっけなく所謂「ラスボス」が終わった。あれれ?こんなんだっけ?これ終わったらもう大ダワで、大岳山で、金比羅で終わりだよねぇ?

御前山を慎重に下り、大ダワに着くとTop Speedとジェルを飲んで再び山へ。ヨッシャと自分を鼓舞しないと再スタートを切れない程に疲れてもいない。兎に角頑張っていない感じ。完全にマイペースで、相手が誰もいない感じだった。これはレースなのか?なんなのか。。。なんか一人でトレランしに来ているようなそんな感じだ・・

大岳山の登りも相変わらず普通で、走れるところは走りながら進んでいたが、サブ12.5とサブ13.5では人数がだいぶ違うようで、今回は自分の周りに人が多く、思うように走れなかった。かといって、積極的に抜こうという感じもないので、いよいよ遅くてストレスになる人だけ抜かせてもらってあとは適当に流していた。うーん、レースってこんな感じじゃないよなぁ。綾広の滝での給水は何人か順番待ちをしたが、もう先を急ぐ旅でもないので600mlくらい給水していった。もやもやしながらもどんどん調子は上がってゆき、長尾平手前の上り坂も脚がズンズン前に出てほとんど止まらずに走れた。うわぁ、なんだこれ!こんなに走れる脚があるなら最初から頼むよ!といっても後の祭り。ガスガスで景色のない日ノ出山山頂を過ぎると一気に金比羅尾根を駆け下りた。尾根にさしかかるとすぐにガスは切れ、ようやく姿を見せた夜景は相変わらず綺麗だった。ガスに遮られて遠方を照らしてくれなくなっていたNaoも、最後は不完全燃焼を払拭するかの如くに明るくトレイルを照らしてくれた。因みに、水は最後全部きれいに飲みきっていたので、綾広の滝で汲んでおいて正解だったみたいだ。
浅間峠のあの体たらくからしてみたら、ゴールできただけでも万々歳なのだけれど、それでも13時間半近いって一体なんだこれ。一昨年から一時間も遅いってなんなのだろう。昨年は最後にギリギリ12時間台に滑り込めるかと思ってコンクリートを爆走したけれど、今年はサブなんとかの境目でもなんでもなかったので淡々と降りてきただけだった。サキさんは一昨年12時間59分とかそれくらいで私よりタイムが遅かったにもかかわらず、今年のタイムは11時間19分という仕上がりっぷりだった。完敗だったなぁ。昨年私より遅いタイムでキタタンを走っていた人は今年のキタタンで優勝していて、今年のハセツネでは2位だった。いろんな人に抜かれていくのは、まるで努力不足を晒されているようで本当に恥ずかしいが、まぁ実際努力不足なのだ。私の年齢のせいではない。このスポーツに関して言えば、そこではないのだ。
Year
CP1
CP2
CP3
Goal
2014 3:52:404:15:358:08:154:11:5012:20:052:11:4314:31:48
2015 3:30:403:40:487:11:283:22:3210:34:001:48:0212:22:02
2016 3:49:314:15:048:04:353:14:3311:19:081:37:0612:56:14
2017 4:08:474:09:498:18:363:29:1611:47:521:36:3513:24:27

一昨年のブログを読めば、今回自分に何が欠けていたのかよくわかる。私はレース前に過去のブログをひととおり読んでしまって、ああ今年はダメだなと直観的に感じ取っていた。勿論一昨年は色々と天候などの条件も良く、他のメンバーもかなり良いタイムを出していたのも確かだ。でも一昨年の自分が書いた「最後の瞬間が最上級の感動に包まれるように願いながら、毎日積み重ねていた何か」が今年のハセツネにあったか?答えは自分が一番よくわかっている。このレースを最高のものにしたい、今年の大一番にしたい、そんな想いが足りていなかった。想いが足りないから練習に気合が入らない、そして満足のいく練習ができていないから本番で弱気になる、そして攻め込めない、進めない。心が大丈夫といってくれないから体が動けない、体が大丈夫だと証明してくれないから心も不安になるというこの悪循環。それでもどこかに闘争心は残っていて、体が追いついてくるはずもないのに想いだけが空回りをしていたのが浅間峠までの間の葛藤。その後追い込めればサブ13くらいはいけたのだろうと、後になってタイムを見るとそう思うけれど、追い込むだけのメンタルも脚もなくて結局ズルズル進んでしまった感じ。回を重ねるごとに順調に速くなっているのはCP3からゴールまでの区間だけというのがなんとも・・・

レースを終えて時間が経つにつれジワジワと襲ってくるこの後味の悪さ。私はこんなことのためにレースに出ているのではない。納得のいく走りができないのであれば、レースに出る意味がない。今回はちょっとそこまで考えさせられてしまった。上を目指せばきりがないのはわかっているけれど、でもせめて、自分にできる最大限の走りを本番で出せるように仕上げたい。そうすれば、あの一昨年のようなジワジワくる幸せな後味が楽しめると私は知っている。4度目のハセツネ、またしても新たな感情を呼び起こしやがった。畜生、大好きだ。

2017/07/16

20170715-17_分水嶺トレイル(ソロ・Bコース)後編


前編はこちら
中編はこちら

水とエネルギーの補給を済ませ、甲武信小屋を5時半頃に出発したのだったと思う。ペースは落ちてきていたが、前半に作った貯金のお陰で、その時間を食いつぶしてもまだだいぶ余裕があった。しかし、富士見の登りにさしかかるとなぜか脚が前に出なくなってきた。ペースが極端に落ちている気がするが原因がいまいちわからない。眠いと口に出してはみるものの、実際は眠い感じはそれほどないし、脚も痛くなく筋肉痛もあまりない。となると矢張り普通に考えてこのペースの乱れは疲労からくるものなのだろうか。

抗いようのない眠気が訪れて、それでも動かざるを得ない時のためにと思って、カフェインの錠剤を持参していたのだが、眠くないときにカフェインを摂ってはいけないなんてルールはない。単に集中したいという時にも摂って良い筈だ。実際、トレランのレースの時はカフェイン入りのジェルをそういう目的で摂取している。本当は、眠気が錠剤で吹っ飛んだ!みたいな感覚をギラギラ味わいたかったのだが、なんだかこのままだと歩きがダレるなと思って、集中力アップのために錠剤を飲んでみることにした。効果は6時間とのこと。錠剤を投入した富士見の山頂あたりでは、サキさんのお友達が逆走で応援ランをしているのに出くわすことができた。

この区間は、事前に試走をしてあったし、しかも試走をした時は残雪が凄くて踏み抜き地獄だったので、それに比べたら雪もないしきっと何の問題もなく通過できるだろうと思っていたが、違った。とにかくきつい。特に、想像以上にきつかったのが国師ヶ岳の最後の登りだ。偽ピーク的なものが何度も続いて、山頂かなと期待させては裏切るというのを数回繰り返す。あまり疲れていない時に登るとそこまでしんどい感じはしないのだが、疲れた状態で登るのは本当にしんどい。というか、どこを歩いているかは関係なくて、単純にここまで疲れた状態で山を登っているというのが初めてなんじゃないのかという気がしてくる。もうひたすらつらい。国師まだか国師。しかし、そうこうしているうちに私は少しずつ進めるようになってきた。逆に今度はサキさんが眠気にやられ始めてところどころ止まって仮眠をし始めた。そのまま寝てたら虫に刺されるよ〜と言っても、ちょっとだからーと言ってそのまま座って眠ってしまう彼女。私は何故か細切れの睡眠ができなかったからカフェインを投入したのだけれど、こうやって少しずつでも仮眠が取れるのであれば絶対にその方がいいに決まっている。眠れていいなぁ、羨ましい。サキさんは歩くのが早いので、サキさんが眠っている間私が歩いて進んでいても、必ず私に追いついてしまう。眠らずにひたすら進み続ける私と、進んでは眠り進んでは眠りを繰り返すサキさん。いずれにしても二人ともギリギリのところで闘っていた。国師はまだか。
9:30、ようやく国師ヶ岳の山頂に着いた。もう本当にヘロヘロ。本当に長い長い登りだった!山頂で特に何をするわけでもないので、さっさと次の関門である大弛峠へ向かう。さぁ、待ちに待ったカレーが待っているぞ!

木段をテンポよく下ってゆくと35分ほどで小屋に到着した。まだ手持ちの食料はたっぷり残っていた私と、もうほとんどの食べ物を食べ尽くしていたサキさん。二人で小屋のカレーを食べ、サキさんは小屋のお稲荷さんやら秩父B級グルメであるみそポテトやらを調達した。手持ちの食料ではなく私がカレーを食べたのは、矢張り、ホットミールが食べたかったから。ガスを持たない代わり、小屋では小屋のご飯を食べようと決めていた。小屋前に設けられたエイドで無料のお味噌汁とお菓子をいただき、ここではまったりと1時間にわたる大休憩をとることとなった。
ご馳走様でした!
ここでもサキさんは横になって僅かばかりの仮眠をとっていたが、私は相変わらず眠れないのでそのまま座って体を休めることに。エイドのお味噌汁は、切ったネギと出汁を味噌に混ぜたものをお湯で溶かすというお手製即席味噌汁で、お好みで乾燥ワカメを入れることができた。これがまた美味しくて、疲れた体にじんわりと染み入った。エイドを後にするとき、エイドの方がナルゲンボトルにそのお味噌を入れて、冷汁みたいなものを持たせてくれた。その後しばらくの間、摂る水分のすべてがお味噌汁になった。

11:15、大弛峠出発。ここから朝日、金峰、富士見平小屋と人気の高い山々を繋いでゆく。時間帯的にも一般登山客の方もかなり多かったと思う。疲れてはいたけれど、荷物も重くないし、そこそこのペースで登山客の方を抜きながら進むことができた。富士見で入れたカフェインがまだ効いていて、眠気もあまりない。体が疲れて眠気というサインを出すから体は休むことができるのに、眠気というサインを強制的にOFFにしているから、体の疲れだけが先行して不思議な感じがした。体の疲れといっても筋肉疲労とかそういうものではなくて、目の奥が重いといったような疲労だ。本当は閉じている筈の目を無理矢理見えない力でゆっくり開かされているような感じ。
金峰山からの下りで、富士見で遭遇したのとは別の、サキさんのお友達と会う。
写真の中の私達の笑顔は、完全にひきつっていた。もうね、疲れすぎてうまく笑えない。
遠く遠く見えていた五丈石がようやく目の前に現れ、ああやっとここまで来たんだなぁと思うも束の間、まだあと12時間くらいはかかるんだっけと我に帰る。先は長い。

どのあたりからだったかは忘れたが、息が上がらないが故にペースアップできる下りセクションで、私はしつこいぐらいに鼻血が出るようになってしまっていた。この写真を撮ってもらった前後にも鼻血を出していたと思う。自分のこととはいえ、鼻血が出てはティッシュを詰めてしばらく静かにして、止まったのを確認し様子を見ながら再スタートをする、というのを何度も繰り返していると面倒で本当に嫌になってくる。ソロでのエントリーなので、私が鼻血を出したからといって別にサキさんは私を待っている義務もなければ、私にはサキさんを待たせて良いなんて権利もなかったのだが、彼女は私を待ってくれたし、私は彼女に待っていて欲しいと思っていた。普段ひとりで山に入ることの多い私達が、お互いそんな風に思って長いこと一緒に居たのはとても不思議だ。

金峰山から富士見平小屋に至るまでの区間で、私達二人は少しだけ離れた。私が彼女のペースに追いつけなくなる形で、二人の間には距離ができた。富士見平の関門に到着すると、彼女はまだ休憩中だったのでしばらく一緒に過ごしたが、彼女は小屋を出発するとき「地図読みの区間を一緒にいるのはよくない」とか「一緒にいるのはダメな気がする」とか、そんなようなことを私に言い残し、細い肢体でするすると沢筋へ降りて行った。富士見平小屋から瑞牆山へのルートは一旦沢に降り、再びその沢から岩を攀じ登りながら山頂へ向かうというルートを辿るのだが、登りに転じた頃、もうこれは着いていけないし、着いていくべきではないなと感じた。後半戦とはいえ、思っている以上にこの先が長いことはわかっているつもりだった。自分のペースを守った方がいい。

私が彼女と初めて会ったのは2016年のUTMFの会場だった。私と一緒に出場した友人の友人だったのだが、レース前日に道路で一言二言交わした程度。一緒に山に行ったこともなければ、レースで遭遇したこともなく、ただ周りの噂で、強くてマラソンがとても速い人だというのを知っている程度だった。

バラけたらきっと私は負ける。彼女はロゲイニングもやっているようだったので地図読みも強いのだろうと思ったから、予め読図セクションの試走をしてある私が有利であるとも思えなかった(実際彼女がロゲイニングに出る時はペアを組む相手が地図読みに長けているだけで本人は地図読みが苦手であると後で知った)。分水嶺はいわゆるレースとは違った大会だし、順位とかそういうことじゃない。そもそも自分は120km移動するということ自体が初めてだったし、欲を出すようなことでもない。そう分かってはいても矢張り誰かに負けるのは悔しかった。せめて一緒にゴールしたい。黙々とマイペースで瑞牆山を登っていたが、私はサキさんと、もうひとり別の女の人にも抜かれて(この人はAコース・鴨沢からの80kmコースの人だったが)、その差は広がる一方だった。サキさんに離されるのはわかる、でも別の女の人に今ここでこんなに差をつけられるのはちょっとおかしい。脚が思うように前に出ないにも程があるのではないか、そう感じたのは沢から瑞牆に向かう登りに入って10-15分くらい経過した頃だったかと思う。体が本当に鉛にように感じられ、呼吸をしても思うように肺に酸素が入らない。はたと気付いて前回カフェインの錠剤を飲んだのがいつか考えてみると、ほぼ6時間前。そうか、カフェインが切れたのだ。眠いのだ。慌てて錠剤を摂取すると、そこから10-20分くらいでカフェインが効いてきた。登りが下りに転じる少し手前くらいから再び体が動くようになり、頭が冴えてきた。わかりやすいなぁ・・・。サキさんとの登りのスピードの差を目の当たりにして、これが実力の差なのかとかなり凹んでいたのだが、これは眠気の差だったのだ。うーん、眠くなければ着いて行けたのだろうか・・・いやしかしそれだけでもないような。
瑞牆山の山頂は踏まなくてもよいので、そのままスルーして不動沢へ下る。このとき既に16時半過ぎ。このあと沢へ出るあたりからが今回の分水嶺の最難関、読図セクションだ。読図セクションに突入する直前の林道で、絶対に追いつかないと思っていたサキさんらしき姿を見かけたが(本人ではなかったかもしれないが)、読図セクション手前だったのでそのまま静かに森の中へ入ることにした。試走で突入した極めて薄い踏み跡を辿り、ふかふかの土に靴をうずめながら沢に向かう。沢を渡る頃、雨足が強まり土砂降りになったが、すぐ止むだろうと高を括っていたら案の定すぐ止んでくれた。廃道のような林道を進んだ後で尾根に乗り上を目指すと、フシノソリと石ッコツの間のコルに出た。

この先、石ッコツから信州峠の間の下りあたりで完全に日が暮れてしまい(暗闇で鼻血を出したりなどもしつつ)何も見えず苦労した。しかし試走してあったのと、試走の際注意が必要だと思ったポイントにはGPS上でピンを打っておいたのでそれが助けになった。それでも、昼間の試走で注意が必要とも思わなかったようなところで迷ったりしたのでだいぶ時間がかかり、結局笹薮の中をうろうろしている間にあっちこっちから色々な集団が現れて合流し、20:50に信州峠に着いた頃には結構な大所帯になってしまった。その中にサキさんもいた。追いついたのか、それとも私が追い抜いてから再び追いつかれたのかよくわからなかったが、私達は再び一緒になった。時間的にはCTの0.7、4時間睡眠で20:12着予定だったので、そこまでのビハインドでもない。たしかここで最後のカフェインを投入したんだったと思うが、ちょっと記憶がない。逆算して5-6時間あれば、ゴール後眠れるだろうと踏んでここで飲んだのだったような気がする。

サキさんより少し先に信州峠を出発し、まずはひとつめのピーク横尾山へ向かう。信州峠から先は歩いたことのないルートだ。瑞牆〜信州峠間の試走に行ったとき、峠で出会った家族連れはちょうど横尾山から下りてきたところだったのだが、初めての登山だという幼稚園児くらいの子供もいたので、ここはメジャールートだしきっと普通の里山だろうと思っていた。ところが、尾根にあがる手前の斜面がまるで壁のようで「殺す気か!!!」と言いそうになった。この期に及んでこんな斜面なのか。

斜面に張り付いている間にサキさんと、瑞牆山で見かけたAコースの女性が追いついてきた。横尾山をすぎて飯盛山までは再び破線ルートとなるが、瑞牆〜信州峠の一部が無線ルートだったことを考えるとまだマシだろうと思っていた。しかし、無線だろうが破線だろうが、歩きにくさわかりにくさの傾向はそれぞれというもの。この破線ルートはひたすら笹などワサワサしたやわらかい草の藪だった。背丈を越えるすすきのようなものに覆われたところもあれば、膝下くらいの高さの笹もある。ヘッドライトの明かりが葉に当たって跳ね返ってきて眩しいとか、足元が見えずに、横倒しになった枯れ木や横に這った丈夫な茎などに足をとられることも屡々だった。それと、これまでずっと元気だったサキさんがとうとう眠気で体力を奪われてぼうっとし始めたのが印象的だった。ここへきて、女三人が口々に「眠気はヤバイ」「息が吸えない」「肺に酸素がこない」というトークを繰り広げた。それまでは、私が体力的に劣っていてまだまだ弱いから息が吸えなくなったりしてしまうという、もしかしたら特異なもので、サキさんはそうはならないんだろうなぁとずっと思っていたけれど、彼女は眠気に対する耐性が強かったのと、眠い時に興奮を抑えてきちんと眠れていた(もしくはあまり興奮していなかった?)のとで、眠気によるダメージをここまで受けていなかったというだけなのだ。まさかとは思ったけれど、きっと普通の人はみんな眠すぎると息が吸えなくなるのだ(たぶん)。こんなの初めてだ。

眠いサキさん、あまり山歴がないから先頭は歩けないというAコースの女性(これだけ聞くと、どうしてソロにエントリーできたのか不明・・・)の二人を従えて、藪漕ぎセクションではずっと先頭を歩いた。暗闇にうかぶ草の谷のシルエットを辿り、足裏の踏み心地を確認しながら進む作業は結構しんどかったが、後ろに人が居ようが居まいがあまり関係ないので黙々と進んだ。途中明るい時間帯に自分を引っ張ってくれていたサキさんへの恩返しができるのかなぁというような気もしたが、まぁ彼女は私がいなくてもこのセクションを一人でも歩けただろうから、自分が居た価値があったかどうかは謎だ。

平沢牧場付近では雨も降ってきて寒かった。途中で合流した男性の道案内に惑わされたりもしたが、なんとかはるばる飯盛山の分岐まで辿りついた。飯盛山は、大会で定められた電話連絡ポイントのひとつで、それ以外は甲武信ヶ岳、金峰山でそれぞれメール連絡をすることになっている。このときその男性も含めて4人で居たので4人まとめて連絡を入れたが、特に「誰が着きます」という報告は必要ないようだった。

ここからゴールの平沢峠まではCTで45分でメジャールートだし、全く心配もしていなかった。しかし最後の登り(平沢山)があるはずなのに下りすぎじゃないかとAコースの女性が言い出し、方角とGPSを確認してみると確かに向きが違った。もっと下りた後じゃなくて良かった〜なんて話をしながらとりあえず元の場所へ戻ってみるものの、正解がどこなのか、道の入り口が全くわからない。道がある筈の場所に道がない。暫く右往左往して見つけたルートには入り口がなくて、なにやら別のどこかから繋がっているようだった。こんな道ってあり得る?でも絶対ここだよね、と行って道を進むとようやく「しし岩」の文字。この道は平沢峠・獅子岩に続いている!後少しだ!
暫くするとAコースの女性が「眠いしもうここまでくれば安心だから寝ていく」と言いだして道脇に寝床を作り始めた。えー、もう少しなのに?と促したが、もう少しだけど、別に急がないし、寝たいというのでサキさんと私は再びゴールを目指した(あとでわかったことだが、この人がもしここで眠らずに下ればAコースソロ女性の優勝だったw)。途中、離れたりくっついたり、他の人が加わったり、大所帯になったり、そしてまた小さなパックになって、最終的には二人きりになった。後になってサキさんから「(瑞牆山のあたりのことを指して)待っても待たなくても私たちどのみち同じようなペースだから、先にいってもまた会うだろうなと思って」とメールを貰った。自分よりすごく速いんだろうと思っていた彼女からのその言葉、なんだかとても嬉しかったし、きっとやっぱりこの時は全体的にペースが似ていたのだろう。飯盛山の道迷いが影響したため、飯盛山からの所要時間が想定以上にかかってしまい、タイムは51時間、時刻は3時丁度だった。予想タイムは、よくて50時間だろうと思っていて、予想の本命はCT0.7掛け、仮眠2回の50時間55分としていたから、途中のペースの波があったとはいえ、トータルでの誤差は僅か5分だったと言える。タイムは振るわなかったけれど、なんというか、この予想タイム通りに到着したということは自分的には凄かったなぁと思った。

平沢峠のゴール地点は一般登山客の方も普通に利用されているので、誰かがゴールするときだけ横断幕が手動で出てきて、それ以外は端っこに寄せられている。ゴール後は大会本部からビールかコーラが進呈されると聞いていたのだが、きっと疲れすぎててビールどころじゃないかもしれないよねーなどとサキさんと話しながら下山していた。結局はビールをプシュっと。半日くらい前にゴールした女性ソロBコース1位と思われた人はコースアウトをしていて結局参考記録にしかならず、サキさんと私が1位であると知らされた。こういうこともあるんだなぁ。一気に酔いがまわり、ぐるぐるふわふわしながらツェルトを立て、臭い臭い靴下を外に脱ぎ捨てて就寝。興奮していてしばらく眠れなかった。

翌朝。主催の武田さんと記念撮影。
目がさめると、まわりにたくさんあったみんなのツェルトはきれいにひとつもなくなっていて、皆帰った後だった。ツェルトの中がうだるように暑くなってきて目を覚まし慌てて撤収すると、早々に怪我をしてリタイヤしていたチームメイトのOさんがスイカを持って応援側に回っていた。特に急いで帰る予定も何もなかったので、のんびりと応援をしながらスイカをいただいて帰路についた。

長くて長くて長すぎて、似たような道が延々続いて飽きてきて、それでもタイムアウトにはならないしリタイヤするほどのトラブルにも見舞われていないから進むしかない。ガツガツ進んで120km歩き通せる自信もないから、ほとんど走ることもなく、全体的に抑えめでいかなくてはならない我慢大会のような感じがしたこの大会。一度出場したからといって次回の大会が全く同じコースというわけでもないので今回の教訓がまるまる生きる訳でもない(ちなみに次回は後半がかなり変わるらしいとすでに発表されている・・・)。しかし、これまでの縦走や山行がそのまま生きたような気がしたのは確かで、大会の後ほとんど全く筋肉痛が出なかったことにはとても驚いた。体力的には無理せず淡々と進んでいただけで、眠さに抗ってまで歩いていたことによる疲労こそあったけれど、それ以外の疲労はなかったのだ。普段やっていることを、ただ夜間も止まらず歩くというイレギュラーを加えただけで、お金を出してやることなのかというと少し疑問もあるけれど、このルートを個人的に夜通し歩いて51時間で歩くなどということはきっとしないだろうから、それだけでも大会に出る価値はあるのかなと思った。こうでもしないとこのルートをこんな短時間で歩けないし、かといって長い休みがとれたらもっと他のところに行ってしまってここを歩くチャンスはなかっただろう。

次回またこの大会に出場するかどうかは分からないけれど、直後に感じた「もうしばらくはいいや」感は大分薄れてきているので、もしかするとまた出るかもしれない。でも連休だしどこか普通に縦走に行きたいような気もする。とりあえず、お疲れ様でした!